第60飯 「でっかすぎるだろ」
二日目の朝、俺たちはまた洞窟の中を歩いていた。ヴィヴィは俺の隣、文珠川さんは俺の二、三歩後ろを歩く。
乾いた岩肌が二十メートルほど続いて、その奥に白い雪景色が見える。昨日と何も変わらない景色だが、こちらの手札は昨日と違う。
入口手前の岩壁の前で足を止める。何も見えない場所に手をかざすと、空間が縦に歪んで青白いゲートが姿を見せた。よし、問題なく動いている。
「文珠川さん、俺から先にいきます。モンスターがゲート先にいるかもしれないので」
「お願いっす」
先行して昨日作ったゲート先に行く。
一歩で雪原の岩場に出た。——吹雪は昨日と全く変わっていない。風と雪が吹き荒れ、ホワイトアウトが方向感覚を奪う。
ゲートを出ると同時にロックでドームを張った。周囲は問題なさそうだな、今日はこの近くにモンスターはいないみたいだ。
昨日ここまで来るのに小一時間かかっていたが、それが今は所要時間二秒だ。ゲートの効果は計り知れない。
「う~相変わらずさぶいのじゃ、ここは」
「待っていろ、すぐに魔剣で暖める」
童子切安綱を取り出して、魔力を籠めて暖をとる。そうこうしているうちに、文珠川さんがゲートから出てきた。
「うわ、ほんとに一瞬っすね」
「これで昨日進んだ分は取り返しました」
ドローンを起動して、配信を開始する。ダンジョン前に告知していたため視聴者はすでに待機していたようだ。怒涛のコメントラッシュが始まる。
>おはよう
>朝早いな
>また白い景色だー
>あれ? 昨日と同じとこじゃんか
>画面が壊れたかと思った
>昨日と同じ?
>どうやって来たの?
>また飛んできた?
>今日も吹雪配信ですか?
>お、あった焚き火
>そこ焚き火じゃなくて日本刀な
「もう一度説明します。昨日、ここにゲートという空間魔法を使いました。ダンジョンの入口にも設置しているので入口からここまで一瞬で来ることができます。今日はここから進みますよ」
>ほんとかよ
>まじかよ
>チートじゃん
>空間魔法ずる過ぎる
>ゲートっていうかワープと変わらない
>昨日それ言って帰ったじゃん
>ダンジョンからコンビニ感覚で帰る男
いろいろ言われているが事実なので言い返せない。——さて、肝心の山への方角を確認する必要がある。
「ゲートの位置を確認します。ちょっと集中するので待っていてください」
>は?
>なに?
>どゆこと
俺は目を閉じてゲートの感覚を探る。
雪、吹雪、風、冷気、すべての外界の感覚をシャットアウトするイメージ。俺が感じているのは、ただひとつ自分が置いてきたゲート。
遠くにひとつ。流氷の向こう、洞窟の岩壁。
近くにひとつ。いま出てきたばかりの、この足元の岩場。
二つの位置が、頭の中ではっきりした点になった。その二点を結んで、線を前へと伸ばした。
——あっちだ。
目を開けて、真っ白い吹雪の中を指さす。何も見えはしないが間違いない。
「文珠川さん、山はこっちです」
「おおっ、見通し線っすね! やっぱりいけるっすか」
「はい、確実に感じられました」
>今なんかした?
>目つぶってただけだが
>そっちに何があるんだ
>白い壁しかないんだが
「今から目的地である山の方へ向かいます」
「で、どうやって行くっすか」
文珠川さんがザックの紐を握り直し、俺に問う。
「シフトで飛んでいきます。この程度の吹雪なら、あってないようなもんですよ」
「マグマよりぜんぜんましなのじゃ!」
ヴィヴィが胸を張る。お前は何もしてないだろ。
>まじでマグマから出てきたのかよ
>さすが短剣ニキ、言っていることの次元がひと味違う
「でも、あんまりスピード出すと山にぶつかるっすよ」
「ええ、でもわざとぶつかります」
文珠川さんの動きが止まった。
「……え? どういうことっすか」
「あんまりのろのろ行くのもどうかと思うのでそれなりに速度をだします。ただ前が見えないので、山にたどり着いた時、急に止まるのは無理です。だからあえてぶつかって止まります」
説明しながら、自分で段取りを確認する。
シフトの速度を落とせばドームを広げられる。時速二百キロで飛ぶなら、張れるのは半径五メートルが限界だ。
速度を半分に落とせば、半径二十メートルまで広がるだろう。二十メートルあれば、外の殻が山に当たってから内側に届くまでに余裕が生まれる。
「衝突しても大丈夫っすかね、うちたち」
「はい、大丈夫です」
インベントリから風魔槍ゲイボルグを取り出した。
「ロックを二重に張って、外と内の間に、こいつで空気を詰めます」
「ああ、なるほど。エアバッグっすね」
「その通りです」
槍を構えて、魔力を通した。渦が生まれて、外殻と内殻の隙間に押し込まれていく。空気が詰まるにつれて、膜の内側が少しずつ張りつめていくのが手に伝わってきた。
>なぬ、山にぶつかるつもりか
>正気か?
