第57飯 「もう終わってもいい」
朝七時にギルドに集合した。禰室探索者協会は駅前の通りに構えているビルにある。
二階建てで、八皇子のギルドより一回り小さい。自動ドアをくぐると暖房が効きすぎていて、防寒着のままだと三十秒で汗が出てきた。
受付には職員が一人だけいた。五十過ぎくらいの男で、顔がよく日に焼けている。あごひげがダンディなおじさん職員だ。
「こんにちは、八皇子から来た狭間といいます」
「あぁ、東卿の狭間さんですね。本部から連絡もらってます」
「東卿帝都大学から調査で来た文珠川です」
「伺っています。お世話になります」
俺も文珠川さんも挨拶する。
「あそこに座っているのがヴィヴィアン、ヴィヴィです」
ヴィヴィはベンチに座って、足をぶらぶらさせながらおにぎり(唐揚げ入り)をむしゃむしゃと食っていた。
「荒谷です。ここの主任やってます」
今回は禰室ダンジョンについて情報を聞きに来た。個別ブースで荒谷さんが紙を広げてこちらに向ける。
このまえ神崎先生の家でも見た禰室ダンジョンの地図だ。ただし、神崎先生の地図よりすこし詳細に記載されている。
「入ってすぐが流氷エリアです。その先が雪原で、さらにその先が山です」
「このルートだけ記載がありますね」
「そこが最新のルートです。半年前にAランクパーティが入りました。山の直前まで行きましたが引き返しています」
荒谷さんがそのルートを指でなぞった。
「うちの管理下で、ここ一年に入ったのが二十二組。そのパーティ以外は全部、山まではたどり着けず途中で引き返してます」
「霜の巨人までいったパーティはいないんですか」
「五年前。一パーティだけですがあります。Sランクの神原様のパーティです」
「……Sランクですか」
貴方院さんと同じランクだ。
「でも神原様の時は地図が残されておらず、結果として霜の巨人までのルートは明らかになっていません」
「じゃあ結局はこのルートをなぞりながら行くのが近道ってことですね」
「そうなります。ちなみに吹雪は不定期に来ます」
「定期的と聞いていたんですが?」
「どこかで情報が食い違ったんでしょうね」
「なるほど……」
定期的な吹雪だとタイミングを計って進めると思ったんだが、少し修正が必要そうだな。
「吹雪の間は他のパーティはどうしてるんですか?」
「雪山用のテントを張って凌いでいたり、魔法でかまくらをつくっているパーティもありました」
テントは準備している。しかしかまくらか……ありだな。雪国ならではの方法だ。
「しかし気をつけてください。途中で出てくるアイスゴーレムのような雪に潜むモンスターに攻撃されてしまうケースもあります。見張りを立てて周囲を警戒する必要があります」
……見張りに関しては問題ないな。俺にはロックがある。半径五メートルくらいをロックで包めば盾になるし、童子切安綱と合わせると寒さ対策もできる。
「あと注意点としては、無理に吹雪の中で進もうとしないでください。たまにホワイトアウトが起こるようです」
「ホワイト……アウトですか?」
なんだそれ。
「降雪や吹雪などで周囲の視界が白一色になってしまうことです。方角や地形の起伏も掴めなくなって、行き先を見失うんです」
「それは……かなりまずいですね」
「ええ。いままで禰室ダンジョンに挑戦したパーティもこれが原因で引き返しています」
「わかりました。あとこれはAランクに関する話なんですが、魔剣について伺いたいんです。ここで手に入ると地動さんから聞いています」
荒谷さんはちらりと文珠川さんを見た。俺は問題ないと断りをいれて資料を見せてもらった。
「これです。氷の魔剣ヨトゥン。すみません、名前と取得条件しかわかっていなくて、神原様はそこまでしか情報を出していないんです。資料は持ち出せないのでここで覚えてください」
やはり氷属性の魔剣か。入手方法は……なるほど。これならそこまで難しくない。
「これで禰室ダンジョンの情報は可能な限りお渡ししました。何か質問事項は他にありますか?」
