第70飯 「はやく戻ってきて!」
「下僕! 早速ワープじゃ!」
ヴィヴィが俺の袖を引っぱる。石の椅子から飛び降りた勢いのまま、目がキラキラしている。
「ちょっと待て。ワープについて確認する」
「確認なぞいらん! 飛べばわかる!」
「わからないから確認するんだよ」
虚空に向かってステータスを唱える。目の前に、見慣れた画面が浮かんだ。
【空間魔法EX】
解放条件:
・魔力が一定値(10000)以上になる ――【解放済】
スキル【空間操作】を獲得
・力が一定値(10000)以上になる ――未解放
・器用さが一定値(10000)以上になる ――未解放
・素早さが一定値(10000)以上になる ――【解放済】
スキル【ワープ】を獲得
・抵抗力が一定値(10000)以上になる ――未解放
・丈夫さが一定値(10000)以上になる ――未解放
・知力が一定値(10000)以上になる ――未解放
「おお。本当に解放済になってる」
ちゃぶ台の向かいでヴィヴィに見せたときは、解放済みになっていたのは魔力の一行だけだった。それが二行になっている。
「探索者のステータスっすか?」
文珠川さんがドローンを抱えたまま、横から首を伸ばしてきた。
「ええ、ほら」
「見ていいっすか?」
「いいですよ、でも秘密にしててくださいね」
文珠川さんが画面に顔を寄せる。
「おお、ほんとだ……でも未解放が多いっすね」
「ワープは!」
「はいはい」
返事をして、【ワープ】の文字に指を触れる。概要が開いた。
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スキル【ワープ】
・ロックの広げられる半径範囲内にワープができる
・一回の使用制限三十分
・クールタイム一時間三十分
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「げっ」
「どうした? わしは腹が減って待ちくたびれとる! 濃厚チーズのピザじゃ!」
「……あー、ヴィヴィさんや。それは諦めてくれ」
「下僕!? どういうことじゃ」
画面をヴィヴィの目の高さまで下ろして、一行目を指でなぞってやる。
「ワープはな、ロックの範囲内しか行けないんだ。今の俺じゃ止まっててせいぜい百メートルがいいとこだ。しかも三十分限定。それに再使用には一時間半かかる」
ヴィヴィが固まった。画面と俺の顔を、三往復ほど見比べる。
「なん……じゃと……! 話が違う! 遠くへ行けんではないか!」
プリプリと怒りだした。地団駄を踏むたびに、謁見の間の石床がぺたぺたと鳴る。
「現状ゲートがあるから大丈夫だろ。行きは時間がかかるけど、帰りはすぐだしな」
「違うのじゃ……」
ヴィヴィの勢いが急にしぼむ。
「わしはすぐにピザを……海鮮丼を食べたいのじゃあ……グスン」
赤い目にみるみる涙が溜まって、グスグスと鼻を鳴らしだした。若干かわいそうになってきた。
北海堂のピザだの福居の海鮮丼だの、さんざん焚きつけたのは俺だ。その責任はある。そうだなぁ、今度焼肉の食い放題にでも連れていくか。
「あー、すまんな、ヴィヴィ。期待させすぎた俺が悪かった。詫びに食い放題でも行くか?」
「いいのか下僕!」
涙が一瞬で引っこんだ。
「ピザがよい! マルゲリータと、マリナーラと、ペスカトーレと、オルトラーナと……」
「わかったわかった。イタリアンな」
焼肉のつもりだったんだが。
「うむ! 主人の機嫌をとる下僕は、よい下僕じゃ!」
文珠川さんがドローンの陰で肩を震わせていた。
◇
「さて、戻りましょっか」
九日の予定で入ったダンジョンだった。二日目で切り上げることになる。
「撮れるものは撮ったっす。持ち帰れる遺物も一生分あるっす」
文珠川さんがドローンを畳んでケースにしまった。
ヨトゥンの玉座の間に置いてきたゲートを削除し、代わりに城のエントランスの壁に一つ作った。ダンジョンの入口のゲートと繋ぐ。ここにはまた来ることになるな。
青い渦をくぐると、乾いた岩肌の洞窟に出た。ダンジョン側からは吹雪の音がする。
二十メートルほど歩いて鉄の門の外へ出る。入口のゲートはそこで消した。
門の脇の小屋で退場記録を書いて職員に声をかける。
「今日で終わりです」
「え……入場記録では九日となっていますが……」
「予定より早く片付いたので」
「……二日で、ですか」
職員はしばらく俺の顔を見ていたが、それ以上は何も聞かなかった。
小屋を出る。外の空気はダンジョンの中と比べればずいぶんやわらかかった。空が薄暗くなりかけている。
