第73飯 「新しい時代が来たのかね」
今回の話も三人称視点です。
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羽多の上空。
蓮は眼下を見渡した。
科川、大盛、羽多。湾岸の主要な三地点は片付けた。だが、海から上がってきたサハギンはそれだけではなかった。
運河沿いの倉庫街。埠頭のコンテナヤード。滑走路脇の護岸。
大きな群れからはぐれた連中が、十体、二十体の塊になってあちこちに散らばっている。
放っておけばまた集まり、街へ向かって人を襲いだす。
「倒してくか」
瞬光はすでに発動している。
思考が加速する。散らばった群れの位置が一枚の地図のように頭の中で繋がり、最短の順路が見えた。
ワープ。
倉庫街の屋根の上。運河から這い上がろうとしていた群れに、ライトニングを落とす。核が弾ける。
ワープ。
コンテナの谷間。逃げ込んでいた七体。ライトニング。
ワープ。
護岸の上。槍を構えた先頭のサハギン・チーフごと、まとめて撃ち抜く。
ワープ。ライトニング。ワープ。ライトニング。
最後の群れが海面で白く砕けたところで、蓮は動きを止めた。
周囲を見回す。動く影はない。
掃討にかかったのは二分。ワープの残り時間は二十四分だ。
「次は……東神那川か」
蓮は南西の海岸線へ目を向けた。
◇
東神那川の防衛線。
日本に登録されている五人のSランク探索者の一人、石動千代はお腹がすいてきていた。
「次はおかかでも食べようかね……」
千代は持ってきた鞄からおにぎりを取り出す。鞄の中には、ラッピングされたおにぎりがぎっしり詰まっていた。
「千代ばあさん、おれにもおにぎりくれよ」
国内に二十一人しかいないAランク探索者の一人で、この防衛線を共に守る真砂陣がねだる。
「やるもんかい。あんたはまだまだ大丈夫だろう。若いんだから」
「相変わらず厳しいな……」
「地と砂は相性がいいんだわ。あんたにはもっと鍛える余地がある。キリキリ働きなさい」
千代はおかかのおにぎりを一口かじった。体から微かな光が走り、魔力が補充される。
「ああ、いいなあ。そういう体がほしいよ」
「こればっかりは生まれつきだわね。嘆いても仕方ない」
おかかを平らげると、千代は次のおにぎりを取り出した。今度は梅だ。
「ところで真砂、あんたはこのチーム何度目だ」
「そうだな……数えるのもめんどうなくらいだ」
「だから甘えが出るんだ。何度も組んでるからって、気を抜くな」
二人の前は、サハギンとサハギン・チーフの青緑の影で埋め尽くされていた。推定五百体以上。なおも増えている。だが、その槍は二人に届かない。
半透明の盾が何十枚も横一列に並び、左右へと長く続いている。盾魔法アイギス・ペタルだ。
この盾を生み出しているのが、御年八十八歳の千代が持つ盾の魔剣アイギスだ。全世界で見ても希少な防御魔法である。ちなみに地属性に分類される。
ただし、生み出す盾は物理的な質量を持つ。そのため保持者には大量の魔力が必要とされた。
鞄に詰まったおにぎりは、千代の魔力の弾丸だった。
この地域の住民は、すでに後方のギルドへ避難している。
真砂が、砂の魔剣シャムシール・エ・ゾモロドネガルを振るう。
「デザート・ダイブ!」
砂の斬撃が敵の前衛に叩きつけられる。砂は水を吸ってぬかるみになり、サハギンの足を鈍らせた。それが彼の役割だ。
さらに真砂は、その泥を固め直して盾の継ぎ目に詰めていく。土嚢だ。敵の槍が継ぎ目を突き抜けないようにしている。
「くっ、やっぱり相性が悪すぎるな……」
真砂は悪態をついた。
相手は水でできた体だ。水を含んだ砂は重くなるだけで、斬撃が通らない。体を散らしても核までは届かず、水の体はすぐに元へ戻ってしまう。
防衛線を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。
「千代ばあさん!」
「知ってるよ。どうもならんよ。これ以上は」
「あれを撃ったらどうだ。あれならこいつらを吹き飛ばせる」
「あれじゃだめだ。防衛線に穴があいてしまう」
アイギス・ブルームという技がある。無数の鋭い盾を撃ち出し、敵を引き裂く。それを使えば、この群れも一掃できるだろう。
ただし、ペタルとブルームは同時に使えない。ブルームを撃てばペタルが消え、防衛線に隙間ができる。そこから一体でも抜ければ、後ろのギルドまで届いてしまう。
何度も組んで派遣されてきた二人には、その怖さが身に染みている。
「やっぱそうか……増援を待つしかないか」
