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第56飯 「作れちゃうんです」


飛行機は一時間半ほどで新千登世(しんちとせ)空港へ着いた。


ヴィヴィと文珠川さんと一緒に飛行機を降りる。外に出た瞬間、北海堂の冷たい空気が肌に刺さった。


「さむっ」

「つめたっ」

「うおおお、寒いのじゃ!」


沖那和と正反対だった。あのときは湿った熱い空気が押し寄せてきたが、ここは乾燥していて空気が鋭い。息を吸うと鼻の奥が少し痛くなる。


「きっとダンジョンの中はもっと寒いっす。データ上は氷点下三十度を下回るっす」


なんと。そこまで下回るのか……。俺は買ったばかりの二十万円分の装備を思い出して、少し安心した。


インベントリから各々の防寒着を取り出し着用する。……かなりマシになった。


新千登世から禰室までは列車を乗り継いで行く。大体六時間半の行程だ。


最初の特急ブルースカイでボックス席を取った。Aランク様様だ。ヴィヴィはすぐに窓際を陣取った。


窓の外がだんだんと北海堂特有の景色になっていく。建物が減り、木が減り、最後には白い平地と、遠くの山だけになった。


「白いのじゃ~」

「雪だな。東卿ではほとんど降らない」

「これからダンジョンではたくさん見るっすよ~」


さて、ここからしばらくは特急の中だ。なので文珠川さんと仕事の打合せをする。周囲には聞かれづらいしここで話すのがいいだろう。


「文珠川さん。今回のダンジョンですが、探索と調査のセットになります」

「はい、狭間様。うちは調査がメインっすね」


……様よばわりはちょっと気後れする。この人は結構頑固だから変えないだろう。スルーするか。


「その通りです。まずは段取りです。俺は探索メインで動き、文珠川さんを古城まで案内する。古城に着いたら文珠川さんが調査を進める。ここまではいいですか」

「はい。それで大丈夫っす」


「そこで相談なんですけど、俺はゲートというスキルを持っています。ゲートは複数設置することができて、さらにゲート同士をつなげます」

「大土島でも話題になっていたやつっすね。すごいっすね、まさにワープじゃないですか」


ワープじゃないんだけどな。


「そんなに便利なものでもないんですけどね。で、今回もゲートを使います」


ちょっとややこしいのだが説明する。


「まず禰室ダンジョンに入り、入り口の周辺のどこかでゲートを一つ作る。俺が古城に入ったらまたゲートを一つ作る。文珠川さんはダンジョンの入口でそのゲートを使って古城へと入る」


先日ゲートを検証して考えた。ゲートをダンジョンの入口に作ってしまえば問題ないんじゃないかということだ。別にダンジョンの外である必要はない。


「これで文珠川さんはダンジョンの探索道中を通ることなくダンジョンに入ってすぐ古城に行けます。モンスターの危険もないし吹雪の中をわざわざ通る必要もありません」

「え……ダンジョンの中でもゲートって作れちゃうんっすか」


「作れちゃうんです」

「……」

「どうでしょうか? 文珠川さん」


文珠川さんは腕組みしながら難しい顔をしてむ~とうなっている。


「あの~どうしてもそうじゃないとだめっすかね。できれば道中も一緒に行きたいっす。実は今回狭間様とダンジョンに入るのめっちゃ楽しみにしてたっす。生狭間様、むちゃくちゃ期待してたっす」

「——なるほど。そうですか」


うーん、モンスターもいるし吹雪もある。一応対策はしているとはいえ安全にいきたい。しかし依頼主の意向だ。できるだけ叶えてあげたい気持ちもある。


「でしたら、ダンジョンの入口にゲートは一つ作っておきましょう。モンスターが増えてきたり吹雪が強くなったら適宜ゲートを作るので移動してもらいます。文珠川さんが怪我すると大変なので安全第一で」

