掃除、洗濯、お手のもの
今から俺がしなければならないことは・・・。
掃除、洗濯、クレアの朝ごはん。
クレアって誰?てか、なにこのミッション。退屈にもほどがある。だが、ゲーマーたるものどんなミッションでも余すことなくこなさなければ。
でも、どうやって動けばいいんだ?
視界に映っているのは、白い壁だ。だが、どうやってもあたりを見回すことができない。早速詰んでいる状況だ。ここからどうしろっていうんだ?
すると左上、正確には左斜め35度上の方から足音が聞こえてきた。足音から察するに、体重は約70キロってところか?足のサイズは24.5。この大きさなら女性だろうか?てかなんで、そんなことまで分かったんだろう?
そんなことを考えていると突然左側から、ダメージを受けた感覚がした。ずっしりとした、重みのある一発だ。
「なにボケっと突っ立ってんだよ。何のために、あんたを高い金で買ったと思ってんだい!」
どうやら自分の左側から体当たりをされたらしい。だが、俺はびくともしなかった。そしてようやく、視界を動かせるようになった。
これで、部屋の散策ができるぞ!
だがまず俺は、無意識に声の主の方に視線を向けていた。小太りで背の低い小汚いおばさんの後ろ姿が視界に入った。
てかこれって自分の感覚で動かすことができるのか?つまり、自分自身が目を動かそうとすれば、その動かしたい意思に合わせて、視界も動く。右を向きたければ、ただ右を向けばいい。
そしてどこかへ行きたければ、ただ歩けばいいのだ。なんてリアルな感覚なんだ。っていうか、てかこれは一体何のゲーム?
いつからがゲームの世界なんだ・・・?
さっきまで確か・・・餅を食べながらゲームをしていたところまでは覚えている・・・。まぁここ数年それしかしてきてないのだが・・・。
だとしたら、これはたぶん夢だろう。ゲームをしながら寝落ちなんていうのもよくやっていることだ。それにしてもリアルな夢だ。ならせっかくだしこの夢を楽しむしかない。こんな家の家事なんて、俺のタイムアタック技術でチョチョイのチョイで終わらせてやる。
感覚さえ掴んじゃえば、操作なんて普通のゲームなんかよりも簡単だ。まずは掃除。掃除って言っても、お掃除ロボット的なものはないのか?
俺はひとまず、リビングへ向かうことにした。
ビンゴ!
42型の液晶テレビが置かれた、カイムバルト製のテレビ台の横にひっそりと置かれているお掃除ロボットを発見した俺は、そのスイッチを押しに向かおうとしたとき、女の声が左から聞こえてきた。
「てめー、みえねぇだろうがよ。ポンコツがぁ!」
キンキンと高い声で怒鳴るその女の横に、恐らく彼女のものであろうプロフィールが、浮かんでいた。
アビー・デルフィーニ。年齢、29歳。まじか・・・てっきり、40歳かと思った。40歳でもこいつより若く見える人はいるだろう。血液型B型。犯罪歴・・・。
待てよ。このゲームのおいてこんな情報必要か?しかもこいつ、ただのくずでしかないじゃない。こんな借金、一体何に使っているのやら・・・。
それなのになんでこんな奴に、俺がポンコツ扱いをされなきゃいけないのか。考えれば考えるほど、腹が立つ。
そう、俺はゲームに熱くなりすぎるタイプだ。それだけゲームに命をかけているということだ。
俺はこの怒りをアビーにぶつけようとした。
「何よ?もしかして、私に逆らおうっていうんじゃないだろうねぇ」
奴の偉そうな顔に俺は虫唾が走る。だが俺の視界には赤い文字で「今はそれどころではない」という文字が表示されている。
確かにそれはそうだ。俺はあまりの怒りでタイムアタックをしていたことをすっかり忘れてしまっていたようだ。
タイムアタックにおいて、こういう演出はただの邪魔だ。俺はアビーを無視して、別のルートから掃除ロボットへアクセスすることに変更した。
アビーへの怒りも少しタイムロスをしてしまった事実が書き換えてくれている。俺はここからの作業を少しペースを上げることにした。
俺は何気ない曲がり角もしっかりとインコースを狙ってキッチンの裏側にある、洗濯室っぽいところへ向かった。
洗濯はアビーとかいうステレオタイプの悪役の邪魔も入らず、現実世界なら数時間はかかるところをわずか五分で片付いた。
だんだんとこの便利ロボットの身体の操作にもなれてきたおかげで最適ルートで行けたところも要因だろう。
俺は続けて、なにも考えずにリビングへ向かった。目指すは最速クリアだ。
ようやく掃除ロボットを起動させ、テーブルの上に無造作に置かれた酒瓶やデリバリーピザの残骸を片付けた。
こんな借金があって、なんでこんな飯が食えるのだろうか?
タイムアタックにおいてこいう邪念は不要だ。俺は家事をするマシンだ。だが、それにしてもこのゲームの面白みは一体どこなのだろうか?俺もゲームのしすぎでいよいよおかしな夢を見ているのかもしれない。
一階の掃除と洗濯はあらかた終わった。初見プレイにしてはまずまずの出来だろう。
俺の視界では部屋の区画ごとに赤と青で色分けされており、一階はほとんど青くなっている。
ということは次は二階だ。確かさっきアビーが二階へ向かった。そういえば一階にはトイレらしきものはない。つまり、彼女は今トイレに行っており、俺はこれからその後の掃除をしなければならないようだ。
俺はひとまず二階へ上がった。二階は二つの部屋とバスルームだけだった。その時水が流れる音と共に、アビーが出てきた。
「邪魔なんだよ!」
俺は再び右側から衝撃を感じる。痛くはなかったが、受ける衝撃のリアルさが異常な気もする。だがそれより俺は腹の中で怒りが込み上げてきた。その時、反対側から声が聞こえてきた。
「そんなに乱暴しないで!」
女の子の声だった。声のする方へ視線を向けると、そこにはアビーとは似ても似つかない可愛らしい少女が部屋の中からこちらを見ている。
俺の視界に彼女の名前が書かれている。
「クレア・デルフィーニ」
これが俺とクレアの初めての出会いの瞬間だった。