「今日はうまいものを食うのじゃ。イタリアンじゃ」
「おい、ヴィヴィ。今日とは言ってないぞ」
「なぜじゃ!」
「また今度——」
ポケットの中でスマホが震える。取り出して画面を見ると着信だった。
桃瀬聖。
珍しいな。フルーツバスケットからの連絡はいつも柿山さんからだ。
「はい、もしもし」
『狭間様!』
耳に飛びこんできた声がひどく割れていた。後ろでサイレンが鳴っている。誰かが叫んでいる。
『東卿で! ダンジョンスタンピードが発生しました!』
「え……?」
何をいわれたのか理解できなかった。
「スタンピード……? 桃瀬さん、今どこに——」
『狭間様! はやく戻ってきて!』
ぷつん。通話が切れた。
すぐにかけ直す。呼び出し音が鳴り続けるが、出ない。
「下僕?」
ヴィヴィが俺の顔を見上げていた。イタリアンの続きを言いかけた口が、そのまま閉じる。
もう一度スマホが震えた。今度は着信じゃない。緊急事態ブザーだ。ヴィヴィと文珠川さんの目が俺のスマホを見る。
「え……これって」
「なんじゃなんじゃ」
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【探索者協会】緊急招集
Aランク探索者各位
東卿都内にてダンジョンスタンピードが発生しました。
直ちに最寄りのギルドへ出頭してください。
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スタンピード。心臓が速い。——まずは状況の確認だ。
「文珠川さん、はやくギルドへ戻りましょう!」
「はいっす!」
◇
文珠川さんとヴィヴィと一緒にシフトで飛ぶ。十分もしないうちに禰室ギルドへ到着した。すぐに受付へ向かう。
「荒谷さん!」
「狭間さん! 戻られましたか!」
受付から荒谷さんが出てくる。
「東卿のこと、聞きました。状況は?」
「……私たちにも詳細な状況はわかっていません。ただ東卿湾から大量のモンスターが出現したとの話です」
「東卿湾……海からですか」
「はい、おそらく」
荒谷さんは渋い顔をして俺を見ている。
「狭間さん、どうされますか」
荒谷さんの言いたいことはわかる。ここで探索をつづけるのか、それとも帰るのか、だ。
「禰室ダンジョンでの仕事は終わりました。俺たちは東卿へ戻ります」
「……そうですか。わかりました、こっちで手続きは進めておきます」
文珠川さんとヴィヴィはニュースを見ている。映っているのは東卿のどこかだろう。避難指示のテロップが流れている。
『危険な場所にいる人は、全員速やかに最寄りの避難所へ移動してください』
『モンスターには決して近づかないようにしてください』
「荒谷さん、ありがとうございます。俺たちは準備を済ませて、すぐにゲートで東卿へ戻ります」
「わかりました。ご武運を」
荒谷さんは俺をしっかりと見て頷く。俺も荒谷さんへ頷き返した。
ギルドを出て宿泊ホテルへと向かう。本当は北海めぐみ食堂へもう一度行きたかったが、今回は時間がない。また今度だ。
「十分で部屋をまとめましょう。終わったらロビーで」
「了解っす!」
自分の部屋に駆けこんで、散らかした荷物を片っ端から鞄に詰めこむ。文珠川さんを待っている間、スマホで情報を集めた。
どこかの自宅で撮影されたのだろうか。遠くの建物が燃えている映像だ。
>東卿がやばい
>これ現場の映像?
>ビルが燃えてる
>短剣ニキどこ!?
奥歯を噛んだ。早く戻らないと。
「お待たせしましたっす」
文珠川さんが戻ってきた。二人分の荷物をまとめてインベントリに放りこむ。フロントでチェックアウトを済ませた。ゲートの設置についても許可を取った。
ロビーの奥、観葉植物の陰になった壁に両手をつく。空間が縦に歪んで、すぐに見えなくなった。
「八皇子の俺の家に繋がってます。急いでいきましょう」
「はいっす」
「腹が減ったのじゃー」
「あとでな」
ゲートにヴィヴィが先に飛びこみ、文珠川さんが続く。最後に俺が渦をくぐった。
◇
見慣れた天井だ。部屋の真ん中にちゃぶ台がある。窓の外はもう暗い。
「……ここが狭間様の部屋っすか」
俺は窓を開けて外を確認した。八皇子の周辺は静かだ。——でも遠くでサイレンが鳴っていた。一つではなく、重なり合って東のほうから響いてくる。
スマホを見る。桃瀬さんからの折り返しはまだない。
「文珠川さん。このまま一緒に八皇子ギルドまで来てください。一人でいるよりそのほうが安全です」
「わかったっす」
「ヴィヴィ」
「わかっておる」
ヴィヴィが黙って実体化を解いた。
まずは八皇子ギルドだ。




