第69飯 「この世界で生きろ」
「ヴィヴィ!」
アズールのことも忘れて祭壇に駆け寄る。一本だけになった黒い剣が、石の台座に突き立っていた。
柄を握って引き抜く。手に馴染んだ重さだった。黒い刀身に赤い筋、柄の目玉のような宝石。いつものヴィヴィアンだ。
だが少しだけ違うところがあった。
目玉の宝石の縁に小さな紋様が刻まれていた。円を描くような形。さっき謁見の間の壁で光ったものと同じだ。
「おい、ヴィヴィ。聞こえるか。返事しろ」
剣は黙っている。
「狭間様!」
文珠川さんが駆け寄ってきた。アズールに当てられていた刃は、いつの間にか首元から離れていた。アズールは剣を下げたまま、祭壇を見つめて立ち尽くしている。
「狭間様、大丈夫っすか! 今の光、なんすか! 剣が、二本あったのが……」
「わかりません。ヴィヴィが返事をしないんです」
「ヴィヴィアン様が……?」
二人で剣を覗き込んだ。
カタ、と刀身が震えた。
カタカタカタ、と手の中で剣が握っていられないほど震えた。思わず力を込める。
ボンっ。
「——ぷはーっ! よう寝たのじゃ!」
目の前にヴィヴィが立っていた。
金色の髪、赤い目、黒いフリルのワンピース。ちゃんとジャケットも着ている。両腕をぐいっと伸ばし、大きなあくびをひとつして、それからきょろきょろと周りを見回した。
「なんじゃ? どこじゃここは。わしは確か、でかい廊下を歩いておって……」
「……覚えてないのか」
「なにをじゃ」
「お前、ふらふら勝手に歩いていって、ここに来たんだぞ」
「知らん。腹が減ったのじゃ」
いつものヴィヴィだった。力が抜けて膝から崩れそうになった。
「ヴィヴィアン様……ご無事で……よかったっす……」
文珠川さんが両手で顔を覆っている。
ヴィヴィはそれに首をかしげてから、ふと部屋の入口のほうへ目を向けた。
剣を持った青い肌の女が立っていた。
ヴィヴィが、じっとアズールを見る。
「おぬしか。ここを守っておったのは」
アズールの肩が、びくりと跳ねた。
「右脚じゃな、ここにあった魔王剣は」
ヴィヴィが俺の手の中の剣をちらりと見た。
「このダンジョンに来た時から、ずっと呼ばれておった気がするのじゃ。ようやく静かになったわ」
アズールの顔から血の気が引いていくのが見えた。青い肌がさらに白くなる。
「……魔王剣が」
唇が震えている。
「私が……私の手で……」
アズールの目が、祭壇を見て、俺の手の剣を見て、ヴィヴィを見た。
「母さん……」
一歩、後ずさる。
「守っておったのじゃな。ここで」
ヴィヴィの声が、さっきまでと違った。
「もうよいのじゃ、おぬしたちは自由じゃ。好きに生きるが良い。好きなものを食え。この世界で生きろ」
「っ!?」
アズールが息を飲んだ。それから踵を返し、謁見の間を飛び出した。
「おい、待て!」
廊下に出た。
謁見の間の正面、採光のために他より大きく取られた窓が開いていた。吹雪が吹き込んで、床にうっすらと雪が積もり始めている。
窓枠に手をかけて外を覗いた。
白い吹雪が渦を巻いているだけで、外には誰の姿もない。どうやって逃げたのか不明だが、まるで風のように消えてしまった。
「……消えた?」
窓の外で風がごうごうと鳴っている。
追いかけようかと少し考えたがやめた。この吹雪の中では人ひとり見つけるのは至難の業だ。それに文珠川さんの無事を確かめるのが先だ。
窓を閉めて、謁見の間に戻る。
そこでふと気づいた。
この城に入ってからずっと感じていた、誰かに見られてる気配がなくなっていた。うなじのあたりがすっきりしている。
謁見の間では、ヴィヴィが石の椅子によじ登っていた。
「おい、そこはたぶん偉い人の椅子だ」
「わしも偉いのじゃ」
いつものヴィヴィの声だ。
「ヴィヴィ、さっきのは」
「なんじゃ」
「——いや、なんでもない」
文珠川さんは祭壇の前にしゃがみ込んで、何もなくなった台座をドローンで撮っている。さっきまで人質にされていたとは思えない切り替えの早さだった。
「文珠川さん、大丈夫でしたか?」
「はいっす、大丈夫っす」
「すみません……、危険な目に遭わせてしまって」
「いえ、いきなりっすからね。あんなのわからないっすよ」
気丈に振舞っているように見えるけれど、剣を突き付けられるなんてとても怖かったに違いない。本当に申し訳ないことをした。
「狭間様、あの人、なんだったんすかね……」
「幻氷のアズール、と。この城の人だと言っていました」
「魔族の人……っすよね。桜樹町の配信で見たのと同じ……」
「はい、おそらくそうです」
アズールの言ったことは本当なのだろうか。この城は魔族の物だったこと。そして魔王剣……。さっきのヴィヴィの言葉。
手の中の剣を見る。目玉の宝石の縁に刻まれた小さな紋章。
そのときだった。視界の端に見慣れた文字が浮かんだ。
―――――――――――――――――――――――
☆アンロック☆
素早さが一定値(10000)を超過しました。
条件を達成。スキル【ワープ】が解放されます。
―――――――――――――――――――――――
「……え」
素早さ。魔剣の本数じゃない条件でのアンロック。
思い出す。ダンジョンの底でヴィヴィを拾った日と同じ形式だった。あのときは魔力が一定値を超えて、空間操作が使えるようになった。
「下僕? またボーッとしておるぞ」
「……きた。アンロックだ」
ヴィヴィが椅子から転げ落ちるように飛び降りた。
「なにぃ!? 今度はなんじゃ! 何が出た! 言え!」
「……ワープ」
ヴィヴィの動きが止まった。
「今、なんと言うた」
「ワープだ。スキル、ワープが解放されたって」
「——ワープじゃとぉぉぉぉ!!」
謁見の間にヴィヴィの絶叫が響き渡った。
「ワープ! ワープじゃ! 下僕、ワープじゃぞ! ついに来たのじゃ!」
俺の腕を掴んで、ぶんぶん振り回してくる。
「言うたであろう! 次は何かあると! わしはずっと待っておったのじゃ!」
「言ったのは俺だ」
「細かいことはよい! ステーキ百人前は勘弁してやるのじゃ! 代わりにワープでステーキを食いに行くのじゃ!」
文珠川さんが、ドローンを浮かべたままぽかんと口を開けている。
「わ、ワープ……? 今、ワープって言ったっすか……?」
「はい、そうです」
俺は自分の手のひらを見た。
ヴィヴィはワープ、ワープと小躍りしながら笑顔で走り回っている。
「なぁヴィヴィ。右脚の魔王剣と……合体した、ってことか」
「わからぬ! そういう感覚があるだけじゃ!」
相変わらずの回答だった。
なぜここに魔族がにいたのか、なぜ魔王剣があったのか、わからないことは多い。
ただ一つ、確かなことがある。
新しい力が手に入った。
=========================
文珠川「ピタ〇〇ス〇ッチみたいっすね!」
蓮「やめてください」




