第74飯 「Aランク、返上するか?」
前半は篝視点(三人称限定)、後半は蓮視点です。
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本杢の埠頭。
倉庫が並ぶだだっ広い一帯を、青緑の影が埋め尽くしていた。サハギンとサハギン・チーフ。海から上がってきた連中が、コンテナの隙間にまでひしめき合っている。
その真ん中で、Aランクが二人、睨み合っていた。
「諸星! おめぇさっきからピカピカうるせぇんだよ。もっと光量抑えろ!」
「はぁ? だれの頭がツルピカハゲやねん! いてもうたるぞ、酔っぱらい!」
「誰がだ! 俺は飲んでねぇ!」
「このまえ酔っぱらって蓮くんにからんどったの、だれやろうな~」
「うるせぇ! しれっと俺の配信見てんじゃねぇ!」
「あんたのちゃうし~。蓮くんのやし~」
赤い髪の男、鬼頭炎児が額に青筋を立てる。派手なシャツにサングラスの男、諸星武尊が鼻で笑う。
「なめた口きいてんじゃねえぞ、デコッパチ野郎!」
「カッチ~ン。あったまきたで、この絡み酒。ちょっと配信で人気出たからってあんま調子のんなや!」
篝宗介は、二人の背中を眺めて深いため息をついた。
誰かこいつら止めてくれ。
さっきからずっとこの調子だ。喧嘩ばかりで、モンスターをろくに倒してねぇ。
誰だ、ここにこいつらを配置しやがったのは。責任者出てこい。
篝は五十二歳になる。白い調理着の袖をまくった前腕には、古い火傷の痕がいくつも並んでいる。本業は銀坐の天ぷら屋の主人で、探索者のほうが副業だ。今日も仕込みの途中で呼び出されて、着替える暇もなく飛んできた。
それが、なんでこの二人のお守りなんだ。
鬼頭と諸星は探索者登録の同期で、顔を合わせればこれだと聞いてはいた。聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。
「おい、おめぇら……いいかげんにしやがれ」
低い声が出た。
二人の口が止まる。
「おめぇらがそんな調子だから、モンスター共がこっちに溜まってきてるじゃねぇか」
ゴゴゴゴゴ、と篝の背後で何かが鳴りそうな気配がした。
「見ろ。おめぇらのパーティのほうがよっぽど働いてるぜ。Aランク、返上するか? あぁん?」
「ヒェッ」
「す、すんません」
鬼頭と諸星が同時に頭を下げた。
篝は鼻を鳴らした。国内二十一人のAランクには、口に出されない序列がある。その一番上に誰がいるか、この二人もよく知っている。
◇
「おい」
篝が顎で海のほうを示した。
岸壁の向こうから、三つの影が上がってくるところだった。
サハギン・チーフより二回りでかい。手には三叉の槍。そいつらが槍を振るうと、周りのサハギンが波のように隊列を組み直した。
サハギン・ロード。チーフをさらに強くした指揮個体だ。
「ちょっと強そうなのが出てきたぞ。三体。ちょうど一人一体だ。おめぇら、やれるか?」
「全然いけますよ! 諸星、見てろよ!」
鬼頭が童子切安綱を抜いた。刀身から赤い魔力が噴き上がる。
「帝釈焱天!」
巨大な火球が群れへ突っ込んだ。じゅわぁぁぁ、と派手な音を立てて、チーフ一体と周りのサハギン五体がまとめて蒸発する。
ロードは、槍を盾にして炎を受け流していた。体表の水が泡立っただけで、すぐに元に戻る。
「あほか。水に炎がどんだけ効くねん。お前こそ見てろや!」
諸星がクラウ・ソラスを天に突き上げた。刀身が白く燃えるように光る。
「ルミナスレイン!」
ロードの周りに、無数の光の剣が降り注いだ。近づいてきたサハギンを次々に貫いていく。だが、ロードの前には周りのサハギンが壁になって立ちはだかった。光の剣はその壁で止まった。
「お前のも大して倒せてねぇよ。似たようなもんだろ」
「うっさいわボケ」
またこいつら喧嘩を始めやがった。
仕方ねぇ。こいつらが働かねぇなら、俺がやるしかねぇ。
篝は魔剣レーヴァテインを抜いた。炎の魔剣でありながら、刀身から火は出ない。そのまま切っ先を地面に突き立てる。
「サーモ・フィールド」
