第61飯 「下僕! 一本持って帰れ!」
「「ゴォガァァァァァァァッァァァアッァァ!!!!」」
二体の巨人が同時に手に持つ巨大こん棒で仕掛けてきた。白い霜のはった巨大な石塊が振り下ろされる。——が。
「ロック!」
ゴガンツッッ!
俺の張ったロックがこん棒を弾き飛ばした。巨人たちはたたらを踏み、こん棒と俺たちを交互に見る。簡単に殺せると思っていたのに、傷一つ付けることができなかったのが不思議らしい。
「ずいぶんのろまな奴らじゃ。下僕、うっとおしいから、はよやってしまえ」
ヴィヴィは俺の背中にのり、霜の巨人たちを指さしている。どうやらあの巨人たちをお気に召さないらしい。
「言われなくても!」
魔剣ヴィヴィアンを構えて横に薙ぐ。ディバイド。空間の断裂は硬さに関係なくそこにあるものを断つ。氷の鎧も分厚い体皮も関係ない。
「グ……」
「ガァ……」
ドシィン……。二体の巨人は、わずか十秒で終わった。巨人たちの上半身と下半身が別々に雪の上へ落ちた。
ふぅ、いきなりの巨人出現でかなり驚いて叫んでしまった。文珠川さんにみっともない真似を見せてしまったな。
というか山に到着した時点でモンスターとの遭遇を考えておかねばならなかった。見通しが甘かった、反省しよう。
>は?
>今なにした
>二体同時に切れてない?
>さっきまでの緊張返せ
>でけぇぇぇが十秒で終わった
>霜の巨人が紙だった
「あの、狭間様」
すぐ後ろにいた文珠川さんがこそっと俺に耳打ちする。
「魔剣をドロップさせるなら、炎属性っすよね」
——。
「……はい。童子切安綱で倒します」
忘れていた。完全に忘れていた。ギルドで暗記した入手条件だ。氷の魔剣ヨトゥンは、炎属性の攻撃で倒さなければ出現しない。
いま俺は、その条件を無視して二体まとめて真っ二つにしていた。
「多分こいつらはボスじゃないですね。雑魚モンスターじゃなければ落とさないので問題ないです」
「ですよねー」
問題はない。問題はないが、同じ調子でボスをやっていたら全部台無しだった。
『下僕。今、冷や汗をかいたじゃろう』
『かいてない』
『わしには分かるぞ』
『黙れ』
>今なんか会話してた?
>短剣ニキが目をそらした
>なんかやらかした顔してる
——本当に、反省しよう。
◇
倒した巨人の足跡をたどった。
雪の上に、深さ五十センチはある窪みが点々と続いている。十メートルもある巨体だ。歩幅が広いが、これだけ深ければ見失いようがない。
「下僕、こっちじゃな」
「ああ、これだけはっきりした足跡なら、吹雪でもそう簡単には消えない」
「狭間様、あっちにもあるっす」
俺たちは五メートルのドームを張りながら足跡を進む。歩いて五分ほどで、山肌に黒い口のような、大きな洞穴が開いているのが見えた。
高さは三十メートル近い。明らかに人間用の入口ではない。
「あそこですね」
「むちゃくちゃ大きいのじゃ」
「うわぁ、うちの大学の校舎くらいあるっすね……」
周囲に見張りの巨人はいない。今がチャンスだな。
「入りましょう。できるだけ音を立てずに進みます」
>でっかぁ
>すっげぇ……
>こんなん初めて見たわ
>ここに入るんか
>間違っても入りたくねぇ
中は外より明るかった。壁の氷が、どこからか入る光を拾って淡く光っている。幸い、吹雪もここまでは入ってきていない。
「風が止んだっす……」
「嬉しいかぎりです」
耳の奥が急に静かになった。この二日、風の音がずっと鳴っていたことに、今になって気づく。
そして、奥から足音がした。
一つではない。
結論から言うと、洞穴は巨人の住処だった。
広間のような空洞がいくつも連なっていて、そのどれにも巨人がいた。氷の柱にもたれて眠っているのもいれば、こちらに気づいて立ち上がるのもいる。
数えたが、途中でやめた。
「何体いるっすか」
「見える範囲で二十体は超えました」
「ど、どうするっすか!」
「押し通ります」
ディバイド。
一体。二体。三体。
こちらへ向かってくる順に、来た方から切っていく。氷の破片が転がって、足元で砕ける。
バーストによる衝撃で倒すのはやめておいた。こいつらは何せ大きい。はじけ飛んだ先で壁に激突し、洞穴が崩落したら大変だ。
ディバイドであればその場で巨体は沈む。
>作業してる
>完全に作業なのだが?
