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ぼくらの町のヘンテコ世界地図――しゃべるリュック・ポッケと、消えた夏休み――  作者: 明石竜


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3/10

第三話 商店街アーケード宇宙船

 星空の下、ぼくたちは商店街の中に立っていた。さっきまでいた場所と、何も変わっていないはずだった。同じアーケード、同じ石畳、同じシャッターの並び。でも天井は星空になっていて、足元はふわふわと頼りなくて、壁はぬらぬら光っている。

「どこ、ここ?」

 タイガが言った。さっきより声が小さくなっている。

「商店街だよ」

 ぼくが答えた。

「商店街じゃないよこれ」

「商店街の、地図にない部分」

 ミウがノートに何かを書きながら言った。手が少し震えているけど、ペンは止まっていない。

「わたし、記録する。みんなはきょろきょろして」

「きょろきょろって言い方」

 ぼくがツッコんだ。ポッケが背中でもぞっと動いた。

「歩け。止まってると目立つ」

「だれに」

「この場所の住人に」

 住人、という言葉がちょっと怖かった。ぼくたちはゆっくりアーケードの奥へ進んだ。

 五メートルも歩くと、いろいろなことに気づいた。まず、自動販売機がしゃべっていた。いつもジュースを売っている赤い自販機が、ボタンのところに小さな口を持っていて、前を通る人に声をかけている。

「お嬢さん、少し聞いていただけますか。最近、何か悩みごとはありますか」

 ミウが立ち止まった。

「わたしに言ってる?」

「ええ。なんとなく、悩んでいるように見えたので」

「悩んでません」

「そうですか。では、地図が破れたらどうしますか」

 ミウが一瞬固まった。

「……破れないように気をつけます」

「なるほど。コーラはいかがですか」

「いりません」

 ミウは足早にその場を離れた。顔が少し赤かった。次に、看板がしゃべっていた。魚屋の看板が「本日のおすすめ」の文字をぐるぐる動かしながら、「人生もたまに棚卸しが必要ですよ」と言っていた。パン屋の看板は「昨日食べなかったものを今日食べましょう」と言っていた。

「この商店街、うるさいな」

 タイガが言った。声はもう少し戻っていた。

「まあ、変だけど怖くはないな」

「まだ怖いものが出てないだけだ」

 ポッケが言った。

「え」

「歩け」

 アーケードの中ほどまで来たとき、スズが立ち止まった。

「ナギサくん」

「どうした」

「あそこ」

 スズが指さした先に、ふわふわと浮かんでいる透明なものがあった。最初はただの空気の揺らぎかと思ったけど、よく見ると形があった。レジ袋だった。

 でもふつうのレジ袋じゃない。中に何か入っていて、それが淡く光っている。一つじゃない。気づくとアーケードのあちこちに、同じようなものが漂っていた。

「あれ、なに。うわ、なんか増えてる」

 タイガが半歩うしろに引いた。 

「増えてないよ。最初からいたんだと思う。目が慣れてきたんだよ」

 ミウがノートを向けながら、目を細めた。

「中に何が入ってるんだろ。光ってる」

 そのとき、一番近くにいたレジ袋が、くるっとこちらを向いた。

というか、袋の口のところが顔みたいになった。目が二つと、おちょぼ口みたいな線が浮かんで、じっとぼくたちを見ている。

「こんばんは」

 レジ袋が言った。タイガが「ひっ」と言った。

「こんばんは」

 ぼくが答えた。相手がどれだけ変でも、挨拶くらいはしたほうがいい気がした。

「子どもたちが来るのは久しぶりです。何を探しているんですか」

「夏休みのページを探してます」

「ページ」

 レジ袋は口をもごもご動かした。

「ページは、ワタシたちが持っています。でも、渡せないんです」

「なんで」

「まだ使われてないから」

 ぼくたちは顔を見合わせた。

「使われてない、ってどういう意味ですか」

 今度はミウが聞いた。レジ袋はふわっと揺れた。

「ワタシたちは、この町の人たちが後回しにしたものから生まれました。また今度、また今度、といって行かなかったお店。食べなかったもの。会いに行かなかった人。そういう『また今度』が積み重なって、ワタシたちになりました。だから、まだ使われてない。また今度のままで、終わってしまったんです」

 商店街のシャッターを、ぼくは見た。閉まっているシャッターがいくつある。二つ、三つ、もっと。前は開いていたのにいつのまにか閉まった店。お母さんが昔「あそこのコロッケ屋、おいしかったんだけどねえ」と言っていた。ぼくはまだ食べたことがなかった。