「さぁ行きます。舌を噛まないでくださいね」
「はいっす!」
シフトで吹雪の中を突っ切っていく。
あまり変わり映えしない景色だ。上も下も前も後ろも白で、動いている実感がほとんどない。速度計があれば時速百キロを指しているはずだが、目で確かめる方法がない。
ゲートの方向だけが、背中側にはっきりと残っている。二つの点が一直線に並んだまま、少しずつ遠ざかっていく。見通し線上に進めば問題ない。
「……下僕、飽きたのじゃ。何かないか」
「飴玉があるからどうだ。ほら、ホワイトサワー味だ」
「シュワシュワするやつか。これは良いやつじゃ」
インベントリから取り出した飴玉を、背中のヴィヴィが口に入れてほおばる。
>なんも起きん
>かつてこんなに風景がかわらないニキ動画があっただろうか
>昨日あったじゃん
>昨日のは焚き火動画だろ
>焚き火じゃなくて魔剣な
>魔剣で暖とるなんて草なんよ
>これ止まってないの?
>時速百キロ出てるらしい
>ぜんぜんわからん
五分。十分。文珠川さんが手帳に何か書きつけては、腕時計を見ている。十五分を過ぎたあたりで、ヴィヴィの寝息が聞こえ始めた。緊張感がない。
「そろそろっすかね」
「たぶん」
——ドゴォォォン!
「うわっ」
「きゃあっ」
「ぬぉぉぉっ!」
外側のロックの膜が何かにぶつかり大きな衝撃音を発した。しかし内側の俺たちは止まらない。
グニィィと詰めた空気が一気に潰れていく。背中と腹が見えない手で全身を押さえつけられたような圧がかかる。そして跳ね返された。
俺が衝撃で制御を失い、ロックごと三人まとめて後ろへ弾き飛ばされた。
「「「うぉぉぉ・きゃぁぁ・ギャァァァ」」」
ロックの内側で回転しながら、斜面を転がり落ちていく。雪のくぼみにはまり、やがて回転が止まった。
顔を上げる。
目の前に黒い岩肌があった。その付近は若干吹雪が弱く、白一面の世界ではない。見えている岩肌は垂直に立ち上がって、上へ上へと続いている。
山だ。
「文珠川さん、大丈夫ですか」
「うぅぅ……大丈夫……です」
雪の中から手が出てきた。引っぱり上げると、眼鏡が半分ずれていた。
「よかった」
「おい、下僕。わしには聞かんのか」
「お前は大丈夫だろ」
「大丈夫じゃが! そこは聞くところじゃ!」
ヴィヴィがめちゃくちゃになったダウンを直している。寝ていたくせに文句だけは一人前だ。
「いやー、マジで激突してノーダメっすね。転がりはしましたが」
文珠川さんが眼鏡を直しながら笑った。
「交通事故にあった気分っすけど、生きてるのがびっくりっすよ」
「言ったでしょう、大丈夫だって」
「聞いてたっす! 聞いてたっすけど! 想像と違ったっす!」
ドローンが雪の中から浮かび上がってきた。ロックの中に入れておいたおかげで、こいつも無事だ。
>は???
>今の音なに
>ぶつかった!?
>ほんとにぶつかりやがった
>めっちゃ画面が回転しててびっくりした
>予告通りで草
>有言実行すぎる
>山に激突してノーダメはおかしいだろ
二日かかる距離を二十分で来ることができた。雪原ゾーンは終わりだ。ここから先は山になる。
ようやく——
そう思った足の裏に、どんっ、と何かが来た。
◇
音じゃない。地面から直接、脚の骨に伝わってくる衝撃だ。
さらにもう一度。どんっ。
風の音がうるさすぎて耳では拾えないが、間隔が一定だ。何かが歩いている。
「……狭間様、これ」
「動かないでください」
文珠川さんを背中側に回した。ゲイボルグを納めて、代わりにヴィヴィアンを抜く。
さっきの大きいドームを解除し、五メートル級のドームを作る。ホワイトアウトではないといっても、吹雪で遠くまで見渡せるわけではない。どこから敵が来てもいいように周囲を警戒する。
どんっ。
遠い山肌にうす暗い影が見えた。それはやがて輪郭を成し、色を持ちはじめた。青みがかった巨大なものが二つ、こちらへ向かって歩いてくる。
煙突のように太い脚が見える。氷柱に覆われた毛皮靴。
視線を上げていく。筋肉質な胴が見える。毛むくじゃらの腕が見える。肩が見えて、白いひげ、白い髪、白い角の生えた顔があった。
「「「でっかすぎるだろ!」」」
>でけぇぇぇぇぇ
>やべぇぇぇぇぇ
>こわぁぁぁぁぁ
>なにこれなにこれ
>画面に収まってない
>短剣ニキの五倍くらいあるぞ
>霜の巨人だこれ!
>二体いる!
二体が並んで立ち止まった。こちらを見ている。
「「ゴォガァァァァァァァッァァァアッァァ!!!!」」
咆哮が、とどろいた。
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ゲイボルグ「……エアバッグじゃないやい」
ヤールン「どんまい」
童子切安綱「どんまい」




