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第43飯 「狂気の沙汰だな」


大土島の中心、火山の麓に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


黒い岩肌の斜面を、十一人で登ってきた。


俺とアース・ガーディアンの五人。それから炎鬼の五人。


昨日担架で運ばれていた壬生さんのパーティの僧侶も、普通に歩いている。顔色は悪いが、治癒班が徹夜で診てくれたらしい。


彼らの装備は俺がインベントリに入れていても良かったのだが、途中でモンスターに襲われてもその時渡すことはできない。だから結局全員、装備は自分で担いでいた。


「ここだ」


壬生さんが、ある岩山の裂け目、二十メートル手前で足を止めた。高さは五メートルほど。洞窟のようにぽっかりと口を開けている。


俺は上を見上げた。裂け目の山を越えた向こう側、黒い幹がそこから空へ伸びている。この裂け目を通っていけば間違いなく、大禍樹のところへ到着するだろう。


幹の根元の太さは、この距離だと端が見えないほど大きい。


そして岩肌には幹から伸びる根が、岩の斜面を掴んで、そこらじゅうの地面に食い込んでいた。まるで赤黒い根が、山を握りつぶすみたいだった。


「……あれ、ダンジョンですか」

「そうだ」


俺は裂け目を指差すと、壬生さんが答えた。


「この火山そのものが、解放型ダンジョンだ」

「火山がですか」

「そこに、あの樹が寄生している」


俺は幹と根を見て、言われたことを解釈してみようとした。無理だ、スケールが大きすぎる。


「そんなこと、あるんですか」

「わからねぇんだ」


答えたのは鬼頭だった。


「解放型のことは、まだ大してわかってねぇ。過去に四例しかない。データもほとんど残ってねぇんだ」

「はあ」


「わかってんのは、地上の何かがそのままダンジョンになって、そこにでかいのが住み着く。そういう事例があったってことくらいだ」

「それだけですか」

「それだけだ」


なんというか……これから入る場所について、誰も何も知らないというのは、かなり嫌な気分だった。



 ◇



裂け目の中には瘤がそこら中に張り巡らされていた。


大人の頭ほどの、褐色の球体。表面が張り詰めていててらてらと光っている。


岩肌に生(な)っているというより、岩肌を這(は)う根から直接、瘤のように膨らんでいる。


数はざっと見て五十以上。裂け目の入口と中の周囲を、びっしりと覆っていた。


「蜜瘤だ」


アース・ガーディアンの魔法使いの人が言った。


「熟すと落ちて、這って寄ってきます。限界まで膨らむと破裂して、樹液を撒く」

「樹液ですか」

「二百度を超えるそうです。防具ごと溶けます」


俺は瘤の一つを見た。ぱんぱんに張っている。


「これ、もう熟してませんか」

「熟してます」

「気をつけろ。狭間君。たぶん近づけば落ちてくる。前に一度試して、二人火傷を負った」


鬼頭も注意を促す。


「だから、遠距離から潰すしかねぇ。だが数が多すぎるんだ。一つ潰せば連鎖で全部破裂して、入口が樹液でいっぱいだ」


なるほど。つまり、「一度」に「全部」を、破裂させずに片付ける必要がある。


「……ちょっと下がっててもらえますか」


俺は前に出た。


「狭間君」

「大丈夫です。触らずに済ませます」


ヴィヴィアンを抜く。ロックで空間を掴んで、感覚を伸ばす。


裂け目の周囲、半径二十メートル。岩肌に張り付いた瘤の一つ一つを頭の中に並べる。


<空間掌握>——五十三個。全部の位置を把握した。


「ディバイド(空間断絶)」


音はしない。五十三個の瘤の付け根に、同時に線が走った。


ぷつん、と。瘤が根から切り離された。


「あ」


落ちる。だが破裂しない。


俺はロックで空間を張って、落ちてくる瘤を全部宙で受け止めた。五十三個が岩肌の前に浮かんでいる。


「「「「……は?」」」」


「……破裂しないんですか」

「衝撃を与えなければ、まだ大丈夫みたいですね」


そのままそっと地面に下ろした。一つも割れなかった。


「回収せよ! 下僕! 回収せよ!」


ボンっと実体化したヴィヴィが、俺の背中をばしばし叩いてくる。痛い痛い。


「それはデザートじゃ! 破ってはならん! そーっとじゃ! そーっと!」

「わかってる」


俺はインベントリを開いて五十三個をまとめて放り込んだ。


「よくやった下僕! 褒めて遣わす!」

「後にしろ」


顔を上げると十人が全員こっちを見ていた。鬼頭が額に手を当てている。


「……お前、あれか。何しに来たんだ」

「攻略に来ました」


「食材集めに来たんじゃねぇのか」

「両方です」


嘘はついていない。



 ◇



裂け目をくぐった。


隊列について、先頭は壬生さん。次に俺。後ろに残りの九人。


中は暗かったが、真っ暗ではない。ダンジョンになったためか、壁がぼんやりと赤く光っている。


正確には岩の隙間から光が漏れている。ひび割れの奥が、熾火みたいに赤い。


「これは根か」

「熱いな」


炎鬼の盾剣士が言った。たしかに暑い。じっとりと肌が湿ってくる。


ここは火山だ。幹に到達するほど火山が近くなる。当たり前か。


道は下っているようで上ってもいた。うねりながら、緩やかに奥へ続いている。


十分ほど歩くと、唐突に道が終わった。正確には道の先が急に開けた。


