技術確信
マーケット通り590……、別にこれと言って特別な何かがあるわけではない、至って普通の住宅街だ。とは言っても俺自身はアメリカどころか、自分の国から出たことがなかったせいで、新鮮な気持ちで車を走らせていた。
噂に聞く通り、アメリカの道路は横幅が広い。だがそれに比例するような車の多さに圧迫感はさほど変わらなかった。
とはいえ、初めてのドライブだ。ゲームのようにはいかなかったものの、自分の思うがままに機械を動かして目的地まで向かうという達成感は、今までやってきたゲームで得られるそれとはまた違ったものだ。
これは車にハマる人種が世の中に一定数いるというのも納得がいく。
目的地に到着し車を止めると、サイドガラスには、一軒の庭の大きさに比べたら、小ぢんまりとした家がひっそりと建っているのが見えた。
まるでその家は主の老後の余生を守るように、ところどころに黒シミや小さな何かが擦れたような傷を作りながら、この世の移り変わりを見守っている。
「つきましたよ」
こういうオーソドックスな会話は、もう勝手にしてくれるようになっていて、俺は相棒の方に視線を向ける事だけしかしていない。
どうやら機嫌を直してくれているみたいだ。もう、こちらを怪物を見るような怯えた目で見ていなかった。
だが、それにしても、先ほどとは随分と雰囲気が違う気がする。
青白い肌に、げっそりとした頬。そしてその頬が定期的に膨らんでいる。
明らかに様子がおかしい。
もしかしたら、俺に対する恐怖を忘れてしまうほどの何かに襲われているのかもしれない。
「なぁ相棒、なんか袋みたいものを出せないか?それかパトカーの機能にそういうのない?」
どうやら彼の自律神経が先ほどよりも大幅に乱れていることから乗り物酔いをしてしまったようだ。だがしかしなぜなのだろうか?あんなに滑らかな運転だったというのに……。
そんなことを考えている俺の視界では、パトカーの中のエチケット袋の場所が表示されていた。どうやらことが起これば自然と対処されるらしい。
……対処って何?
その時、「もうだめ!」という言葉を最後にカイルは苦しそうな声を上げた。ことが起きた。果たして何が起こるのだろうか?
しかし、いくら首を長くして待っていても、エチケット袋らしきものどころかこの状況に対処できるものは何一つ出てくる事はなかった。
故障しているのだろうか……。
カイルは苦しそうな声を上げながら足元にうずくまって、一生懸命に胃をひっくり返している。
「まじか……」
こう見えて、人が嘔吐しているところをここまで近くで見たのは初めてだ。
ところが、どんなにがんばってえずいても、彼の口から本人がスッキリするものが出てこない。
まるで猫が毛玉を吐こうとしているみたいに、背中を丸くしながら何度も何度も喉をならしている。
すると、ようやく彼の口から何かが出てきた。だがそれは我々が想像しているような流動的なものではなく、硬くて四角い氷のようなものだった。色は……、まぁ知らない方が幸せかもしれない。
「なんだこれ?」
どうやらカイルも知らないようだ。
「嘔吐物を固体化させて、処理の手間を最小限に減らした発明のようです」
またもや俺のボディが博識な知識を披露した。そして俺に視界には、再び「DBI」
「はぁ、またですか……、ダルトン兄弟ね……」
「ダルトン兄弟?」
俺が質問すると、顔色が戻りきっていないカイルが、自分の口臭を気にしながら答えた。
「なんだよ?お前の産みの親じゃねぇかよ、ダルトンjr」
ダルトン兄弟。DBIは確かダルトンブラザーズインダストリーズの略。それはこのダルトン兄弟が創業した会社なのだ。
ということはおそらくそのうちのどちらかがあのいけスカない男なのだろう。多分弟だろうな。弟というのは、いつも兄貴よりも優秀に育つと相場が決まっている。なぜなら、すぐ近くに、同じ環境下で同じくらいの歳の反面教師がいるからだ。
俺もそんな悩める兄貴の一人だ。弟は今頃東大にでも行って、官僚にでもなっているのだろう。まぁ正しくは慶応大学なのに、就職せずに好きなバイトの社員候補になったみたいだが、それでも周りの評価は出来損ないの兄貴よりは全然ましなようだ。
まぁ今はそんなことはどうだっていい。その出来損ないが、今や警察官の助手として立派に捜査をこなしているのだから。
すっかり顔色が元に戻ったカイルは、あの小さな家を一瞥すると、大きなため息をついた。
「とりあえず、ちゃちゃっと聞き取りして、署に戻らないと、近々大きな仕事が待ってるからな」
そう言うと彼は、シートベルトを外し、沈み込んだシートから勢いよく外へとでた。
ちゃちゃっととは一体どう言うことなのだろうか?まぁどちらにせよ聞き込みをすることに変わりはない。俺も、パトカーから降りると、そのまま彼の斜め後ろをついていった。やっぱり先輩は立てなければね。
カイルは簡素な木造の戸口の前に立つと、インターホンを鳴らした。
家の中で、チャイムの音が鳴り響くのが聞こえると、奥の方から女性の声が聞こえてきた。
70代くらいの女性の声だ。
「留守みたいだ!いくぞ!」
一瞬自分の音声システムがまたバグを起こしたのかと思ったが、彼が回れ右をしてそのままパトカーの方へと向かう姿を見て、システムが正常に働いていることがわかった。
もちろん、俺は動くつもりはない。
「おい、早くいくぞ!どうせアンドロイドなんて年金の三分の一の金で買えるって……」
彼がそう小声で訴えていると、扉の奥から、ロックが解除される音が鳴り響いた。
「来てくれてよかったわ!あら!ハンターさんまで!わざわざ会いにきてくれたのね!ありがとうねぇ、私のために」
俺の視界には今扉を開けて現れた女性の情報が見えていた。
「ハンナ・ウィンターズ、73歳、逮捕歴なし、通報歴89件」
「89件?!」
俺は、制御システムの調子が悪いせいで、つい大きな驚きの声を漏らしてしまった。
「89件ってなんの話かしら?」
彼女は不思議そうな顔でこちらを眺めている。彼女には絶対悟られてはいけない。俺はカイルがなぜ、あそこまでの拒否反応を起こしていたのかなんとなくわかったような気がした。
まさか、この通報も嘘なのか?だが、確かにここの情報ではアンドロイドを所有している履歴がある。介護用の男性型アンドロイドのようだ。
「いえ、それよりいくつかお話ししたいことがあるのですがよろしいですか?」
俺はどんな理由だったとしても、たとえ有力な手がかりがつかめなかったとしても、彼女の話を聞いてみようと思った。
その様子を見てカイルも大きなため息をつきながら、こちらに戻ってきた。




