第72飯 「わるい、遅くなった」
今回の話は三人称視点です。
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お代場の上空。
蓮は海沿いの街を見やる。青緑の影で埋まっていた。夜間の眼で見ても、その密度は把握できた。敵の数は並ではない。
地上には光の半球が浮いている。
桃瀬聖の結界だ。白い光に無数の影が群がっていた。
◇
「ッ!」
桃瀬聖の唇から、かすかに音が漏れた。
フォースフィールドに魚もどき、サハギンの持つトライデント——三叉の槍——が何度も突き刺さる。
ガツッ。ガツッ。ガツッ。
全身の魔力を結界に注ぎ込み、耐えている。だが徐々に結界の維持ができなくなってきている。次に同じ力で突かれたら持たないかもしれない。
背中の方で学生の泣き声がする。制服の男が「大丈夫、大丈夫」と繰り返している。自身の後ろには守るべき人たちがいる。
梨路梨花と龍梅藍は斬り続けている。敵の弱点に当てないと効果が薄いことは判明している。
梨花と藍は攻撃範囲の広いスキルを使い可能な限り敵を倒す。しかしそれでも敵の数は減らない。
「敵が多すぎるんですわっ」
海からは次々と新しい個体が出てきていた。
柿山藤里のカマイタチは敵を散らすが、うまく核に当たらないとサハギンを消滅させられない。早々に範囲攻撃のできるトルネードに切り替えていた。
連発できる魔法ではない。二人の前衛の穴を埋めるようにタイミングを計っていた。
栗花落吟の短剣は核に届かない。そのため盗賊のスピードを生かして敵をかく乱し、可能な限り敵が密集しないようにしていた。
上位個体——サハギン・チーフ——が、ハルバードを高く掲げた。背中に生えたヒレが光る。それが他の個体たちへの指示だった。
サハギンたちの連携が始まった。
横にならんだ槍による集中した攻撃。
「まずい……」
ガツッ。ガツッ。ガツッ。
複数のトライデントが、同時に結界に突き刺さった。
フォースフィールドが揺らぐ。聖の膝がかすかに折れた。
「あ……」
フィールドの防御がすうっと薄くなる。
次の一撃が来たら。
死——。
◇
「あれだな」
突如、お代場中に空から雷が落ちてきた。
結界に取りついていたサハギンたちを、梨花や藍、吟が相手をしていたサハギンにも、いや周囲の敵すべてに複数の光線が貫いた。
雷属性のスキルは、水を主体とした体全体に通り、核に直撃する。すると黄色の光はそのまま水の体を焼いて、敵が一瞬で崩れていった。
蓮は空から降りてきた。腕に雷属性の証である稲妻の魔力がほとばしっている。
結界を背に降り立った蓮は、ほんの少しだけ聖のほうを振り返る。
「わるい、遅くなった」
その籠手から、雷の余波が消える。金色の籠手は聖たちの探索で手に入れたものだ。懐かしい装備の輝き。
梨花が呆然と剣を下ろす。藍も刀を鞘に納めるのを忘れて立ち尽くしていた。吟の目が瞬きもなく蓮を追っている。
「狭間様!」
聖は安堵の息を吐く。結界を解いた。
光の力場が消え、避難民たちがへたり込んだ。相馬——カモメレールの運転士——が学生たちを支えていた。その腕から血が流れていた。
聖が杖をかざすと光が傷に集まる。相馬の出血が止まった。
「桃瀬さん。お代場は倒した。周辺の掃討をしてくる。みんなを連れてすぐにギルドまで向かってくれ。避難所がある」
ギルドには避難所が設置されていた。
「かしこまりました。狭間様は?」
「数を減らしてくる。大丈夫。三十分で終わる」
『また今度飯じゃぞ!』
「はい、わかりました。ヴィヴィアン様もいってらっしゃい」
聖が頷いた。蓮は魔力を籠手に籠める。バシッという音が響き、金籠手に再び雷の魔力が宿る。
ヤールングレイプルの籠手から、雷が走った。
蓮の姿は、もうそこにはなかった。
◇
カモメレールに乗り合わせた学生、山口結衣はその光景に息を呑んだ。
友達の美咲とカラオケに行って遊んだ帰り、帰りにフルーツバスケットのロケがお代場でとの情報をネットで見た。
残念ながら美咲は用事があったので先に帰ったが、結衣は憧れの桃瀬聖をひとめ見るため、カモメレールに乗ってお代場に向かっていた。
けれどもそこで青緑のモンスターに襲われた。結衣はモンスターを見るのは初めてだった。怖い。運転手に連れられ逃げているうちに、なんとフルーツバスケットのパーティに助けられた。
