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ぼくらの町のヘンテコ世界地図――しゃべるリュック・ポッケと、消えた夏休み――  作者: 明石竜


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2/12

第二話 終わらない夏休み

 同じ朝がもう一回来ていた。ぼくは自分の部屋で夏休み帳を開いた。ページ数を数えると、昨日と同じだ。いや、昨日と同じというか今日が昨日になっている。

「ポッケ」

「なんだ」

「これって、ぼくだけ? 昨日の記憶があるの」

 ポッケのファスナーがゆっくり開いた。

「さあな。確かめてみろ」

 ぼくは着替えて、家を出た。ミウの家は商店街を抜けたところにある。三枝ミウは、ぼくの幼なじみだ。去年もいっしょのクラスで、今年も隣の席だった。理屈っぽいけど、困ったときにいちばん頼りになる。玄関のチャイムを押すと、ミウがすぐに出てきた。

 肩までの少し茶色がかった髪は、夏の朝なのにきれいにとかされている。手に、ノートとペンを持っていた。

「ナギサ。ちょうどよかった。聞いて」

「ぼくも聞いてほしいことがある」

「どっちが先?」

「じゃんけんで」

 ぼくが勝った。

「今日、七月二十一日だよね?」

 ミウは一瞬、目をほそめた。

「……昨日も、七月二十一日だったよ」

 ぼくの胸の中で、何かがほっとした。

「覚えてるんだ」

「もちろん。わたし、ちゃんとノートに書いてた。今朝起きたら日付が戻ってたから、最初は自分が間違えたのかと思ったけど、ノートの日付は昨日のままだった。だから、昨日は確かにあった。今日はもう一回七月二十一日なんだ」

 ミウはノートをぼくの顔の前に突き出した。きれいな字で、昨日の出来事が細かく書いてあった。時計台が止まっていたこと、商店街の様子、時刻まで記録されている。

「すごいな」

「当たり前でしょ。分からないことを分からないままにするのが、わたしは苦手なんだから」

 そう言いながら、ミウはちらっとぼくの背中を見た。

「そのリュック、昨日持ってたっけ」

「昨日、こいつに拾われた」

「そのリュック……しゃべってる?」

「オレのことを『そのリュック』と呼ぶな」

 ミウが一歩うしろに引いた。

「しゃべった!」

「ポッケっていう名前なんだ。伝説の冒険道具で、くわしいことはあとで説明する。今はタイガのところに行きたい」

「分かった。わたしも行く」

 ミウはノートを脇に挟んで、サンダルに足を突っ込んだ。


 小森タイガの家は、坂を上ったところにある。タイガはクラスでいちばん声の大きいやつで、いつも「行こうぜ!」と言ってみんなを引っ張っていく。ぼくとは去年から仲がいい。少しうるさいけど、いっしょにいると元気になれる。

 チャイムを押すより先に、タイガが家から飛び出してきた。五年生にしては大柄な体が、勢いよく玄関から出てきたので、ぼくは思わず一歩よけた。

「ナギサ! ミウ! やばい! 今日また七月二十一日だ!」

「知ってる」

「知ってるのかよ!」

「昨日の記憶あるんだ」

「当たり前じゃん! おれ昨日の夜ちゃんと寝たのに、起きたらまた一日目なんだよ! 最初は夢かと思ったけど夢じゃないし、テレビもスマホの日付も昨日と同じだし、父さんも母さんも今日が一日目だと思ってるし、これどういうこと!?」

 タイガは一息でそこまで言って、ぼくの背中に気づいた。

「なんだそのリュック」

「伝説の冒険道具だ。名前はポッケだ。そんなにじろじろ見るな」

 タイガが固まった。三秒後、叫んだ。

「しゃべったァ!!」

「うるさい。耳が痛い」

「ごめん」

 タイガは反射的に謝って、それから首をかしげた。

「……リュックに謝った、おれ」

「いいから来い」

 ポッケが言った。

「もう一人、昨日の記憶がある子がいる。あの四年生だ」

「あの四年生って、スズのこと?」

 ぼくは聞いた。

「そうだ。神社の近くだ。昨日を覚えているやつは、少しだけ気配が違う。オレには分かる」

 ポッケはそう言って、商店街の先を指すみたいにファスナーを動かした。

 大月スズは、神社の近くの細い路地に住んでいる。去年の夏に公園で会ってから、時々いっしょに遊ぶようになった。口数は少ないけれど、変なものを見つけるのがうまい。落ちているビー玉とか、曲がった枝とか、だれも気づかない小さな穴とか。

路地の入り口にスズはいた。四人の中ではいちばん小柄で、肩の下まである髪を一つに結んでいる。小さなトートバッグを持って、地面の何かをじっと見つめていた。

「スズ」

 ぼくが呼んだら、スズが顔を上げた。

「ナギサくん。おはよう。今日、また昨日だね」

「覚えてたか」

「うん。朝起きたら、なんか変な感じがして」

 スズはそう言って、地面から視線を上げた。商店街の方角を見ている。

「時計台、まだ止まってる」

 ぼくたちは、時計台のある方を見た。

遠くから見ても、針が七月二十一日の朝八時のままなのが分かった。

「時計台の上に、さびしい影がいる」

 スズがぽつりと言った。

「影って?」

「形になってないけど、なんかいる。昨日も、あそこにいた」

 タイガがこっそりぼくの袖を引っ張った。

「スズ、いつもああいうこと言うよな」

「うん」

「信じてるのか?」

「信じてる」

 タイガはちょっとだけ顔をひきつらせたけど、何も言わなかった。 

 四人で商店街のベンチに集まった。ミウがノートを開いて、昨日わかったことを整理し始めた。タイガはじっとしていられないのか、ベンチの上でそわそわしている。スズは隣で静かに座っていた。

