第63飯 「オサレポエム良かったぜ」
左手に魔王剣ヴィヴィアン、右手に童子切安綱を持ち、唱える。
『朱に染まる断罪の境』
『崩れゆく空の裂け目』
『鎖せ、四方の門』
ゴガンッ、ゴガンッ、ゴガンッ、ゴガンッ。
氷柱に囚われて身動きの取れないヨトゥンを囲むように、四方に黒色の空間を隔絶させた檻が落とされる。
『地を這う灼熱の亡者』
『天を焦がす煉獄の息吹』
『肉を焼き』
『骨を熔かせ』
童子切安綱が赤く輝く。黒い檻の内側、ヨトゥンの真上に、五つの焔火が並べられた。周囲の酸素を巻き込みながら、大量の炎が集約されていく。
ごうごうと渦を巻いて育つ、巨大な火球、帝釈焱天。まるで太陽のように、炎熱にさらされたすべてを焼き尽くさんとする。
『閉じよ、砕けよ、万象の逃路』
さらにヨトゥンの真上に空間断裂の壁面が出現する。四方を囲む黒檻に封をするように——上から蓋がなされた。
ゴゴゴゴ、ガギンッ!
『その身を劫火に捧げよ!!』
『紅棺!!』
シン……。
「ゴ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアァアッァァアッァァァァアァッァァッァァァァ!!!!!!」
ビリビリビリ!!!
大地を伝わるヨトゥンの壮絶な悲鳴が響き渡った。
黒色の檻は空間断裂を維持したもの。空間自体が途切れているため、帝釈焱天のふく射熱はこちらに届かない。
閉じ込められた熱は内側で温度を上げ続け、火力はさらに増大する。
「グルゥアアァアァァァァッァアァァァッァァッァァッァァ!!!」
ヨトゥンの叫びはまだ続く。ビリビリビリと壁が震動する。
ドシィン、ドシィン。——黒檻を殴っているようだ。けれども黒檻は内側と外側で隔絶されている。絶対に割れない。
魔力は途切れさせない。こいつは骨の髄まで焼き尽くす。
「ガァァァァアァァァァァァ……アァァァ……ァァ……ァ………………」
——ふぅ。ヨトゥンの声が消えた。奴が身動きしていないこと、完全な形が残っていないことを感覚的に確認できた。
断った空間を繋がらせないようにしておくのは、思っていた何倍もきつかった。ロックを張るのとは別種の疲れが、頭の芯に残る。
空間の断裂を維持する。これはある意味別の次元を作ることと同じだ。連発はできない。
——魔力を切る。
パキパキ……パキィィンッ!!
ヨトゥンを閉じ込めていた空間の断裂の黒檻が、ヒビ割れて霧散し、空気中に溶けるように消えていった。
中にいたはずの霜の巨人、氷の巨人王ヨトゥンは……骨すら残っていなかった。
◇
>…………
>…………
>え
>終わった?
>終わったのか?
>今のなに
>黒くて四角いのに閉じ込めて溶かした
>やってることが地味に鬼畜すぎる
>あれ恒温槽じゃね?