けれども敵の数が多すぎた。素人の目で見てもわかる。これは無理だ。
聖の結界が消える——そう思った時に、一人の探索者が空からやってきた。
「短剣ニキ……」
テレビで何度も見た人。桃瀬聖と少し話したあと消えてしまった。
「もう大丈夫ですわ。ほら、あれを」
聖は指を空に向ける。
空から雷が落ちる。湾の向こうで。次々と。何度も。
距離は遠い。だが光が見えた。
ピカッ。ピカッ。ピカッ。
電光が敵の群れを貫く。敵が、消える。光が弾ける。敵が、消える。
波が白く砕ける。
何もかも一瞬で終わる。
「……あ」
結衣はつぶやいていた。
「あれが、探索者……」
◇
ワープで科川へ移動した瞬間、蓮は着地地点を確認した。
上空から見える敵の群れ。密度はお代場よりも濃い。ワープで移動しながら複数の敵を同時に倒すには——素早い判断が必要だ。
ならば。
脳に雷を走らす。
思考を加速させる。——雷属性魔法 瞬光。
ヤールングレイプルの籠手から電流が走り、神経を駆け抜ける。脳が焼けるような感覚。だが同時に、世界が遅く見える。
思考が、世界の速度を追い越す。
半径百メートルの空間が、一瞬で脳に映った。
複数の青い光の塊——核——の位置。敵との距離。着地点。攻撃のタイミング。判断。決定。
すべてが同時に見えた。
空中で雷が落ちた。——雷属性魔法 ライトニング。
複数の光線が、敵の群れを貫く。核に直撃した光。敵の体が一瞬で崩れる。
次の群れ。次の核を探査。
ワープ。着地、判断。
ライトニング。
群れと核を探査
ワープ。着地、判断。
ライトニング。
繰り返す。
——。
ロックを瞬時に展開。
海沿いに残りの群れを確認。ワープで上空に移動。
加速する思考。
探査。個体と核の位置を確認。
半径百メートルが脳に映る。三十体。核の位置。距離。方角。
捕捉。ライトニング。
雷が落ちた。
残存なし。
次の地点へ。大盛。
ワープを連続で使用。時速720キロ。シフトの倍以上は速い。
上空から上空へ、光景が変わる。海沿いの埋立地。貨物コンテナ。防波堤。その全てが青緑に染まっている。
敵の数。推定五十体。密度が高い。
捕捉。判断。
ライトニング。
雷の余波が、海中の敵まで巻き込んで消す。
桟橋の陰に生き残り。
ワープ。捕捉、ライトニング。一撃で消す。
もう一度。残りを確認。
視界を走らせる。
——ここまで三十秒。
最後の地点。羽多。
ワープで移動。上空から俯瞰。
川埼方面の海沿い。一番敵が多い地点だ。数は百体以上。
瞬光をさらに強化。加速。
ワープ——着地——捕捉——ライトニング——
繰り返す。
繰り返す。
光が瞬く。敵が消える。
波が白く砕ける。
片付く。
片付く。
◇
結衣は呆然と空を見ていた
「あれが、探索者……」
上空で光が瞬いている。
「綺麗……」
赤色の湾を、青白い光が何度も照らす。
ピカッ。敵が消える。
ピカッ。また敵が消える。
「狭間様、まったく遅いですわ……」
聖には、蓮がワープで移動しているのがおぼろげに見えた。
消えて、現れて、閃光がほとばしる。
もう距離は遠い。聞こえるのは雷鳴だけ。
でもその分だけ、モンスターが消える。
「凄い……」
吟が、呟いた。
梨花も藍もあまりの光景に動けなくなっていた。
自分たちが戦った相手を、蓮は——瞬く間に。
「これが、Aランク……」
藤里が震えた声を出した。
いや。
聖は思った。
これは、Aランクじゃない。
この強さは——。
◇
蓮は羽多の上空で立ち止まった。
下を見る。
敵はもういない。
ワープの使用時間を確認する。
お代場、科川、大盛、羽多、四つの地点で、使用時間はちょうど三分。
残り、二十七分。思ったより早く済んだ。
蓮は、八皇子の古館に連絡を入れる。
「古館さん。お代場、科川、大盛、羽多の敵は片付けました」
インカムから、ギルドの古館の声が聞こえた。
『各地点からの報告を受け取りました。科川、大盛、羽多、全てで敵が一掃されたようですね。ありがとうございます』
古館も事実を確認していた。
『狭間さん、電車の運転手が周辺の海から出てくるのを見たと。敵の発生源がお代場ダンジョンの可能性もありますね』
「わかりました。他の地域はどうでしょうか」
『川埼市で依然モンスター発生中とのことです。他の探索者も来ていますが……』
モンスターをまず減らす。蓮は判断する。
「そこに行きます」
インカムを切った。
ワープ、残り二十七分。