そこまでか。俺は頭の中の日程表を開いた。
雪原の突破に二日と見ていた。方角を見失えば、休憩をはさみながらでは二日では難しい。
文珠川さんが荒谷さんに質問する。
「流氷エリアってどれくらいの速さで流れるんでしょうか」
「正確にはかってはいないですが、大体人の歩く速さくらいです」
「秒速1.2メートルくらいっすか……」
荒谷さんが少し首を傾けて、文珠川さんを上から下まで見た。
「初めてですか、ダンジョン」
「初めてっす」
「そうですか」
それだけ言って、荒谷さんは地図を丸めて俺に渡した。
「狭間さん。ギルドは止めませんよ。本部からそう言われてますし、Aランクの人に潜るなとも言えません。ただ、このダンジョンは極寒です。気づかないうちに寒さにやられて動けなくなってしまいます。戻る時間だけ決めておいてください」
「わかりました……ありがとうございます」
文珠川さんの命は俺にかかっている。この人を古城まで連れて行くのが俺のミッションだ。
◇
ダンジョンの入口は、街はずれの丘の下、洞窟の中にある。ダンジョンにはタクシーで向かった。
車の中、文珠川さんはやや俯き加減で元気がない。昨日の食堂での笑顔がどこかに行ってしまったようだ。
「……」
「緊張しますか? 文珠川さん」
「はいっす。さっきの荒谷さんのお話を聞いて、ちょっと……」
やはりそうか。荒谷さんも、もうちょっとやんわり話してくれてもよかったのだが。Sランクダンジョンの管理となると少しオーバーに表現しがちなのかもしれない。
「——大丈夫ですよ。もともとテントを張って休みながら進む予定を組んでいました。多少ルートが不透明でも、いろいろとやり方はあるので」
「そ、そうっすか……?」
「荒谷さんは突然モンスターが襲い掛かってくるとか言ってましたけど、俺ならロックで防御膜を張ることができるからモンスターは問題ないです。文珠川さん、俺の防御力はご存知でしょう?」
「あ……全部見たっす」
「それに最悪ゲートがあるのでテントは使わずにゲートを作って入口に戻ってしまえばいいんです。吹雪が止んだらそこに戻って探索再開、セーブポイントですよ」
「セーブって……ふふっ」
文珠川さんに笑顔が戻ってきた。
「俺はマグマの中から生還した男ですよ。吹雪の中よりデンジャーなゾーンからリターンしたんだから問題ないっすよ」
「はは、うちをからかってるっすね」
「元気、出ましたね。それでこそ文珠川さんです。パッと行って調査しましょう」
「ありがとうございます。狭間様。やっぱり狭間様はすごいっす。現人神っす」
よし、これで大丈夫だ。
ダンジョンの入口は灰色のフェンスが山肌をぐるりと囲っていて、真ん中に鉄の門が一つ。門の脇の小屋で入場記録を書いた。名前、ランク、人数、予定日数。
門の内側はただの洞窟だ。乾いた岩肌が二十メートルほど続いてその奥が白い。まだ何も見えないのにそこだけ光の色が違う。
歩いていると空気が突然切り替わった。冷たい空気が肺に入ってきて、息が白くなる。
「文珠川さん、ここで一度止まります」
洞窟の出口の少し手前、岩の陰になる場所に両手をついた。
手のひらの下の空間に印をつけるような感覚。ゲートを設置する。手を離すと、壁の前に縦長の歪みが生まれてすぐに消えた。
「ここにゲートが一つできました。見えないようにしてあります」
「え、今のでですか。なんもしてないように見えたっすけど」
「大丈夫です」
ゲートは八皇子とここに二つ。残りは一つ。
洞窟の途中で古館さんから借りた新しいドローンを出した。起動。プロペラが唸って、俺の斜め後ろについた。
「配信、始めます。文珠川さん、予定通り映って大丈夫ですか」
「もちろんっす! 準備してきたっす!」
文珠川さんが手ぐしで前髪を直した。
配信を開始する。タイトルは「禰室ダンジョン調査」。開始後、視聴者数が跳ねた。
>短剣ニキひさしぶりすぎる
>生きとったんか、ワレ
>ドローン復活してて草
>どこそこ
>なんか白いんだけど
>タイトル禰室ってなってる
>禰室ダンジョン!!!?
