第55飯 「脳が様で登録しちゃってるんで」
北海堂の準備にはまるまる三日かかった。
まずは登山用品の専門店に行き防寒着を揃えた。
店員さんに「氷のダンジョンに一週間潜ります」と言ったら、奥から別の店員さんが出て来て普通の防寒着とは違うところを案内した。
結果、特別な上下とインナーとグローブとゴーグルで、俺の分だけで二十万を超えた。うーん、高い。
「高くないですか」
「モンスターの素材をつかって防寒に特化した生地で作っています。氷のダンジョンに普通の防寒着でいくと死にますよ」
正論だと思う。まぁ俺は素人だ。雪が降る場所での過ごし方なんか知らないしここは専門家のいうことを聞いておこう。
そしてヴィヴィの分もそろえた。実体化しているときのあいつは、身長百三十センチでいつもの黒のワンピース。防寒着仕様なんてないので、いろいろと試着させることになった。
「おい、下僕。このぼこぼこしてもふもふした服はなんじゃ、くすぐったい」
「ファーだよ」
「こんな服必要になるのか?」
「むちゃくちゃ寒いらしいからな、念のためだ」
「服なら着ておるぞ」
「それは薄い」
結局子ども用のダウンジャケットを試着させた。もこもこして赤いやつだ。なかなか似合っている。ジャケットを着た自分を鏡でいろいろな角度から見るのに余念がないようだ。
「……ふくれておる。動きづらい」
「そういう服なんだ。我慢してくれ」
「暑い……」
「今だけだ。でも結局ダンジョンにはいったら着ることになる」
「——よい」
嫌がっていると思ったが逆に気に入ったらしい。そのまま店内を一周していた。おい、走るな。
食料はインベントリに入れる。
インベントリはここでも大活躍した。インベントリに入れると時間が止まる。これはとても嬉しい仕様だ。
温かいものを入れるとそのままの温度で維持される。以前、コンビニチキンや肉まんを入れたときもホッカホカでヴィヴィはそればかり食ってた。
正直、禰室ダンジョンでどれだけ過ごすかわからないからな。食料物資はいくらあっても困らない。五十メートル四方の俺のインベントリには十分に入る。
後で牛丼やファストフードも買い足しておこう。こういう即物的な食事もヴィヴィは好む。
いつあれが食べたい、これが食べたいと騒ぎ出すかわからない。備えあれば憂いなしである。
また、八皇子ダンジョンに入りスキルや魔剣の検証も行った。
おそらく今回のダンジョン探索で一番活躍するのは童子切安綱だろう。氷のダンジョンに火の魔剣はまさに適任だ。
モンスターを倒すだけではなく、寒さ対策にもなるかもしれない。
そして結果はその通りだった。常に魔力を使って炎を調整しておけば良い暖房代わりになることが分かった。
あれ……これ、防寒着いらないのでは?
いやいやそんなことはないはず。仮にそうであってもずっと魔剣の制御をするのも面倒だしな。使い分けだ、使い分け。
「下僕。それは何をしておるのじゃ」
「魔剣の訓練だ」
「ついでにボアも取って来い、久しぶりに猪肉で鍋が食べたいのじゃ」
「……そうだな、少し狩っておくか」
結局八皇子ギルドに寄ってボアを納品し、肉を分けてもらった。
三日目はゲートを試した。
ダンジョン内に設置したゲートから自宅のゲートへ接続することができないか試したのだ。
これができると今回の仕事がとても楽になるからだ。
ステップ1。俺は禰室ダンジョンへ探索して、古城でゲートを作る。ステップ2。ダンジョンの外のゲートで待つ文珠川さんを直接ダンジョンの古城へと呼ぶ。ステップ3。調査を終えて終了。
むちゃくちゃ簡単なのである。
しかし、結論としてはできなかった。おそらくだが、俺たちがいる普通の地球と不思議な空間であるダンジョンは次元が違うのだろう。
空間魔法使いの俺が感じた。これはできないと。
まぁ世の中そんなに簡単にうまくいく訳がないか。ダンジョンの中ではゲート同士はつながるみたいだからそれだけでもマシだ。
「ほーれほれ、下僕。見ろ。わしが半分になったぞ~」
「……ヴィヴィ、お前それ前もやってなかったか?」
「これ楽しいんじゃ。やらせろ」
ヴィヴィはゲートに出たり入ったり、自分を半分だけ入れて、出てきた向こうの自分を見てみたりとひたすら遊んでいた。
スキル検証の後はまたギルドに寄って、古館さんに北海堂のギルドへ話を通してもらった。
「一週間も潜るんですか」
「はい、その予定です」
「Sランクダンジョンですか……向こうのギルドにも連絡しておきますね」
「お願いします。あ、そうそう。配信用のドローンをまたお借りできないですか?」
「……こんどはもう燃やしません?」
「大丈夫です。今度はへましません。ちゃんとドローンも守りますよ」
古館さんはジト目で俺を見る。溜息をつかれたが、配信ドローンを貸してくれた。
