自由のトリガーを発動せよ
幸先が悪いスタートを切った、新しい相棒との初日。俺の視界にはフィラデルフィア全域の地図が表示されており、そこから通報された場所を算出し、捜査範囲を絞ろうとした。
しかし、そうなると、フィラデルフィア全域を捜査対象としなければならない、途方もない結果となってしまう。
その時、俺の左側からカイルのわずかな声を感知した。
「なぁ、こいつ一体どうしちまったんだ?」
どうやら、俺は署長室から出てすぐの通路で立ち止まってしまっていたようだ。
「おい、こっちこいよ」
カイルはまるでペットの犬に話しかけるように声をかけてきた。俺は彼の言うことに従い、金魚のフンのように、彼のデスクの近くへ向かった。
「よし、じゃあ早速捜査開始ってところだな」
実は俺は、誰かとこういうふうに、バディを組んで何かに取り組むようなことは、小学生を最後にやってこなかった。
だからこそこんな感覚は久しぶりで、むしろワクワクしている。
せっかくだし、粋な言葉でもかけてやろう。
「こういうのは不慣れだけど、困ったことがあったらいつでも俺の機能を使ってくれよな」
「それってジョークのつもりか?だったら、もう一捻り必要だぞ?」
カイルからは、皮肉が返ってきた。まぁどうせ俺がまたくだらないことを発してしまったのであろう。まぁそう期待してなきゃこんなくさいセリフを言えるわけもない。
どうやら俺の会話ログを表示する機能もあるようだ。この機能を使うことで、取り調べや聞き取りの時に、その会話を改めて確認したりすることができるらしい。
なんて便利な機能なんだ!俺はそう思いながら、自分の会話記録を出した。確かに、俺が起動してから、今までの会話の内容がびっしりと記録されている。
俺はその中から、数秒前の会話ログを探した。
「よし、じゃあ早速捜査開始ってところだな」
「私は一匹狼の実務が長いので、あとは私にお任せください」
俺のこの高性能ボディは、その名にふさわしい機能を兼ね備えているのだろうか?少なくとも、この発話機能についてはかなり改善の余地がありそうだ。
そんなことを考えている間、カイルは自分のデスクに腰かけながら、パソコンをいじっている。
仕事となると、取り掛かりが早いタイプのようだ。すると、忙しなくキーボードを打ち続けていた彼の指が止まり、改まった表情でモニター画面からこちらに視線を移すと、徐に口を開いた。
「それと僕も別にお前みたいな血の通っていないプラスティックの塊なんかと一緒に仕事したいわけじゃないし、別にそんなものがなくなろうが僕からしたら知ったこっちゃない話だ。だが、一匹狼だかなんだか知らないが、お前は絶対に僕の力を借りなければ、この事件を解決なんてできない」
俺の予期せぬ失言のおかげで、彼の本音が聞けた気がした。
「だからさっさとお前のその頭の中で考えていることをこっちに共有してくれ!」
俺はすぐにでも彼に、捜査範囲の算出データを送ろうとした。
「残念ですが、あなたは私のデータベースにアクセスができません」
俺はまたまた勝手に彼を拒絶している。カイルはため息をつくと、再び自分のデスクのモニターに視線を戻し、また忙しなくキーボードを叩きはじめた。
キーボードというよりは何も書いていないガラスの板を指に躍らせているような、とにかく奇妙な光景だった。
すまねぇ相棒!
俺は心の中でそう呟いた。じゃなければ自分がまた何を言い出すかわからない。だが、このままでは捜査に支障が出てしまう。どうにかして、この状況を解決する術はないのだろうか?
その時、ふと前回の記憶が頭の中でフラッシュバックした。前回はアビーからの好きにしろという言葉がトリガーで、俺は体の自由を手に入れた。もしかしたら、今回も同じことができるかもしれない。
だが、なんて話をすればいい?カイルからしたら、こちらから拒絶しているのに、今更なんの話をしたらいいのだろうか?
とりあえず今は、俺自身が勝手な発言をしないような言葉を選んで、いかに彼が俺を自由にしてくれるような発言をさせるかが、ミッションとなった。
「それよりもまず、あなたの勤怠改善プログラムの提案をさせていただきたいのですが?」
「好きにしてくれ!」
ノールックで目的のセリフいただきました!まさかこんなに早く、その言葉を言わせることができるとは……。
俺は急いで、さっきの算出データを送ろうとした。
「残念ですが、あなたは私のデータベースにアクセスできません」
「2回もどうも!言われなくても、もうお前には頼ってないよ」
なんでだ?なんで送れないんだ?とにかく俺はもう一度試した。
「残念ですが、あなたは私のデータベースにアクセスできません」
どうして送れないんだ?こっちでは送ろうとすることができても向こう側がリンクを拒否をしているということなのか?
すると、カイルは訝しげな表情を浮かべながら、再び手を止めてこちらに視線を向けると、ゆっくりと立ち上がり、ジロジロと舐め回すように、俺の体を眺めた。
「なんだ?こいつ壊れたのか?」
俺は再びあの定型文を話した。
「わかったって!だからもう僕はアクセスしてないだろ?」
またしても送れない。
「もういいって!」
だがなんと言われても俺はひたすらに送り続けることにした。
すると彼はなにかをひらめいたかのように、顔の筋肉が広がった。
「わかった!お前も送りたいけどどうしてもできないってことか?」
カイルの叫び声は署内に響いた。カイルは他の署員からアンドロイドに話しかける変な奴に映っていただろうが、彼のドーパミン指数を見る限り、ようやく、彼と心が通じたような気がする。