「じゃあ、どうすれば渡してもらえますか」

 ミウが聞いた。

「進路を直してくれれば」

「進路?」

 レジ袋はふわっと天井を指した。

見上げると、星と星の間を走っている光の筋がある。でも一本、どこかで途切れていた。そこだけ暗くなっていて、宇宙船の通路で言えば、道が塞がっている感じだった。

「あそこが詰まっているから、ワタシたちも進めないんです」

「詰まってるって、何が」

「忘れられたものが引っかかってます。この町の人たちが、持って帰るのを忘れたもの」

 ポッケが背中でがたっと動いた。

「ビー玉だ」

「え?」

「引っかかってるのはビー玉だ。オレのなかに入ってる。ほら」

 ポッケのファスナーがぱかっと開いた。 

 中からころんと転がり出てきたのは、まるふく堂で見た、あの青いビー玉だった。

 透明な青で、光に当てるとちゃんとキラキラする。でも少し傷がついていて、長い間だれかに持たれていたみたいに、角が丸くなっていた。

「これ、どこのだろ」

「拾ったものじゃない。この商店街のどこかで、子どもが忘れていったやつだ。オレはこの町の夏休みをたくさん吸ってきたから、こういうものが中に入ってくる」

 ミウがビー玉を受け取って、天井の詰まっているところを見た。

「あそこまで、どうやって届けるの?」

「投げろ」

「届かないよ、あんな上まで」

 タイガが手を挙げた。

「おれ、投げる。ドッジボール自信ある」

「ドッジボールとちがう」

 ミウがツッコんだ。

「でも投げるのはいっしょだろ。貸して」

 タイガがビー玉を受け取った。天井を見上げて、少し足を開いて、大きく腕を振った。

 ビー玉が青い光の尾を引きながら、まっすぐ上に飛んだ。詰まっていた場所に当たった瞬間、ぱあっと光が広がった。途切れていた光の筋がつながって、星と星の間が一本の道になった。レジ袋たちが、いっせいにふわっと浮き上がった。

「進めます」

 さっきのレジ袋が言った。

「ありがとうございます」

 袋たちはゆっくりと光の道を流れていった。通り過ぎるとき、それぞれの袋の中に光がともって、中身がすけて見えた。約束のメモ。食べかけのお菓子の袋。だれかへの手紙。

 どれも、また今度のまま終わってしまったものたちだった。

 最後の一袋が通り過ぎるとき、ぼくの手元に何かが落ちてきた。一枚の紙だった。夏休み帳のページと、同じ大きさだった。

アーケードの天井が、ふつうに戻っていた。星空はなくなって、いつもの薄暗い天井になった。足元もちゃんと地面で、壁も光っていない。

 ぼくたちは四人で、いつもの商店街に立っていた。

「終わった?」

 タイガが聞いた。

「終わった」

 ミウが答えながら、ノートに何かを書いている。

「どうだった、まとめてみると」

「記録完了。『また今度』が積もって、宇宙船の道をふさいでいた」

「それでまとめられるんだ」

「当たり前でしょ。記録係だから」

 ポッケが横から口をはさんだ。

「地図係と言え」

「地図係はあなたが決めたやつ。わたしは三枝ミウ」

 言い合いながらも、ミウはちゃんと地図に今いた場所を描き足していた。さっきポッケから出てきた地図の、空白の一つが埋まっていた。スズが、ぼくの隣でぽつりと言った。

「また今度って、よくないんだね」

「そう、なのかな」

「また今度って言ったまま、会えなくなった人の手紙、あったよ。袋の中に」

 ぼくは、手元のページを見た。白紙だったページに、いつのまにか、商店街の絵が描かれていた。アーケードと、お店の並びと、遠くに見える時計台。ぼくが知っている、星坂町の商店街だった。また今度って言ったまま。転校のこと、ぼくはまだ言っていない。

 タイガはぼくの肩をぱんと叩いた。

「よし、一個クリアだ。次はどこだ」

「今日はもう帰るべきだよ」

 ミウが言った。

「時間が遅い。地図の次の空白は明日確認する」

「えー」

「えーじゃない。ちゃんとノートに書いて整理してから行く方が安全」

「ミウのやつ、地図に染まってきたな」

「染まってないし、地図係って言葉使ってない」

 スズが小さく笑った。ぼくも笑った。タイガが空を見上げた。

「夏休みって、ふつうでも短いのに、もっと短くなってるのかな」

 だれも答えなかった。でも、みんな少し同じことを考えている気がした。

 家に帰る前に、ぼくは一人で時計台の前に寄った。

 時計台の針は、まだ止まっていた。

 見上げても、スズの言う「さびしい影」は見えない。けれど、あの上に何かがいるのだと思うと、胸の奥が少しざわざわした。

「ポッケ。時計台が動いたら、明日は来るのかな」

「ページを集めろ。話はそれからだ」

 ポッケはそれだけ言った。

 ぼくはうなずいて、来た道を戻った。

 また明日、と思って、少しだけ胸がきゅっとした。

 また今度じゃなくて、また明日。その「明日」が、ちゃんと来るように。


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