「わかったっす。ありがとうございます。わがまま聞いていただいて」


まぁロックもあるし、童子切安綱式の暖房もある。いざとなったらゲートで逃げる。問題ないだろう。


「あと……」


文珠川さんがこそっと俺に耳打ちする。


「魔剣のことも神崎先生から聞いてるっす。禰室ダンジョンにあるかもってことで、そこは好きにしていただいて構いません」

「わかりました。ありがとうございます」


今回は俺の魔剣探しも兼ねている。こういったすり合わせは大事だ。打合せはつつがなく終わった。


それから列車を乗り継ぎ、腹ペコヴィヴィとあーだこーだ言いながら何とか禰室にたどり着いた。そこからギルドのある街に到着したのは夕方になってからだった。


特段大きくもないが小さくもない、どこにでもある地方都市だ。駅前に商店が数軒あって、そこから先は住宅が散らばっている。


予約していた宿はすぐに見つかった。俺とヴィヴィ、文珠川さんの部屋を受付し、荷物を置く。


窓の外でもう日が落ちかけている。


「明日の朝、七時にギルドに集合でどうですか」

「いいっすよ」

「じゃあ今日はもう休んで——」


ヴィヴィが部屋の扉の前に立っていた。


「下僕、飯じゃ。わしは腹が減ったぞ」

「そうだな」


文珠川さんが眼鏡を押し上げた。


「いいっすね。みんなで行きましょう。うち、この街で評判がよさそうなお店を一軒、目をつけてるっすよ」



 ◇



商店街の外れにその店があった。看板の文字が少し剥げている。歴史を感じさせる古い建物だ。


——北海めぐみ食堂。


引き戸を開けると、湯気と一緒に食べ物の匂いが一気に押し寄せてきた。


「いらっしゃい」


そこまで大きくもない店だった。カウンターが八席、四人掛けのテーブルが四つ。


夕飯時で席はほとんど埋まっていた。地元の人らしい客ばかりでざわざわと話しながら食べている。


俺たちが入った瞬間、店の中の音が少し止まった。


「すみません、三人です」

「奥、空いてるよ」


カウンターの奥から女の人が出てきた。二十代の前半くらいだろうか。切れ長の眼で眼光が強い。髪を後ろでまとめてエプロンをつけている。


ネームプレートに義名間(ぎなま)とある。難しい苗字だな。店員さんは盆を抱えたまま、空いている席を顎で示す。俺たちはテーブル席に座った。



 ◇



品書きは壁に貼ってあった。地元ならではの手書きメニューだ。味わいがあって良い。


味噌ラーメン。ザンギ定食。焼き魚定食。豚丼。カレー。


ヴィヴィが壁を見上げたまま動かなくなった。


「……下僕、きめられん。どれもうまそうじゃ」

「めずらしいな、ヴィヴィ。いつもすぐに選ぶのに」


メニューを見るとザンギとある。これはどうだ。


「文珠川さん、ザンギって何かご存じですか」

「唐揚げっすよ」


「なんで唐揚げと書かんのじゃ?」

「唐揚げっす。でもここではザンギって言うっす。うちも最初は違うもんだと思ってたっす」


さっきの店員さんが注文を取りに来た。


「食べてけば分かるよ」


店員さんは水を置きながら言った。結局、味噌ラーメンとザンギ定食、豚丼を頼んだ。三人で分けることにした。


十分ほどで、全部いっぺんに来た。小皿に分ける。こういうのも楽しい。


味噌ラーメンの丼から、湯気がまっすぐ上がっている。


——茶色い。スープの表面に脂の膜が張っていて、それが湯気を閉じ込めている。上にコーンとバターが乗っていて、バターがゆっくり溶けていく途中だった。


ヴィヴィがレンゲを掴んだ。


「熱いからな、気をつけろよ」

「知っておる」


すくって、口に入れた。両手でレンゲを握りしめたまま、天井を見た。


「……あつい」

「言っただろ」

「あついのじゃ……あついのじゃぁ……」


泣きそうな顔をしていた。これはうまいときの顔だな。


俺も一口いただく。味噌が濃い。それも塩気ではなく、味噌そのものの濃厚さだ。そこに脂が乗り、飲み込んだあとも口の中で旨味が残る。


そしてさっき外で凍えたぶん、スープの温かみが身体の内側に落ちていくのが分かる。


「……これは」

「しみるっすよねぇ」


文珠川さんが眼鏡を曇らせながら啜っている。


「寒い土地の味噌は濃いみたいっすよ。冷めないように脂でフタをするって発想っす」


なるほど、地域ならではの工夫がされているというわけか。麺は縮れていてスープによく絡む。バターが溶けきったあたりで別の味わいが楽しめた。



ザンギを一つ食べて、俺は手を止めた。


「……唐揚げじゃないですね」

「っすよね」


衣が違う。唐揚げより薄いがそれでいて噛むと下味がはっきり来る。醤油と生姜と、たぶんニンニクも入っている。


「唐揚げは肉を食ってる感じっすけど、ザンギは味を食ってる感じっす」

「それです」


ヴィヴィが三つ目に手を伸ばしていた。


「これはなかなかイケるのじゃ、下僕。たくさん頼め。あとでも食うのじゃ」

「おい」


しかし、たしかにこれはなかなかイケる。箸が進むというか進ませられるというか。



豚丼も美味そうだ。厚切りの豚肉を甘辛い醤油ダレで焼き、それが飯の上にみっしり並んでいる。タレが焦げて、その匂いが湯気と混ざっていた。


食べた。——甘辛い。


焼いた香りが先に来て、そのあとにタレが追いつく。脂が飯に染みている。噛むたびに肉から汁が出て、それが飯に落ちて、また染みる。


「うっっっまいのじゃぁぁぁ!」


ヴィヴィが叫んだ。店の中が一瞬だけ静かになった。それから、どこかの席で誰かが笑った。



 ◇



ヴィヴィが追加で注文した三皿目のザンギを食べているとき、文珠川さんが茶を飲みながら言った。


「明日からっすねえ」


禰室ダンジョンは街はずれの洞窟にある。ギルドが設置したフェンスがあるため中は見えないが、洞窟を少し進んだ先は極限の雪世界だ。


「うち、正直ちょっと怖いっす。研究室からあんまり出たことないし、ダンジョンも実は初めてなんで」


そう言いながら、顔は笑っていた。


「でも楽しみっす。誰も入ってないんすよ。誰も」


疲れもあったのだろう。そのうえで美味しい食べて、声が少し大きくなった。


「禰室ダンジョンの古城っす。どれくらい古いのかわからないけど、そこにうちが最初に入る。テンション爆上げっす」


——あ。


一瞬止めようかと思った。調査の内容は公表されていない。


でも止めるほどのことでもない気がした。ここは小さな街の食堂だ。聞いている人間もいないはず。


「う~明日からっすよね。今日マジ寝られないっす」

「寝てください」


初ダンジョンか。俺も初めてダンジョンに入ったときはむちゃくちゃテンションあがった気がする。できるだけ危険がないようにエスコートしないとな。


俺は気づいていなかった。


別卓で水を注いでいた店員さんの手がほんの一瞬止まり、その切れ長の目がこっちを見ていたこと。


すぐにまた動いてコップを満たして、何も言わずに戻っていった。




=========================

童子切安綱「……おれ、暖房じゃないんだけど」

ヤールン「ドンマイ」

ゲイボルグ「ドンマイ」



新千歳空港の味噌ラーメンはマジうまです。




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