不登校の種類
クレアが俺が作ったスパゲティを食べ終えるのを見届けて、後片付けを始めた。とは言ってもアンドロイドの体がやったことは、ただ食洗機に食器を入れてスイッチを押しただけだった。あとは勝手に、機械がやってくれる。
俺は一気に暇になり、彼女の部屋の掃除を始めた。時間に迫られていないと、こんなに退屈なことはない。だが、クレアが時々、勉強のことやたわいのないことを話してくれるおかげで、多少はその退屈な気分も紛れる。
クレアもあんな怖い母親がいないおかげなのかはわからないが、心なしかさっきより表情が柔らかく見える。
「ねぇこの問題わかる?」
どうやらクレアは俺と同じで算数が苦手のようだ。とはいえ、俺だってもう成人してる。小学校の算数ぐらいちょちょいのちょいで教えてあげることはできる。
いや待て!何を考えてんだか・・・。俺はハイテクでおまけにハンサムなアンドロイドだぜ?そんなのネットワークを駆使すれば、俺が考える必要なんてないじゃないか!
俺は彼女が聞いてきた問題を覗き込んだ。こりゃ本当に算数なのか?少なくとも俺が小学生の時は習っていない。しかし、俺の頭の中にはすぐに答えが出てきた。しかも、それを無意識にクレアに伝えてくれている。
これ、俺いるのかなぁ?
俺はなぜか心配になった。こりゃ完全にこのゲームに脳みそを支配されている。いや、そうじゃないのかもしれない。現実世界ではないのは確かだが、俺は今ゲームしているわけでもないのかもしれない。
その考えを正当化するように、クレアから肩を思いっきり突かれる衝撃を感じ取った。痛いわけではない。ただ、そんな感触がするだけだ。
「ねぇ、それじゃあダメよ!」
なぜか俺は彼女に怒られていた。
「私は答えを知りたいんじゃないの!この問題のやり方が知りたいのよ!」
彼女の怒りが本気じゃないことはすぐにわかった。怒りというより、どこか甘えてくれているのだろうか?
「分かりました。では次の問題を見せてくれますか?」
クレアはガラス板のようなタブレットを操作した。だが、タッチやスクロールをしているわけではない。なんかマジシャンのハンドパワーみたいに手のひらを画面に向けて念じている?ような感じだ。
「これは?」
さっきとはまた系統の違う問題だ。だが、俺はすぐに答えがわかった。
「この問題は……」
俺は説明をしながら、別のことを考えていた。
「……よって今の答えは5になるというわけです!」
「もう!またそうやって!意地悪!」
クレアはほっぺたを膨らませている。その姿に俺は自然と笑ってしまった。
「アンドロイドも笑うのね?」
俺は彼女の言葉を聞いて驚いた。どうやら、この超ハイテクアンドロイドは会話だけでなく表情まで動かせるようだ。
「修理してくれた時に、お店が新しい機能を追加してくれたのかなぁ?」
彼女がそう言いながらタブレットで開いていたサイトを見ると、そこには『ダルトンブラザーズインダストリーズ』と書かれている。
初めて聞く名前だ。俺はこっちのネットワークでも会社名にアクセスした。だがアクセス結果を見る前に、俺はその会社の正体が分かった。なぜなら、俺の視界に一瞬だけ『DBI』という文字が現れたからだ。
俺の体になっているアンドロイドの製造会社だ。それだけではない。この家に置かれている洗濯機、冷蔵庫、掃除ロボット等、ありとあらゆるこの家の電化製品がこの会社の製品のようだ。それこそクレアのダブレットもそうだ。
また随分とダサい名前の会社だこと。
「ねぇ聞いてる?」
聞いていなかった。俺は今何を聞かれていたのだろうか?
すると、俺の視界には数秒前の光景が流れていた。
「前の記憶って覚えてる?」
数秒前のクレアがそう尋ねている。
前の記憶とはどのことなのだろうか?この超イカしたハンサムロボットになる前の俺……それはただの引きこもりのゲーマーだ。中三で不登校になって、高校にも行かずにずっと家にいた。
まぁそのおかげでeスポーツの才能が開花して、大会の賞金を獲得することがかろうじてただの無職という肩書きからは逃れられている。
だから親も俺がどんなに何もしなくても、文句は言っても追い出されることはなかった。
それがどういうわけか今はこんな状況だ!果たしてクレアはこんな話を求めているのだろうか?
そもそもそんな話を彼女にしても、彼女が理解できるのだろうか?eスポーツが何かから説明しないといけない気がする。
「そっか!なんだかよくわからないけど君も学校に行ってないんだね」
あれ?どうやって俺は何をしゃべったんだ?てか、今喋ってたか?俺はこの体に慣れてきたのか?それとも結局、ただ振り回されているだけなのか?
「なんで学校に行かなかったの?」
彼女から次の質問が来た。
なんだ?これはカウンセリングの機能がついたゲームだったのか?まぁ理由は俺にもよくわからない。別に行きたくなかっただけだと思う。
「ふーん」
クレアが歯切れの悪い返事を返している。
「君は学校に行きたいの?」
俺が無意識にそう尋ねると、彼女はゆっくりと首を縦に振った。そりゃ、家で勉強するくらいだ。俺と違ってクレアは学校が好きな人種で、今も行けるものなら行きたいのだろう。
俺は時間を確認した。
「まだ、午後の時間だったら間に合うんじゃない?僕が付き添うから一緒に学校へ行こうよ!」
俺はどうしても彼女に何かしてあげたくなった。それに、さっきから体の自由が効くようになり、目の前に出ていた指示文もいつの間にか消えている。
「本当に?」
クレアは嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。
「いいの?」
彼女の顔はまるで太陽のように眩しく輝いて見えた。だが、その輝きは玄関の扉が開く音によって、再びかき消されてしまった。




