再起動の自由
俺の視界の大半を例の如く、大きな文字が支配している。
「再起動中……」
再起動ということは、俺は遅刻魔警察官、カイルの相棒としてまだ存在しているのだろうか?
「おい!大丈夫か?頼むから壊れたとか言わないでくれよ!また給料減るのはごめんだからな」
聞き覚えのある声が少しずつ聞こえてきた。
「システムが正常に再起動しました。オーバーロードプログラムを検知。今後正常にシステムを作動させるには、これらのプログラムを削除することを推奨します」
俺がまた勝手に話をしている。とはいえ、ひとまずカイル・ハンターの相棒として、再び目覚めることができたのは、幸運だったかもしれない。
「削除しますか?」
俺が彼に何かの決定権を渡した。このオーバーなんとかの削除は果たして必要なものなのだろうか?どちらにしても、俺は今何もすることができない。腕や足はもちろん、発話機能も乗っ取られている。つまり、今俺の運命は彼が握っていると言っても過言ではない。
「なんだ?そのオーバー何ちゃらって?」
どうやら、カイルもあまり理解していないようだった。彼は眉間に皺を織り込み、困惑した表情を浮かべながら、大きな独り言を話し始めた。
「それを消したら、治るのか?また捜査中に勝手に再起動なんかされたら、こっちはたまったもんじゃないぞ!」
だったらもう二度とその騒音を流さないでいただきたいものだ。
「削除しますか?」
俺は再び全く同じトーンで同じ言葉を喋った。
「わかった!わかったよ!削除したらいいんだろ!削除!削除だ!その代わり、今後絶対に途中で再起動なんか起こすんじゃないぞ!」
すると、俺の視界を別の文字が支配した。
「オーバーロードプログラムを削除、アクセス制限が解除されました」
この文字はつまり何を意味するのだろうか?響きは悪くないが?
文字が消えると、視界はパトカーの助手席に座っている風景を映し出している。
俺は試しに何か行動を起こしてみることにした。とは言っても、こんな狭い空間で、大きな動きをするわけにはいかない。となると、できることといえば、相棒の方に顔を向けることくらいだ。
俺は右を向いた。だが、映ったのは窓ガラスから見える警察署の駐車場だった。パトカーはほぼほぼ出払っており、我々を乗せているパトカー以外、見当たらない。
そうだった。運転席は左側だった。俺はすぐに左へ首を向けた。すると、カイルは小さく悲鳴を上げながら、まるで、呪われた人形でも見ているかのように、恐怖の表情が顔にへばりつけている。
彼はしばらく、そのまま俺の様子を窺っている。だが、こちらもなんて声をかけていいのかわからないまま、しばらく彼を見つめていた。
すると、どうやらその沈黙に耐えられなくなったのか、彼は恐る恐る唇を震わせはじめた。
「お前、大丈夫なのか?」
「ああ、ありがとう!おかげで頭がスッキリしたよ」
すると、彼はさらに恐怖の顔を深く刻み込んだ。
「何?俺もしかして、顔がぐちゃぐちゃになってたりするのか?」
「いや!君の顔は今まで通り気持ち悪いくらい綺麗に整ってるよ…」
彼の声がまだ震えている。いや、ちょっと待った!今の俺の言葉ってそのまま彼に伝わってるのか?
俺はまた彼に視線を送った。彼はパトカーの扉に体を貼り付け、すぐにでも逃げられるような準備をしている。
「ハロー?」
「ハロー…」
彼は引き攣った笑顔を浮かべて挨拶を返すと、すぐにパトカーから出ようと、扉のノブに手をかけた。
その瞬間俺はこのパトカーのシステム網にアクセスして、扉の鍵を閉めた。
彼がどんなに力一杯扉を押したり引いたりしても、外に出ることはできない。
「ごめんなさい!食べないで!確かに、僕はどうしようもない警官かもしれないけど、僕だって僕なりに頑張っているつもりですから!頼むから、命だけはお助けを!」
彼の命乞いは想像以上に滑稽に映っていた。額から汗を垂れ流し、顔色はだんだんと色素が薄くなっていく。
「大丈夫だって!カニバニズムの趣味はないから!」
俺は軽く彼を宥めると、偶然入ることのできたパトカーのシステム網を再び漁り始めた。
どうやらこの世界のパトカー全てがコンピュータによって制御されている。GPSによってどこにどのパトカーがいるのかもすぐにわかるし、誰が乗っているのかももちろん、やり方によっては全てのパトカーをコントロールすることも理論上は可能だ。
もちろん、そんなことをするつもりはない。俺は手始めにようやく、さきほど割り出したこの失踪事件の通報記録に紐づいた地図をパトカーシステムに読み込ませ、そのままこのパトカーのエンジンをかけた。
急に下から突き上げるようにとどろいたエンジン音にカイルは大きく飛び上がった。
「なぁ、ロボット君」
「デジタルニンジャ」
「なんて?」
彼は訝しげな表情でこちらを見ている。
「ロボット君はダサいから、デジタルニンジャって呼んでくれないかい?」
彼はさらに訝しげな表情をした。
「じゃあ、ミスター、デジタルニンジャ、トイレに行かせてくれないか?俺もう漏れそう」
「だったら、ここでどうぞ!」
俺はパトカーの機能を漁っている途中で、トイレモードを見つけた。
すると、運転席の椅子が下に沈み込んだ。どうやらその下の方で、そのまま用を足すことができるみたいだ。まぁ、俺は使わないからどんなふうになっているのかは想像したくはないが…
「ちょっと待て、僕もうこのパトカーに3、4年は乗ってるけど、こんな機能があるのは知らなかったぜ!」
どうやら彼はお気に召したようだ。そうなると、逆にちょっと気になってしまうかもしれない。
「では、相棒!早速、現場へ直行しようぜ!」
俺は意気込んでそう言うと、パトカーを全速力で走らせた。
「おい、運転はどうするんだよ!」
もちろん、俺の自動運転だ。俺たちを乗せたパトカーは、全速力で直近に通報があった、マーケット通り590に向かって疾走し始める。
俺自身、運転はゲームの中でしかしたことはなかったが、どうにかなるだろう。