>どこそこ?
>Sランクダンジョンだ
>まじで?
>北? 北海堂行ったの?
>うぉ禰室、地元だ!
>後ろの人だれ?
コメントが爆発的に流れる。正直読むのが追いつかない。
「みなさんお久しぶりです。RENです。最近配信できなくてすみませんでした。やっと配信ドローンを新調したんで今日から再開します」
>待ってたー
>Aランクおめー!
>うぉぉぉぉーーー
>告知みたぞー
>二十一人目かー
>ニキ、ランクアップ早すぎ!!
>つーか大土島お疲れ様!
>活躍半端ねぇ!
>テレビで短剣ニキの話でもちきりなんよ!
>鬼頭さんと仲良くしすぎて草
>壬生さんも誘ったげて!
>フルーツバスケットとの再コラボはよ!
>ってかうしろの人だれなの!?
そうだった。まずはこの人を紹介しないとな。
「今回は北海堂の禰室ダンジョンに潜ります。大学の調査の同行で、こちらが依頼主の——」
「東卿帝都大学の文珠川たえっす! 遺物研究っす! 見てくださってる皆さんありがとうございますっす!」
>めっちゃ早口
>テンション高くて草
>学者ってもっとこう、静かなイメージだった
>この人喋り方おもろい
「そしてこいつが」
ボンっ。
ヴィヴィが実体化した。もこもこの赤いダウンに、フードまでかぶっている。両手が袖に埋まって出てこない。
「下僕ども! 見よ! わしのスーパープリティーな姿を! 崇めよ! 称えるのじゃ!」
>は?
>なにこれ
>かわいい
>かわいすぎるだろ
>ヴィヴィアンちゃんまるい
>まるい
>手どこ
「腕を上げて見せろって言われてるぞ」
「ふん、しかたないのう」
ヴィヴィがばっと両腕を上げた。袖だけが上がって、手は出てこなかった。
>だめだった
>しあわせー
>ヴィヴィ様見に来た
>今日はもうこれでいい
>もう終わってもいい
終わらせるな。
「ほほう、下僕ども。わしの可憐さが分かるようになってきたのう。よいぞ、褒めてよいぞ」
上機嫌になったヴィヴィを先頭に、俺たちは白い光の方へ歩いた。
洞窟を抜けた瞬間、視界が開ける。——そこには灰色の低い空があった。
雲の底が見えないくらい重い。そこから細かい雪がゆっくりと斜めに落ちてきている。
そして足元から先が全部、黒の海と白い流氷だった。
海は墨を流したような色をして、その上に白い大きな氷が所狭しと浮いていた。
氷は釣り船ほどのものから、コンテナトラックほどの大きさのものまで。それらが隙間を空けて、地平線まで敷き詰められている。
海面は波立っていない。ゆっくり上下していて流れている。
ゴウン。低い音がした。どこか遠くで氷と氷がぶつかったのだろう、お腹に響くような音だった。
>こっわ
>なんだここ
>まるで氷の地獄じゃんかよ……
>いまからこれを進むんか
>大丈夫か、短剣ニキ
「うっわ」
文珠川さんが半歩下がった。ミシ、と近くで別の音がした。目の前の氷が、ゆっくり右にずれて動いていく。
「これが……流氷っすか」
「文珠川さん。あの水、落ちたらどうなります」
「マイナス一度台っす。海水なんで凍らないだけで」
吹雪は今のところ来ていない。吹き始める前に流氷ゾーンだけでも抜けておきたい。
「なぁヴィヴィ……」
ヴィヴィが地平線の向こう、まだ見ぬ山の方を向いている。いつもと違う、飯じゃない真剣な眼差し。
『……下僕、あるぞここに』
『魔剣ともう一つ、何かがここにある』
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荒谷「ふぅ、つかれますね。Aランクのお相手は」
職員「お疲れ様です、あ、俺ちょっと休憩いってきます」
荒谷「はい、わかりました」
……(人気のない所)
ピッピッピッピ
職員「ああ、アズール。俺だ、やつが来た」




