相棒は遅刻魔のマルチタスカー
部屋に飛び込んできた男は、息を切らしながら、よろよろとこちらに近づいてきた。
朝起きてそのまま出てきたかのように、髪の毛はボサボサで、制服はところどころボタンが閉まっていたり途中と半端な状態で、前チャックは全開だった。
これでは警察官の品位が損なわれてしまうのではないかと思うほど、彼は引きこもりの俺からしても、かなりヤバい人物に見えた。
少なくとも警察官なのかも疑うレベルだ。
「おはようございます。カイル・ハンターさん。あなたは現在、7分47秒遅刻されており、今日で1325日連続記録を更新しました」
「こいつなんですか?なんで僕のそんなことまで知ってるんです?」
なぜなら、今俺の頭の中に君の全ての情報が流れ込んできたからだよ。ただ、なぜか言葉は丁寧に修正されている。実際には『遅いぞぼけ』としか言っていなかった。
「知らん、だがこいつの言う通り、お前今日で何度目の遅刻だと思っているんだ?」
「えーっと……1325日目?」
カイルがおどけた表情で答えると、署長は大きなため息をついた。
「つまり、君は今日で出勤して1355日ということだな」
おい!まじか!よくこいつクビにならないなぁ……。俺は一気にこの遅刻魔に興味が湧いてきた。
「お前もうかれこれ4年目だぞ。もうすでにお前の後輩がお前より昇進している例だってあるんだぞ?」
「すいません。とは言っても、こればっかりはどうしようもなくて……」
こいつは普段、一体何をしているのだろうか?筋トレか?だが、残念ながら彼の身体データを見る限り、筋トレを真面目にしている人間の筋肉量ではなかった。かといって別に太っているわけではないが……。
ということは、賢いタイプなのか?いや、さっきからの署長との会話を聞いている限りそんなに賢いようには見えない。
だが、その偏見は間違っているとすぐに思い知らされた。
俺の視界には彼の脳波データが映っている。それによると彼の脳波は、特別なにか活動をしていないのにもかかわらず、忙しいマルチタスクを三つもこなしている人と同じ波形を描いていた。
つまり何もしていないのに、脳が勝手に何かを考えている状態ということだ。
それは夜寝付けるわけもなく、それが遅刻の原因なのかもしれない。まぁそれ以外にも理由はあるだろうが。
「それで、こいつはなんなんですか?」
そう言いながら、彼は親指で俺を指差している。
「それは君の新しいパートナーだ」
「新しいパートナーってこのロボットが?」
「正式にはアンドロイドと呼ばれる、人間の姿や形、動作を模して作られておりまして、私は今回、アンドロイド失踪事件の早期解決を目的として、ダルトンブラザーズインダストリーズより派遣されました」
「ですってさ」
何も考えなくても俺は勝手に自己紹介をしている。なんだかだんだんと俺自身がアンドロイドになってきているのではないかと、少し恐怖を覚えた。
「ちょっと待ってください、それはないですって!」
急にカイルが不服そうな声を上げた。一体何が不満なのだろうか?
「確かに、僕は時間通りに出社したことはありませんよ。でも僕のおかげで解決した事件だっていくらでもあるじゃないですか?」
確かによく見ると、彼が在籍している4年間での事件の解決数はかなりのものだった。しかも、それを未然に防いでいる事件の数も合わせたら数えきれ……632件だ。
「ああ、だがその遅刻癖が一番のネックなんだよ。今日は確かに10分以内に出社した。だが、この前は2時間の遅刻だ!そのまたひどい時は5時間だぞ?」
それってもはや、出社してから何をするのか気になる。すると、一瞬沈黙が流れる。
「……失礼ですが、もしかして、それだけの理由で僕はこのロボットと一緒にロボット探しをしろって言っているんですか?」
「ああ、なぜか知らないが、この事件は日に日に件数が上がっている。下手すればいずれ大きな事件に発展するかもしれん。それに、相棒がアンドロイドだったら、お前がどれほど遅刻をしたところで、誰も怒らないだろうからな」
そう言いながら、署長はまた電子葉巻を吸い始めていた。この時代の電子葉巻は嫌な匂いがこちらに来なかった。
いやもしかしたら、さすがの高性能アンドロイドでも、臭いまでは感知できないのかもしれない。
すると、カイルがジトっとした目でこちらを見ている。
「いや、今までの連中よりも、こいつの方がなんか文句言ってきそうだけど」
「捜査に支障が出る場合は、こちらも解決策を講じさせていただく場合がございますので、あらかじめご了承ください」
また、こいつが勝手に喋っている。高性能すぎて俺は、ただこの世界を俯瞰しているだけに思えてきた。
「それはそれで、ありがたいではないか。まさか、とうとうお前もプラスティックの塊に説教されるまで落ちぶれるとはな」
署長が嫌味を言うと、カイルが暗い表情を浮かべた。確かに、その皮肉は的を得ていると思う。だが、ここはこれから彼と共に、なんだかよくわからない行方不明事件を解決するのだ。
ここは、少し署長にユーモアの犠牲になってもらおう。
「それでは私は先に、電子葉巻でも吸いながら、データベースから捜査範囲の算出を行います」
あれ?俺はまた自分の意思に反することを話し始めた。やばい、このままではうまくいくものもうまくいかない。
案の定、カイルは俺に対して、冷ややかな視線を向けている。
「ほらロボットに人間が遅れをとるなよ」
署長も嫌味を言われた自覚はあるようだ。そう言い放つと、この時代には珍しい百科事典くらいの分厚い紙のファイルをどっさりと机の上に置いた。