「——」


壬生さんが足を止めた。俺も止まった。全員が止まらざるを得なかった。



 ◇



でかい、空洞だった。天井が見えない。見上げると、赤い光が上へ上へと続いていて、その先が闇に溶けている。


壁は木だった。岩ではなく、年輪のような層が幾重にも重なって壁を作っている。


そしてその壁が湾曲していた。円筒だ。


「……幹の、中か」


壬生さんが呟いた。そうか。俺たちは今、大禍樹の内側にいる。


外から見上げた、あの二千メートルの幹。その中身が空っぽだったということだ。


壁のあちこちに、瘤や実のようなものが生っていた。小さいものから、大きいものまで。中には黒く硬化した殻に覆われた見覚えのある形もある。


熾実だ。まだ実の状態で壁に生っている。


「……ここで生まれるんですね」

「そのようだな」


「ここには来ていなかったんですか」

「——入口の裂け目に、熾実がいた」


壬生さんが来た道のほうを振り返った。


「二体だ。狭い通路に居座っていて後ろがつかえて誰も入れん。倒そうとしたが殻の防御を破れなかった」


昨日、俺が基地で土嚢を積んでいた頃、この人たちはあそこで熾実と睨み合っていたのか。


「今日はいなかったな」


鬼頭が言った。


「昨日はあそこを塞いでたのに、今日は蜜瘤だけだ」

「……移動したんじゃないですかね」


「移動?」

「今朝、俺が斬ったやつが基地に一体来ました」

「……」

「もう一体がどこにいるかはわかりませんが……、もしかしたら中にいるのかも」


そんなの誰にもわからない。


「索敵、頼む」


壬生さんが、後ろにいるアース・ガーディアンの盗賊さんに声をかけた。


小柄な人だ。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。地面に片手をついて目を閉じた。


しばらくそのまま動かない。十人が黙って待っている。


「……上には、何もありません」

「何?」


「この筒、ずっと上まで続いてます。二千メートル。でも、途中から実が減って、上のほうは空です」

「じゃあ、登る意味はないのか」

「ないと思います」


盗賊さんが、今度は反対を指した。


「下です。この空洞に底があります。そこからさらに下に、空間が広がってる。……かなり深い」


壬生さんが眉を寄せた。


「どのくらいだ」

「わかりません。感覚が届く限界まで、続いてます」


炎鬼の魔法使いが口を開いた。


「下って……この山、火山ですよ」

「そうだな」

「下に行けば行くほど、マグマに近づきます」


そんなこと、言われるまでもない。


さっきから足の裏が熱い。壁のひび割れから漏れる赤い光も下へ行くほど明るくなっている。


俺たちは今、燃えている山の内側にいて、これからそこへ降りようとしている。


「狂気の沙汰だな」


鬼頭が吐き捨てた。


「ああ」


壬生さんも否定しなかった。



 ◇



ボンっ。


「下じゃ!」


ヴィヴィが実体化して、地面を指差した。


「下に、美味いヤツの匂いがするのじゃ!」

「……お前な」

「山ほどおるぞい! 下にたくさん! ずーっとしておる、いい匂いが!」


十人の視線が一斉にヴィヴィに向いた。そして俺に向いた。——説明が必要な空気だ。


「……こいつ、ヴィヴィは食えるモンスターの匂いがわかるんです」

「食えるモンスターの、ということは」


「はい」

「下に熾実が大量にいるということか」

「そうなりますね」


盗賊さんが小さくうなずいた。


「……ええ。数は多いです。下に、密集してます」

「集まってるってことは、守ってるものがあるんじゃないですか」


「……本体か」

「たぶん」


沈黙が落ちた。天井の見えない筒の中で十一人が黙っている。


やがて壬生さんが息を吐いた。


「行くしかないな」

「マグマの上にか?」


鬼頭が言った。


「他に案があるか」

「……ねぇよ」


鬼頭が刀の柄を握り直した。


「あの樹はあと二日で本土に根が届く。ここで引いたら次は東卿(とうきょう)だ」



 ◇



何分歩いただろう。十分、いや二十分、太い、らせん状になっている蔦を下りる。ようやくついた空洞の底は——広い。


さっきの空洞よりさらに広い。


天井が高く、ドーム状になっている。床がどこまでも続いている。まるで東卿ドームのようだ。


壁は見えない。赤い光がゆらゆらと動いていて、影が伸びたり縮んだりしている。


そして正面。奥のほうに何かがあった。


大きい。


床から生えている。木の根が絡み合ってできた巨大な塊だ。


その中心が、赤く光を放ちながら、脈動していた。


——どくん。

——どくん。

——どくん。


「……心臓、か?」


規則正しく、ゆっくりと、床を震わせながら。俺の足の裏にその振動が伝わってくる。


「……人?」


その塊の前に影が立っていた。人の形をしている。


だが、人ではない。


腕が長い。異様に長い。それが蔦のようにうねっている。


頭の上に、何かが咲いていた。


花だ。


影がゆっくりとこちらを向いた。


 

=========================

岩の裂け目と空洞のイメージはセンターオブジアース!


 

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