衝撃の写真
俺は必死に立ちあがろうとした。だがなぜか俺の頭の中では、もう間に合わないと言う意識が巡っている。
いや、そんなことはない。
さっきだって全てのミッションをやり終えて、アビーの野郎に殴られる前に彼女の元へ駆けつけることができたんだから、今回だっていけるはず。
そう頭で理論立てしているはずなのに、どんなに自分を正当化するような理論を組み立てても、結論は不可能という三文字が、むごたらしく頭に浮かぶ。
クレアは吹っ飛ばされた衝撃で、助けを懇願する力さえなかった。アビーはそれを良いことに、大きな身体をクレアへ近づけていく。
俺が何を間違えたのかはわからないが、その行動ミスでバッドエンディングを見せられる罰ゲームというわけか。
だが俺は、ただクレアが可哀想という罰ゲーム以上の感情が溢れ出ている。
なんでこんなに心が揺さぶられているのだろうか?だからこそ、今動けない自分に腹が立つし、情けない気持ちでいっぱいになる。
クレアがその時を覚悟するように目を瞑った。俺は最後の瞬間まで必死にもがいた。
その時、無機質な電子音が家のあらゆるものを貫くように鳴り響き、アビーの進行を制圧した。彼女は込み上げてくる癇癪を一生懸命押さえつけながら地団駄を踏んでいる。
どうやら、彼女の外出の時間を知らせるアラームだったようだ。
「もう好きにしたらいいさ!」
彼女はそう言い残して、クレアの部屋から出ていった。怒りの足音は段々と地面の下へと移動し、玄関の扉が壁に叩きつけられているような音と衝撃が家を揺らした。
クレアの部屋はまるで嵐が去った後のようにしばらく静寂な空気が流れた。その静寂を俺はどこか心地よく感じている。ひとまずこのゆったりとした空気が続いている限り、彼女は安全だ。
俺は体制を整えて、クレアの元へ近づいた。
「新たな外傷を確認」
俺は今視界に映っている文字をそのまま言葉として発していた。
「大丈夫よ」
クレアの声が聞こえた。彼女の丸まった背中が徐々に動き始め、ゆっくりとこちらに顔を見せた。
「ちょっとかすっちゃっただけよ。それよりあなたこそ大丈夫?また壊れたら、今度こそ、修理に出してもらえないわよ?」
彼女の心配そうな眼差しがこちらを向いている。もちろん、俺の体は問題ない。それは当たり前なはずなのに、なぜ彼女は自分の心配よりも他人……、いや物の心配をするのだろうか?
「あっ!」
クレアが急に声を上げた。
「せっかく作ってくれたスパゲッティが……」
さっきの揉み合いで、ミートソーススパゲティが無惨な状態で床に散らばっていた。
「すぐに片付けます」
「待って、お腹空いたから、それを食べさせて」
いやいや、こんなん食べたら、お腹が壊れてしまう。とはいえ、冷蔵庫の中身はそれしか見つけることができなかった。
「いただきます」
気づいたら、彼女は床に落ちたスパゲティを拾い上げて、そのまま手づかみで、食べ始めた。
だが、バキバキとまるで木の枝をむさぼるような音が、彼女の口元から聞こえてきた。
「これ本当にスパゲティ?」
クレアは顔をしかめていた。
「美味しいですか?」
そんなわけねぇだろ?だが、言葉が勝手に出てしまうのは仕方がない。
「うーん……ちょっと硬いかな?でも、味は美味しいよ!」
彼女の笑顔に俺は胸を締め付けられた。
「でも、これじゃあお母さんにポンコツって言われても仕方がないんじゃない?」
「大変申し訳ございません」
すると、クレアは急に緊張のスイッチが切れたように笑い出した。
「謝らなくて良いのに!こちらこそありがとうね」
この子はなんて可愛いのだろうか。俺はただそう思った。そして、この笑顔を守らなければいけないという使命感にも駆られた。
そういえば、あの野郎がどっかへ行ったのと同じように、この子も学校へ行かなければいけないのではないか?俺がそう思うと、頭の中のデータベースが、彼女の情報と学校のデータを検索し始めた。
だが、いくら探してもそんな情報が出てくること気配がない。
「学校へ行きますよ」
初めて、俺は自分の意図する言葉を発することができた。だがしかし、彼女は暗い顔をした。
「そっか……、修理から戻ってきたばかりだから、メモリーを消されてしまっているのね」
彼女は立ち上がると、窓の外を眺めた。
「私も学校に行きたいけど、お母さんが許してくれないの。お父さんがいなくなってからお母さん、変わっちゃったの……」
恐らく、クレアはこのアンドロイドが毎回修理から戻ってくるたびに、今の説明をしているのかもしれない。その度に毎回同じ顔をして同じ説明をしているのか……?
「申し訳ございません」
「なんであなたが謝るの?」
だんだんこの体で、自分の意思を伝える術を身につけてきた。
「ねぇ!お父さんの写真みたい?すごくかっこいいんだよ!」
急にクレアが元気になった。彼女は俺の返事を待つことなく、ベッドの上に飛び乗って、枕の下から何かを取り出した。
ガラスの板のようなもののようだ。それを持ってこちらに戻ってくると、その板には三人の仲睦ましい家族の写真が映っていた。
これが未来のタブレットなのだろうか?別に透明にする理由なんてない気もしたが、俺はそれ以上にその写真を見て衝撃を受けた。
俺が父親の写真に視線を向けると、いつものように、彼の情報が可視化される。
「エリック・デルフィーニ、2102年2月3日没。交通事故」
正直今にも胸が張り裂けそうだった。その隣には、細身のきれいな女性が写っている。これがもしかして、この子の本当のお母さんなのだろうか?
だが、俺は可視化された情報を見て、さらに目を疑った。
「アビー・デルフィーニ」
今のアビーとは似ても似つかない容姿に、今の彼女が忘れてしまっている幸せそうな笑顔でその時を止めている。
クレアも今よりも少しふっくらとした元気な女の子に見えた。