良かった。これで配信が再開できる。最近はスマートフォンでの簡易配信か、ショート動画でしか投稿ができなかったからな。あまりにコンテンツ供給がないとせっかく100万人の登録者が登録解除されてしまう。
そうだ、今度の禰室ダンジョン探索でも配信できないかどうか文珠川さんと神崎先生に聞いておかねば。LIMEで早速聞く。
『禰室ダンジョンで配信してもいいですか?』
ピコン。返信がきた、二人ともめちゃはや。
『古城以外ならいいっすよ~、うは、私も配信デビュー、テラワロスwww』
『古城を映さなければ問題ありません。配信は蓮くんのメインコンテンツの一つですもんね。新しい動画wktkです』
『ありがとうございます』
文珠川さんと先生、あの人たちいくつだよ……。
ついでに鬼頭さんと壬生さんにも、俺が北海堂に行くことを連絡しておく。鬼頭さんにはまだ最後の天ぷらの奢りデーが残っている。一週間、いやそれ以上は東卿には戻ってこないかもしれないからな。
『狭間、土産忘れんじゃねえぞ。面白い恋人たちキボンヌ』
『気をつけてな。あとなぜこの前の鬼頭の奢りデーに俺を呼ばない。次は俺も読んでクレメンス』
……だめだ早く何とかしないと。
◇
出発の朝。
成多空港の待ち合わせ場所に文珠川さんはいた。
ぼさぼさの髪を後ろで無造作に結んで、分厚い眼鏡をかけて、白いパーカーを着ている。足元に登山用のザックが二つ置いてあった。両方とも文珠川さんの身長より大きい。
「文珠川さん」
振り返った瞬間、顔が光った。
「狭間様ぁぁぁ!」
「様はやめてください」
「無理っす。もう脳が様で登録しちゃってるんで」
握手を求められたので応じた。両手で握られた。
「いやー、この日を待ってたっす。半年待ったっす。半年前に依頼して、そこから毎日カレンダー見てたっす」
「一カ月だったと思いますけど」
「体感半年っす」
文珠川さんは相変わらずだった。
「あと、大土島見たっす。全部見たっす。アーカイブ三周したっす」
「見すぎです」
「三周っす。あの火口からの脱出シーンのとこ、コマ送りで見たっす。あれは神がかってました。いや神でした。現人神です、マジで」
「恥ずかしいんでやめてください」
「あれ? ヴィヴィアン様は……」
「あ、いまはインベントリに入れてます。というか問題なければ文珠川さんの荷物も俺のインベントリにいれますよ。重いでしょうし移動大変ですから」
「んまじっすか~。やった~もう重くて重くて。それにこんなに重いと荷物だけで追加料金半端ないかもって、ビクビクしてたんっすよ~」
たしかに重そうな荷物である。防寒装備以外にも研究資料とかも山ほどあるんだろうか。とりあえず了承を得られたのでインベントリに入れる。
ボンっ。
「下僕、腹が減ったぞ」
「おい、もうすぐ飛行機に搭乗なんだが」
「知らぬ。わし特製黒豚肉まんが食いたいのじゃ、はよはよ」
インベントリから肉まんを出してヴィヴィに差し出す。
「ふぉぉぉぉ、これじゃこれ! この肉のうま味がたまらんのじゃー!」
ホカホカの肉まんはついさっき出来上がったように温かな湯気を上げる。
「……すみません、文珠川さん。ヴィヴィと直接会うのは初めてですよね」
「わぁ、本物のヴィヴィアン様だ——」
お、拝んでいる……。キラキラした顔でいかにもご利益がある御神体に祈るように両手をすり合わせて文珠川さんはヴィヴィを拝んでいた。
「ん……はんじゃおふひは……?」
「こらヴィヴィ。口に食べ物入れたまま喋るんじゃありません。文珠川たえさんだ。今回の禰室ダンジョンの調査の依頼主だぞ」
「ほおか、ほおか。……ゴクリ。そういえばそうじゃったな」
「も、文珠川たえです。よろしくお願いします」
両手を合わせたままペコリとお辞儀をする文珠川さん。
「うむ、わしがおれば今回の調査とやらなんぞ楽勝、楽勝。すぐに終わるわい。むしろすぐに終わってメシじゃ、メシ!」
「は、はい!」
ヴィヴィが偉そうに親指をたてて文珠川にウインクする。……いや、お前飯のほうが本番だろ。
◇
搭乗手続きのカウンターで俺は探索者証を出した。
「三名でお願いします。俺と、この子と、あと文珠川さん」
「文珠川たえっす」
「かしこまりました。……狭間様はAランクですので運賃は無料、ヴィヴィアン様も同様です。文珠川様は」
「あ、うちは大学の研究費で出てるんで、普通に払うっす」
隣でヴィヴィが搭乗券を受け取っていた。沖那和の時と同じように両手で持って、真剣に眺めている。
「下僕、今回はどれくらい乗るのじゃ」
「そうだな、大体一時間半くらいじゃないか」
「飯はでるのか?」
「でません」
「なぜじゃー!」
ヴィヴィさんや、さっき肉まん食べただろ。
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壬生「……つぎは、おれも、よんで、くれめんす、……送信っと」