「まず確認するね。昨日を覚えているのは、今のところわたしたち四人だけ。時計台は止まったまま。夏休み帳からは、一枚消えている。つまり記録ごと消された」

 ミウがペンを走らせながら言って、眉をひそめた。

「記録を消すって、そんなことが起きるの」

 ぼくが言ったら、ポッケが背中でもぞっと動いた。

「起きてる。だから今こうなってる」

「このリュック、なんで事情を知ってるの」

「知ってるというか、感じてる。オレはこの町の夏休みを長いこと吸ってきた。だから、町の何かがおかしくなると分かる。今、この町の夏休みは、だれかに少しずつ食われている。このままなら、時間は元に戻らない」

 全員が黙った。 

「なくなるって?」

 タイガがおそるおそる聞いた。

「時間が止まったまま、動けなくなるということだ」

「それ、まずくない?」

「まずい」

 タイガが立ち上がった。

「じゃあ行こうぜ! どこへ行けばいいんだ!」

「まだ座れ。話が終わってない」

 タイガがしぶしぶ座った。ポッケが続けた。

「消えた夏休みのページを取り戻せば、時間は元に戻る。ページは、この町のあちこちに現れた、地図にない場所に隠されている」

「地図にない場所って」

 ミウが身を乗り出した。

「昨日の商店街の時計台も変だったけど、ほかにも?」

「ある。この町は今、少しずつおかしくなっている。夜になると姿が変わる場所、扉を開けると別の世界につながる場所、そういうところにページが散らばっている。それを集めれば、夏休みは取り戻せる」

 ミウはすでにノートに書き込んでいた。

「場所の目印は?」

「地図には載らない。でも、見つける方法がある」

 ポッケの口のファスナーがすっと動いて、中から一枚の紙がひらりと落ちてきた。

 広げると、星坂町の地図だった。

でも、ところどころに小さな空白があった。印刷が抜けたわけじゃなくて、まるでそこだけ霧がかかっているみたいな、白いぼんやりした部分が七つか八つある。

「この空白が、地図にない場所だ。一つひとつ、足で行って確かめるしかない」

 ミウが地図を受け取って、じっくりと眺めた。

「空白が……ここと、ここと、ここにあるね。最初のは商店街のアーケードの辺りかな」

「目がいいな、地図係」

「地図係って呼ばないで。三枝ミウ」

「似たようなもんだ」

 ミウがむっとしたけど、地図から目が離せないようだった。

 スズが、ふと立ち上がった。

「夜になると、変わる場所」

 そうつぶやいて、商店街のアーケードの方を見る。

「昨日の夜、あそこが少し光ってた。青っぽい光。だれも気づいてなかったと思う」

「スズが気づいてたんだ」

 ぼくが言うと、スズはこくっとうなずいた。タイガがそわそわしながら地面を蹴った。

「じゃあ、夜まで待つのか。今日の夜」

「そうなる」

ポッケが答えた。

「夏休みが増えたみたいで最初ちょっとうれしかったけど、全然そういうことじゃなかったね」 

 ミウが言った。

 タイガはため息をついた。でも、すぐにまた顔を上げた。

「まあでも、四人でやるんだろ。おれたちが行けばいい話だよな」

 ぼく、ミウ、スズが顔を見合わせた。

「そうだね。四人で行く。場所は記録する。地図に足りないものを全部描き足して、ページを取り戻す」

「頼もしいな、地図係」

「ミウって呼んで」

 ポッケはそれには答えなかった。ぼくは地図を覗き込んだ。空白の一つが、商店街のアーケードのちょうど真ん中あたりにある。夜になれば、そこへ行ける。変な夏休みになった、とぼくはまた思った。でも、なんかちょっとだけ、ひとりじゃないのがよかった。

  

 夜の八時前。ぼくたちは四人で商店街の入り口に集まった。お店はぜんぶ閉まっていてアーケードの中は薄暗かった。シャッターの前に貼られたポスターが風にゆれている。

「行くぞ」

 ポッケが言った。タイガが真っ先に歩き出して、ミウが地図を持って続いた。スズがぼくの横に並んで、静かに歩き始めた。ぼくはアーケードを見上げた。いつもはただの天井なのに。足を踏み入れた瞬間、何かが変わった。天井が、なかった。見上げると、そこには星空が広がっていた。それも、ふつうの夜空じゃない。星と星の間に、細い光の筋がいくつも走っている。足元を見ると、地面がわずかにふわりと浮いている感じがした。

「うそ」

 タイガの声がひっくり返った。

「商店街が、宇宙船になってる」

 ぼくも、同じことを思った。アーケードの壁が金属みたいに光っていて、閉まったシャッターが、まるで宇宙船の扉みたいに見えた。

「地図にない場所、見つけたね」

 ミウが震える手でノートを開いた。スズはそっと前を向いて言った。

「ここに、最初のページがある」


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