第三話 商店街アーケード宇宙船
星空の下、ぼくたちは商店街の中に立っていた。さっきまでいた場所と、何も変わっていないはずだった。同じアーケード、同じ石畳、同じシャッターの並び。でも天井は星空になっていて、足元はふわふわと頼りなくて、壁はぬらぬら光っている。
「どこ、ここ?」
タイガが言った。さっきより声が小さくなっている。
「商店街だよ」
ぼくが答えた。
「商店街じゃないよこれ」
「商店街の、地図にない部分」
ミウがノートに何かを書きながら言った。手が少し震えているけど、ペンは止まっていない。
「わたし、記録する。みんなはきょろきょろして」
「きょろきょろって言い方」
ぼくがツッコんだ。ポッケが背中でもぞっと動いた。
「歩け。止まってると目立つ」
「だれに」
「この場所の住人に」
住人、という言葉がちょっと怖かった。ぼくたちはゆっくりアーケードの奥へ進んだ。
五メートルも歩くと、いろいろなことに気づいた。まず、自動販売機がしゃべっていた。いつもジュースを売っている赤い自販機が、ボタンのところに小さな口を持っていて、前を通る人に声をかけている。
「お嬢さん、少し聞いていただけますか。最近、何か悩みごとはありますか」
ミウが立ち止まった。
「わたしに言ってる?」
「ええ。なんとなく、悩んでいるように見えたので」
「悩んでません」
「そうですか。では、地図が破れたらどうしますか」
ミウが一瞬固まった。
「……破れないように気をつけます」
「なるほど。コーラはいかがですか」
「いりません」
ミウは足早にその場を離れた。顔が少し赤かった。次に、看板がしゃべっていた。魚屋の看板が「本日のおすすめ」の文字をぐるぐる動かしながら、「人生もたまに棚卸しが必要ですよ」と言っていた。パン屋の看板は「昨日食べなかったものを今日食べましょう」と言っていた。
「この商店街、うるさいな」
タイガが言った。声はもう少し戻っていた。
「まあ、変だけど怖くはないな」
「まだ怖いものが出てないだけだ」
ポッケが言った。
「え」
「歩け」
アーケードの中ほどまで来たとき、スズが立ち止まった。
「ナギサくん」
「どうした」
「あそこ」
スズが指さした先に、ふわふわと浮かんでいる透明なものがあった。最初はただの空気の揺らぎかと思ったけど、よく見ると形があった。レジ袋だった。
でもふつうのレジ袋じゃない。中に何か入っていて、それが淡く光っている。一つじゃない。気づくとアーケードのあちこちに、同じようなものが漂っていた。
「あれ、なに。うわ、なんか増えてる」
タイガが半歩うしろに引いた。
「増えてないよ。最初からいたんだと思う。目が慣れてきたんだよ」
ミウがノートを向けながら、目を細めた。
「中に何が入ってるんだろ。光ってる」
そのとき、一番近くにいたレジ袋が、くるっとこちらを向いた。
というか、袋の口のところが顔みたいになった。目が二つと、おちょぼ口みたいな線が浮かんで、じっとぼくたちを見ている。
「こんばんは」
レジ袋が言った。タイガが「ひっ」と言った。
「こんばんは」
ぼくが答えた。相手がどれだけ変でも、挨拶くらいはしたほうがいい気がした。
「子どもたちが来るのは久しぶりです。何を探しているんですか」
「夏休みのページを探してます」
「ページ」
レジ袋は口をもごもご動かした。
「ページは、ワタシたちが持っています。でも、渡せないんです」
「なんで」
「まだ使われてないから」
ぼくたちは顔を見合わせた。
「使われてない、ってどういう意味ですか」
今度はミウが聞いた。レジ袋はふわっと揺れた。
「ワタシたちは、この町の人たちが後回しにしたものから生まれました。また今度、また今度、といって行かなかったお店。食べなかったもの。会いに行かなかった人。そういう『また今度』が積み重なって、ワタシたちになりました。だから、まだ使われてない。また今度のままで、終わってしまったんです」
商店街のシャッターを、ぼくは見た。閉まっているシャッターがいくつある。二つ、三つ、もっと。前は開いていたのにいつのまにか閉まった店。お母さんが昔「あそこのコロッケ屋、おいしかったんだけどねえ」と言っていた。ぼくはまだ食べたことがなかった。
「じゃあ、どうすれば渡してもらえますか」
ミウが聞いた。
「進路を直してくれれば」
「進路?」
レジ袋はふわっと天井を指した。
見上げると、星と星の間を走っている光の筋がある。でも一本、どこかで途切れていた。そこだけ暗くなっていて、宇宙船の通路で言えば、道が塞がっている感じだった。