何も起きないように見えた。
炎も光もない。ただ、篝の正面、半径十メートルほどの空気が陽炎のように揺らいだ。
範囲の内側で、熱だけが跳ね上がっていく。足元から見えない灼熱の対流が湧き、サハギンたちの水の体を内側から煮立たせた。
一体、また一体と、音もなく白い湯気になって消える。数秒で三十体以上がいなくなった。
範囲の中にいたロードが、ぐらりと膝をつく。だが、すぐに槍を振るって範囲の外へ跳び退いた。外で待っていたサハギンが、その穴をすぐに埋める。
「やべぇ、ぱねぇ……。やっぱ篝さんは最強の炎熱系魔剣使いっすよ……」
鬼頭が目を見張っている。
「ありがとよ」
篝は剣を引き抜いた。
この技は狙った範囲を、狙った温度で焼く。範囲の中なら外さない。そのかわり狭い。三十ずつ焼いてたら、夜が明けちまう。
「でもな、最近新しい炎の魔剣使いが出たの知ってるか? ほら、話題の短剣ニキっつったか」
「知ってますよ。あいつ、俺と同じ童子切安綱持ってるんすよ」
「篝さん! 俺、蓮くんとマブっすよ、マブ!」
「お? そうなのか。今日の昼間、仕込みの合間にそいつの配信見てたんだがな。なかなかいい筋してたぜ」
「あいつにめっちゃ飯たかられて、さんざんな目にあったんすよ」
「お前が酔っぱらってたやつな!」
「俺も見たわ、それ」
「「あんたら、はたらけ!」」
鋭い声が二つ、同時に飛んできた。
鬼頭のパーティの僧侶と、諸星のパーティの僧侶だった。二人とも、杖を構えたままこっちを睨んでいる。
「……はい」
三人の声がそろった。
◇
篝は前を見て、言葉を失った。
「おい、待て。こいつら、どんだけ出てくるんだ……」
海から、まだ上がってくる。
ロードが槍を振るうたびに、新しい群れが隊列に加わる。ざっと数えて、チーフが五十体。通常のサハギンが二百体以上。
「やべぇな」
ロードが三方向から槍を向けた。それを合図に、群れが一斉に押し寄せてくる。
水の槍が飛ぶ。鬼頭が炎で弾き、諸星がフラッシュで目を潰し、篝が範囲に入った端から焼く。それでも数が減らない。
じわり、じわりと押し込まれる。気づけば三人のパーティは、倉庫の壁際まで追い詰められていた。
これだけの数を前にして、Aランク三人に有効打がない。
篝は奥歯を噛んだ。
◇
本杢の上空に出た瞬間、俺は思わず声を漏らした。
「多いな……」
桜樹町で手間取った。残り時間を確認する。ワープはあと十分。
眼下の埠頭を、青緑の影が埋め尽くしている。東神那川ほどではないが、相当な数だ。
その端、倉庫の壁際に、見知った赤い髪が見えた。隣で白く光っている剣もある。
鬼頭さんと諸星さんだ。もう一人、白い調理着の男がいる。三人とそのパーティが、壁際まで押し込まれていた。
ちまちまとライトニングを撃っていたら、十分ではとても足りない。
まとめて片付けるしかない。
ただ、濡れた地面に雷を落とせば、壁際の三人まで感電する。
「鬼頭さん! 全員、動かないでください!」
「あぁ!? 狭間か!?」
ロック。三人とそのパーティの足元の空間を固定し、まとめて三メートルほど持ち上げる。
「うおっ!?」
「なんやなんや、浮いとる!」
これで地面とは繋がっていない。
ヤールングレイプルの籠手に魔力を流し込む。最大出力だ。籠手の継ぎ目から紫の火花が散り、指先がじりじりと痺れ始めた。
溜めた魔力を、空へ放り上げた。
「ライトニング・ノヴァ!」
夜空が真っ白に裂けた。
落ちた雷が、埠頭の真ん中で弾ける。濡れたアスファルトを、海水を、サハギンの体を伝って、光が一瞬で埠頭の端まで這っていった。
轟音が倉庫の壁を震わせる。
光が引いたとき、二百を超える群れは跡形もなく消えていた。
三体を除いて。
サハギン・ロードだ。三叉の槍を地面に突き立て、体の周りに分厚い水の膜を張って耐えている。膜の表面を、まだ青白い光がパチパチと走っていた。
さすがに指揮個体は硬いか。
ワープ。
一体目の背後、十メートルに出る。振り向くより先に、ライトニングを撃ち込んだ。水の膜ごと核が弾ける。
ワープ。