>だんだんと短剣ニキがこわくなってきた
>おれはいきなり出てくる巨人がこわい
>Sランクダンジョンだぞここ
>十メートルの巨人が雑草の扱いで草
>短剣ニキの日常風景
巨人たちを倒しながら奥に進む。ぬっと陰から出てくるやつや、真正面から襲い掛かってくるやつもいる。三十体目の巨人を倒したあたりで、ヴィヴィが背中から俺に声をかけた。
「下僕、これは食えるのか」
「たぶんだが、食えないな」
「なぜじゃ」
「よくみてみろ、ほとんど氷だ。きっと食えたもんじゃない」
さっき倒した巨人の、ディバイドで切れた断面を見せた。外は氷、中も氷だった。
霜の巨人には、骨も肉も内臓もない。全部が氷でできている。こいつらの動きが遅いのはこれが関係しているのかもしれない。
「焼けば食えるかのぅ……」
「……やめとけ、これより美味そうなものなんていくらでもある」
「つまらんの」
しかし不思議なもんだ。中身が氷なのにこいつらは歩いて、こちらを見て、腕を振り上げてくる。生き物ではないものが生き物のように動いている。
まぁダンジョンというのはそういう場所だ。考え始めると止まらなくなるので、考えないことにした。
文珠川さんはロックの膜の中で、ひたすら手帳に何か書いている。
「文珠川さん、怖くないんですか」
「怖いっす。でもこんな貴重な経験、記録しないと後悔するっす」
この人、だいぶ慣れてきたな。今は俺より肝が据わっていそうだ。
◇
いくつかの空洞を抜けたところで、足が止まった。
縦穴がある空間にでた。
「うわ……大きな穴っすよ」
「道がないですね」
「下僕、下を見るのじゃ。でっかい氷じゃ」
「下……?」
覗き込むと底が見えた。巨人二体くらいの深さに、青白い氷の床がある。そこから氷柱が無数に生えていた。一本一本が煙突くらいほどの太さで、先端が上を向いて鋭く尖っている。
落ちたら痛いでは済まない。
「あれだけ氷があれば、かき氷が食べ放題じゃな!」
「こんな寒いのにかき氷が欲しいのかよ」
「下僕! 一本持って帰れ!」
「あんなに大きい氷なんか入れたら、すぐにインベントリがいっぱいになるわ!」
「あ、あっちに橋があるっす!」
文珠川さんが指した先、縦穴の中央に石の橋が架かっていた。
幅は十五メートルほどで、巨人が一体くらい通れそうだ。縦穴の端から端までを一息に繋いでいる。手すりはない。表面に彫り跡のようなものが見えるが、長い年月で摩耗して何が彫ってあったのか分からない。
「これ、天然じゃないっすね」
「作ったってことですか」
「たぶんそうっす。誰かが、ここを渡る必要があったってことっす」
石の橋を架けた誰かがいる。どういうことだ?
幸い巨人は近くにいない。三人でゆっくりと橋を渡った。石は分厚く、俺たちくらいの大きさの人間が歩いたところで、揺れる気配もない。間違いなく巨人用だな。
渡りきった先に、天井の高い通路があった。奥に光が見える。
そこを抜けた瞬間、視界が開けた。
◇
広い。
洞穴という言葉で想像していたものと規模が違った。天井の存在は感じるがほとんど見えない。壁も、左右とも霞んで輪郭がぼやけている。地下にこんな空間があるという事実に、現実感が追いつかない。
床は一面が磨いたような氷で、青白い光を下から返している。
そして正面の奥に——玉座があった。
氷を削り出した巨大な椅子だ。背もたれが天井へ向かって伸びていて、その高さだけで十メートル以上ある。
そこにとてつもなく大きな巨人が座っていた。
胸まで垂れた髭の先が凍って、細かい氷の粒になっている。肌は岩のようにひび割れて、割れ目をふさぐように氷が張っていた。
腕を組んで目を閉じている。
そして、その膝に立てかけるようにして、氷の斧があった。刃の幅が、俺の身長の三倍はある。
座っているのにこの圧倒的な存在感。
立ったら多分二十メートル以上はある。さっきまで切って回っていた連中の倍以上の大きさだ。
「……」
「……」
「……」
>は
>なにあれ
>でかいってレベルじゃない
>玉座に座ってる
>完っ全にボスじゃん
>霜の巨人の王様だ
>短剣ニキどうすんのこれ
文珠川さんが一歩下がった。
その瞬間、玉座の巨人が目を開けた。見るものすべてを凍らせるような青い眼。
俺たち三人を見る。
「……こっちを見てるっす」
ギィンッ。巨人の眼が白く輝いた。
ピシピシピシピシピシ。
急速に空気が、壁が、音を立てて凍り始めた。こちらへ広がってくる。
「周りが凍り始めたっすよ!」
「来るっ! 文珠川さん、俺の後ろに!」