>オーブンで草
>ピザ窯だったわ
>巨人ボスを調理する男、短剣ニキ
食わねぇよ。
「……」
『……なぁ、下僕よ』
俺はディバイドで崩れた石橋の上に降り立つ。ヴィヴィが剣状態で話しかけてきた。
『下僕』
「なんだ」
『さっきの呪文はなんじゃ』
「…………」
『天を焦がす、とか言うておったぞ』
「言ってない」
『言うておった。わしは聞いた』
「聞いてない」
>言ってたよ
>バッチリ録画されてます
>「地を這う灼熱の亡者」です
>「天を焦がす煉獄の息吹」です
>切り抜き確定
>短剣ニキのオサレポエム良かったぜ
>タイトル『短剣ニキ、急に詠唱する』
>これ絶対あとで恥ずかしくなるやつ
「……配信、切りたい」
『下僕、あの漫画好きじゃなぁ』
かなりいじってくるな。くそぅ、調子乗りすぎた。
『呪文必要ないじゃろ? ん?』
「……いる」
石橋をシフトで飛び越えて玉座の間へ戻った。
広間は静かになっていた。氷柱の林が床一面に立ったまま残っている。
玉座に近づいた。氷を削り出した巨大な椅子だ。座面の高さだけで四メートル近い。シフトで浮いて上から覗き込んだ。
「なんだ? あれ」
財宝とかそれを納める宝箱はなかった。けれども、玉座の一番上、氷のような白い金属で籠のような入れ物の中に、何かが納められている。
触ったらしもやけになりそうだな。——切るか。
ディバイド。キンという音とともに、籠を止めている金具が全部落ちて、パカっと開いて中身が見えるようになった。
青白い、破片のようなもの。まるで地球儀を等分割したような形状。
『下僕、なんじゃそのケーキの切れ端みたいなものは』
「知らない。何か大事そうに置かれてた」
『うまいのか?』
「食うなよあきらかに食い物じゃない」
断面にはなにかしらの文様があり、明らかに途切れていることが分かる。これ一つでは役に立たなさそうだな。
なぜこれがこんなところにあるのかはわからないが、玉座という重要な場所で、一番取りにくい場所にあった。大切なものかもしれない。
>なになに?お宝?
>知らん、なんかの破片みたいな?
>つーか財宝とかないのかよ
>Sランクダンジョンしけてるなー
コメントからはえらい言われようだな。青い破片はとりあえずインベントリに入れておこう。文珠川さんなら、これが何かわかるかもしれないな。
——そうだ。呼び戻さないと。
壁に手をついてゲートを作る。空間が縦に歪んで、青白い渦が開く。十秒も経たずに、向こうから声がした。
「狭間様ぁぁぁ!」
飛び出してきた文珠川さんに、両手を握られた。
「見てたっす! 全部見てたっす! あの黒いやつなんすか! 空間断裂の維持っすよね!? 理論上は可能だと思ってたっすけど本当にできたっすね!」
「落ち着いてください」
「落ち着けないっす! 狭間様の空間魔法はマジで革命っすよ、かくめい! あんな使い方すること自体が天才っす!」
「あ、ありがとうございます」
「あれはな! わしが教えたんじゃ! つまりわしが一番すごいんじゃ!」
「マジっすか! ヴィヴィアン様は神っすね!」
ヴィヴィがいつの間にか実体化して、俺の背中で威張っていた。
「あと詠唱かっこよかったっす」
「その話はやめましょう」
>文珠川さんも言ってて草
>味方がいない
>全人類が聞いてた
やめてくれ、その話は俺に効く。
「では、みなさん。今日はここまでにします」
俺はドローンに向き直った。
「この先は依頼の内容に関わるので、ここから先は非公開です」
>出た
>また切る
>毎回これ
>毎回ボス倒すと切れる(切る)じゃん
>ここからが本番なんだろ知ってるぞ
>恒例行事
う~ん、なんか感づかれてそうな感じ。
「すみません。おやすみなさい」
配信を切った。
◇
ドローンを回収して、インベントリに収めた。
「文珠川さん、ちょっと降ります。一緒に行きましょう。ここじゃその方が安全です」
「魔剣っすね!」
「そうです。底は尖った氷があって危ないので離れないでくださいね」
「了解っす!」
シフトで縦穴へ戻った。
縁から下を覗く。紅棺の熱気はだいぶ薄れている。二十五メートル下には黒い岩の床が露出し、氷の溶けた水たまりが広がっていた。
文珠川さんとヴィヴィを伴ってゆっくりと底に降りる。ヨトゥンを黒く四角い檻に閉じ込めたので、その領域だけぽっかりと氷が溶けてなくなっていた。
ピチャ、ピチャ。
靴の裏が水に触れた。ほとんどの氷は水分になり、その水気も蒸発してしまった。
目当ての物はすぐに見つかった。
檻の中央、ヨトゥンがいた周辺に何かがある。
白い金属でできており、いたるところに氷の装飾が見られる。
周囲に冷気を放ち、自身が氷属性の権化であることを、そのまま形にしたようだった。
「これは……まじかよ」
魔剣ヨトゥンは剣ではなかった。