「そうだね……。貴方院のお嬢ちゃんさえいれば簡単なんだが」
さて、どうしたものか。千代はぼんやりと考えていた。
◇
「……これ、あなた方がやったんですか」
上空から声がした。
降りてきたのは一人の若い男、狭間蓮だった。腕には、雷の魔力を纏った金色の籠手をつけている。
千代はいつの間にか口に入れていた飴玉を転がしながら、男を見上げた。
「そりゃあ、私はSランクだからね」
真砂が顔を上げた。
「お、あんたは最近Aランクになった話題の……」
「狭間蓮だね。お疲れさん。よく来てくれた」
「はじめまして。狭間蓮です。お代場、科川、大盛、羽多のモンスターを殲滅してきました」
「……は? あの辺全部? この短時間で?」
真砂が目を丸くした。
「さすがは噂のAランクだね」
「どんな噂かは知りませんが」
「よく聞いてるよ。ニュースでね。私は石動千代。あそこのは真砂A」
「人を一般人Aみたいに紹介するな!」
真砂が叫んだ。
千代は蓮に向き直った。
「あんたの魔剣、雷かい?」
「はい」
「そうかいそうかい。待ってたよ、雷を」
千代がにんまりと笑う。
「雷の魔剣は希少でね。日本じゃあんたで二人目さ。一人目は貴方院のお嬢ちゃん。水には雷って相場が決まってんだよ」
蓮は群れを見渡した。
「八百はいますね。全部倒しちゃってかまいませんか?」
サハギンは増えていた。
「かまわんよ。真砂、どいとけ」
「本当にできるのか。大丈夫かよー」
ぼやきながら、真砂が盾際から千代の背後まで下がる。
蓮が籠手ヤールングレイプルに魔力を込め始めた。
籠手が熱を帯びる。金色の装甲の継ぎ目から、青白い火花がこぼれ始めた。
パチ、パチと空気が爆ぜる。
蓮の髪が、ふわりと逆立った。焦げたような匂いが、潮の香りに混じる。
「離れててください」
頭上の雲が渦を巻き始めた。
雲の内側で、紫電が瞬く。一度。二度。ゴロゴロと、低い唸りが腹に響いた。
サハギンたちが一斉に空を見上げた。
「いきます。ライトニング・ノヴァ!」
蓮が籠手を振り下ろす。
閃光が走った。
雲の底から、光の柱が叩きつけられる。
群れの中心。その一点に着弾した雷は、止まらなかった。
海水を伝う。濡れた体を伝う。
足元の水たまりを伝い、サハギンからサハギンへ、網の目のように枝分かれして広がっていく。
光が、群れの隅々までを一瞬で駆け抜けた。
八百を超える影が、同時に硬直する。
胸の奥で、核が次々と弾けた。パン、パンと乾いた音が連なり、一つの轟音になる。
水の体が沸き立つ。白い蒸気が噴き上がり、形を保てずに崩れ落ちていく。
遅れて、雷鳴が来た。
地面が震える。アイギス・ペタルの表面を残光が舐めるように走ったが、雷は盾に阻まれ、こちら側へは一筋も抜けてこなかった。
真砂は腕で顔を覆っていた。
千代は、目を細めただけだった。
蒸気が潮風に流されていく。
盾の向こうには、何も残っていなかった。
◇
「うっわーすっげぇな」
真砂が盾の隙間から向こうを覗き込む。
千代は飴玉を口の中で転がしながら、蓮を見た。
「やるもんだね」
「ここは大丈夫ですか?」
「ここまでしてくれれば十分よ。あとは真砂ががんばるわな」
「おれかよ!」
「じゃあ、別の地域を回ります」
言い終わるより早く、蓮の姿が消えた。宙に小さな火花がひとつ弾けて消える。
「うわっ消えた」
残されたのは、静まり返った海岸と、並んだままの盾だけだった。
千代は空を見上げた。
「新しい時代が来たのかね……」
呟きは、風にさらわれて消えた。
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◇ 石動千代
年齢:72歳
身長:148cm
ランク:Sランク(地)
二つ名:「城壁」
外見:割烹着の上から協会の腕章をつけている。腰は曲がっていない。手提げに常におにぎりを入れている
性格:持ち場は一歩も譲らない。頑固な性格。
地動を「弥勒ちゃん」と呼ぶ。「あの子、あたしより先に辞めちゃって」
真砂には厳しい。
魔剣:アイギス(盾型)
戦闘:壁を何枚でも、何時間でも立て続ける。倒すのは得意ではない
口癖:「はいはい、ここから先は通しませんよ」
◇ 真砂陣
年齢:35歳
ランク:Aランク(砂)
魔剣:砂の魔剣シャムシール・エ・ゾモロドネガル(長いのでシャム)
経歴:売れないホスト
外見:黒髪オールバック、黒のスラックスに白シャツ、黒のジャケット
性格:お調子者、ノリが軽いため話しやすく、なんでも調子にのって物事を進めようとしてよく失敗する。つっこみ気質。




