俺はイカしたアンドロイド?
クレア・デルフィーニ、年齢は、十歳。この情報が正しければアビーの娘のようだ。
俺はまるで天使の声を聞いたと思った。いや天使の声であることは間違いない。だって今まで彼女に向けていた怒りの心が洗われるようなそんな気持ちになっているのだから。
だがすぐに少女は、自分の言ったことを後悔していた。
「今、なんて言った?」
アビーのねっとりとした声がクレアを襲う。クレアの顔が恐怖の色に変わっていた。彼女がゆっくりとクレアの元へと近づいてく後ろ姿を俺はただ眺めていた。その姿はまるでリスを狙う熊のようだ。
「ごめんなさい・・・ぶたないで・・・」
ぶたないで?その言葉が出るということはこの子は常日頃からこいつに虐待されているということなのか?すると、憎たらしいアビーの声が部屋中に響き渡った。
「ぶつ?そんな人聞きの悪いことを。ぶつというのは自分の感情を相手にぶつけている獣がすることよ?」
だんだんとクレアの体が、アビーの大きな影に覆われていく。
「もしかしてあんた、あたしが獣だって言いたいのかい?」
クレアは必死に何度も首を横に振った。
「だったら、何であたしがあんたにそうしなければいけないのかしら?」
「私が悪い子だから。私が良い子になるために、お母さんはやりたくないことを私がやらせてしまっているからです」
クレアは声を震わせながら、答えた。
「よく分かってるじゃない。だったら、ツラを出しなさい」
子供に対して使う言葉ではない。だが、クレアは立ち上がると、一歩前に出てきた。覚悟を決めて歯を食いしばっているのが分かる。
俺はアビーへの憤りよりも、今すぐやめさせなければならないという使命感に駆られた。だが、身体が動かない。どうしたら良いのだろうか?さっきまであんなに自分の意のままに行動ができていたのに、まるで映画を見ているかのように、急に客観的にその状況を見ていることしかできない。
俺の視界には、無慈悲に次に何をしなければならないのかが書かれている。
ちょっと待て!分かったぞ!このやらなければならないことが片づけば、俺は自由になるってことだ。だったらそれまでにやるべきことを終わらせれば・・・。
俺は即行動を開始した。もう一度言うが、俺はどんなゲームに対してもトッププレイヤーだ。一時はタイムアタッカーとしていろんなジャンルのゲームをこなしていて、全世界のゲーマーからデジタルニンジャなんてダサいあだ名までつけられていた。
そんな俺にかかれば、こんなタスクあっという間に終わらせてやる。タイムリミットはアビーがクレアをぶつまでの数分、いや数秒だ。
俺の予想ではこのトイレ掃除さえ終われば、仕事は全部完了するはずだ。俺はすぐにトイレへ移動した。その時ふとアビーがこちらに視線を向けたのが分かった。そのおかげで少し時間稼ぎができたようだ。
どうやらあの獣はトイレの流し方を知らないらしい。だが俺は黙々とトイレ掃除をした。現実世界でもこんなことはしたこともなかった。
その時ふと俺は、現実世界に意識が向いていることに気づいた。俺の頭の中では、とあるシーンが流れている。
「ちょっと・・・あんたトイレぐらい流しなさいよ!」
女性の声・・・お袋の声だ。
「ウルセェなぁ!どうせ今から掃除するんだから、その時に流してくれれば良いじゃねぇかよ!」
俺の声だ・・・。
「流さないと、汚れがこびりつくでしょ!」
俺はお袋の声をバックに、便器にこびりついた汚れを一生懸命擦っていた。まずい、これでは間に合わない。とにかく、俺は擦った。どうやら俺は人並みに便器ブラシを擦っているつもりだったが、それ異常にてを動かせていたようだ。これで時間短縮だ!
そしてトイレを流すと、今度は洗面所の棚を片付けるために立ち上がる。
その時、俺の背筋をなにかが這っていく感覚を感じた気がした。それこそからだが反応したわけではなく、なんというか感情だけが動いたというのか・・・。
どちらにしてもそうなっている理由も何となくわかった気がした。
洗面所の鏡に知らないなにかが写っている。どこからどう見ても自分ではない。まぁゲームの世界なのだから当然だが、俺は超絶イケメンになった気分だった。
これは人間なのか?だが、アビーのセリフに「ポンコツ」という言葉がある。
もしかして、俺はアンドロイドになったのか?
それって・・・超イカしてんじゃねぇか!
いやいや、そんなことは言ってられない。今は集中すべきことがある!それこそさっさと自由になって、それこそクレアを最速で助け出せれば、本当のヒーローだ!
俺はたかがゲームごときにそんなことを考えながら、洗面棚に視線をむけた。
棚には薬が無造作に置かれている。一体これは何の薬なのだろうか?すると、背後に気配を感じた。振り返ると、自分のお腹くらいのあたりにアビーの顔があった。
「あんた一体、何のつもり?」
俺は何のことだかわからなかった。俺はあんたを止めるためにひたすらタスクをこなしていただけだが・・・。しかし今の言葉はアビーには届いていなかった。
「出ていきな!」
叩かれても衝撃を感じるだけで痛くはない。鬱憤を晴らすなら、俺を殴れば良いのに・・・。でもやはりこの衝撃にだんだんと違和感を感じてきた。
アビーはこちらを睨みつけながら、洗面所の棚の薬をまるで隠すように片付けると、再びクレアの元へと向かった。
これでタスクが終わったと思ったが、最後に一つ、重要なタスクが残っていた。
「クレアの朝食」
そうだった!
俺の視界にクレアが見えた。彼女はどこか助けを乞うようにこちらを見ている。待っててくれ!俺が今から君を助ける!
そんなくさいことを呟きながら俺が一階へ降りようとした時、アビーが自室へと入っていくのが見えた。一体何のために?
「本当にどいつもこいつも私を怒らせるんだから・・・」
アビーの一言を俺は不気味に感じた。とにかく、俺は急いでキッチンへと向かい、冷蔵庫を漁った。パスタとミートソースがあるではないか!だがパスタだと茹で時間がかかる。この際味なんてどうでもいい。食えるもの作ってさっさと上に上がらなければ!
俺は急いで鍋を出してお湯を沸かし、沸かしながら麺を入れた。
その時、上からとんでもない悲鳴が聞こえてきた。
「お母さん!お願い!やめて!」
「うるさい!全部あんたが悪いんだよ!あんたがお母さんよりもあのガラクタを大事にするから!」
一体上で何が起きているのだろうか?そんなこともつゆ知らず、鍋の麺はまだピンと一直線に伸びている。