「あそこが詰まっているから、ワタシたちも進めないんです」
「詰まってるって、何が」
「忘れられたものが引っかかってます。この町の人たちが、持って帰るのを忘れたもの」
ポッケが背中でがたっと動いた。
「ビー玉だ」
「え?」
「引っかかってるのはビー玉だ。オレのなかに入ってる。ほら」
ポッケのファスナーがぱかっと開いた。
中からころんと転がり出てきたのは、まるふく堂で見た、あの青いビー玉だった。
透明な青で、光に当てるとちゃんとキラキラする。でも少し傷がついていて、長い間だれかに持たれていたみたいに、角が丸くなっていた。
「これ、どこのだろ」
「拾ったものじゃない。この商店街のどこかで、子どもが忘れていったやつだ。オレはこの町の夏休みをたくさん吸ってきたから、こういうものが中に入ってくる」
ミウがビー玉を受け取って、天井の詰まっているところを見た。
「あそこまで、どうやって届けるの?」
「投げろ」
「届かないよ、あんな上まで」
タイガが手を挙げた。
「おれ、投げる。ドッジボール自信ある」
「ドッジボールとちがう」
ミウがツッコんだ。
「でも投げるのはいっしょだろ。貸して」
タイガがビー玉を受け取った。天井を見上げて、少し足を開いて、大きく腕を振った。
ビー玉が青い光の尾を引きながら、まっすぐ上に飛んだ。詰まっていた場所に当たった瞬間、ぱあっと光が広がった。途切れていた光の筋がつながって、星と星の間が一本の道になった。レジ袋たちが、いっせいにふわっと浮き上がった。
「進めます」
さっきのレジ袋が言った。
「ありがとうございます」
袋たちはゆっくりと光の道を流れていった。通り過ぎるとき、それぞれの袋の中に光がともって、中身がすけて見えた。約束のメモ。食べかけのお菓子の袋。だれかへの手紙。
どれも、また今度のまま終わってしまったものたちだった。
最後の一袋が通り過ぎるとき、ぼくの手元に何かが落ちてきた。一枚の紙だった。夏休み帳のページと、同じ大きさだった。
アーケードの天井が、ふつうに戻っていた。星空はなくなって、いつもの薄暗い天井になった。足元もちゃんと地面で、壁も光っていない。
ぼくたちは四人で、いつもの商店街に立っていた。
「終わった?」
タイガが聞いた。
「終わった」
ミウが答えながら、ノートに何かを書いている。
「どうだった、まとめてみると」
「記録完了。『また今度』が積もって、宇宙船の道をふさいでいた」
「それでまとめられるんだ」
「当たり前でしょ。記録係だから」
ポッケが横から口をはさんだ。
「地図係と言え」
「地図係はあなたが決めたやつ。わたしは三枝ミウ」
言い合いながらも、ミウはちゃんと地図に今いた場所を描き足していた。さっきポッケから出てきた地図の、空白の一つが埋まっていた。スズが、ぼくの隣でぽつりと言った。
「また今度って、よくないんだね」
「そう、なのかな」
「また今度って言ったまま、会えなくなった人の手紙、あったよ。袋の中に」
ぼくは、手元のページを見た。白紙だったページに、いつのまにか、商店街の絵が描かれていた。アーケードと、お店の並びと、遠くに見える時計台。ぼくが知っている、星坂町の商店街だった。また今度って言ったまま。転校のこと、ぼくはまだ言っていない。
タイガはぼくの肩をぱんと叩いた。
「よし、一個クリアだ。次はどこだ」
「今日はもう帰るべきだよ」
ミウが言った。
「時間が遅い。地図の次の空白は明日確認する」
「えー」
「えーじゃない。ちゃんとノートに書いて整理してから行く方が安全」
「ミウのやつ、地図に染まってきたな」
「染まってないし、地図係って言葉使ってない」
スズが小さく笑った。ぼくも笑った。タイガが空を見上げた。
「夏休みって、ふつうでも短いのに、もっと短くなってるのかな」
だれも答えなかった。でも、みんな少し同じことを考えている気がした。
家に帰る前に、ぼくは一人で時計台の前に寄った。
時計台の針は、まだ止まっていた。
見上げても、スズの言う「さびしい影」は見えない。けれど、あの上に何かがいるのだと思うと、胸の奥が少しざわざわした。
「ポッケ。時計台が動いたら、明日は来るのかな」
「ページを集めろ。話はそれからだ」
ポッケはそれだけ言った。
ぼくはうなずいて、来た道を戻った。
また明日、と思って、少しだけ胸がきゅっとした。
また今度じゃなくて、また明日。その「明日」が、ちゃんと来るように。