二体目。槍をこちらへ向けかけたところで、横から撃ち抜く。
ワープ。
三体目が、三叉の槍を構えて俺を探していた。悪いな、こっちだ。
ライトニング。
最後のロードが崩れ落ちて、ただの水たまりになった。
埠頭に、静けさが戻った。
ロックを解いて、三人を地面に下ろす。
◇
「……すさまじいな」
白い調理着の男が、ぽつりと言った。
「おい狭間ァ!」
鬼頭さんが詰め寄ってきた。
「それ俺の分だったろうが! 一人一体だったんだよ!」
「俺の分もや!」
「おめぇらの分なんざ、最初からねぇよ」
調理着の人が、二人の頭を順番にはたいた。
「篝だ。篝宗介。銀坐で天ぷら屋やってる」
「狭間蓮です」
銀坐の天ぷら屋。鬼頭さんが言っていた「とんでもねえ」店というのは、もしかしてこの人の店か。
『天ぷらじゃと! 食いたいのじゃ!』
「お、おう。今度うちの店に来い。とっておきのを食わせてやる」
『やったのじゃー!』
篝さんが、俺の顔をじっと見た。
「禰室の巨人王。あれは俺も昔焼いたんだ」
「え」
「今日の配信、見てたぜ。……いい火加減だったぜ」
ヨトゥンを倒したことのある人が、ここにいた。紅棺を見て、火加減を褒められた。なんだか妙にくすぐったい。
「おい狭間。お前、童子切安綱はどうしたよ」
鬼頭さんが割り込んできた。
「今回はこっちの方が効果ありそうなので、こっち使ってます」
金色の籠手を見せる。
「お前、何本魔剣持ってんだよ!」
「今日、四本目を手に入れました」
「なにぃ!」
鬼頭さんが固まった。その横から、諸星さんが身を乗り出してくる。
「蓮くん、蓮くん! 俺のこと覚えとる!?」
「諸星さんですよね。大佐華以来ですね」
「せやせや! 今度飯行こうなー!」
「はい、よろこんで」
『わしも行くぞ!』
腰の魔剣から声がした。
「うぉ、びっくりした。この前の嬢ちゃんか」
『かにが食べたい!』
「いいですね。かにに連れてってください」
「ええやんけ! かに極楽行こか!」
「お前、俺との飯はどうなった!」
「おめぇら、ほんっとに仕事しやがれ!」
篝さんの怒鳴り声が埠頭に響いた。俺まで一緒に怒られた気がする。
「すみません」
一つ咳払いをして、話を戻した。
「ここに来るまでにお代場、科川、大盛、羽多、東神那川、桜樹町と回ってきましたが、ここで最後みたいですね」
「そこまで回ってきたのか」
「ええ。途中で石動さんと真砂さんにも会いました」
「千代ばあさんにも会ったのか」
「すごい人ですね。あの数を盾だけで止めていました」
篝さんが、ふっと口の端を上げた。
「あのばあさんは別格よ」
◇
耳のインカムに手を当てる。
「こちら狭間。沿岸のモンスターは掃討完了です」
ギルドから了解の声が返ってきた。これで、ひとまず——。
「待って」
鬼頭さんのパーティの盗賊さんが、顔を上げた。
「何か、いる。……でかい。すごく、でかいのが」
その目は北を向いていた。お代場の方角だ。
全員がそちらを見た。
夜の海の向こう。街の灯りを背にして、海面がゆっくりと盛り上がっていく。波ではない。海そのものが、山のように持ち上がっていた。
「あれは……なんだ……」
篝さんの声が掠れた。
まずい。お代場には、まだ桃瀬さんたちがいるかもしれない。
「俺、あっちに向かいます」
返事は待たなかった。
ワープの残り時間は、五分。
間に合え。
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諸星の分は第50飯を参照してください。
◇ 篝宗介
年齢:52歳
身長:178cm
ランク:Aランク(序列は暗黙の一位)
魔剣:レーヴァテイン(炎)
本業:銀坐の天ぷら屋の主人。探索者のほうが副業
外見:白い調理着。前腕に古い火傷の痕が並んでいる
性格:普段は寡黙。キレると口が悪くなる。火加減の話になると長い。
戦闘:炎を大きく出さず、狙った範囲だけを狙った温度で焼く。威力は高いが範囲が狭く、大群には向かない。派手さはゼロ。
口癖:「火ってのはな、強けりゃいいってもんじゃねぇ」




