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第44飯 「なぜだぁぁぁあぁ!」


人の形をした影がこちらを向いた。


女、いや女の形をしたものだ。


背丈は三メートルほどで、なんと全身が木でできている。細い蔦が幾重にも撚り合わさって胴を作り、腰から下は根になって床へ溶け込んでいた。


長い腕。指の先が枝分かれして、その一本一本がゆらゆらと空を撫でている。


顔は雪のように白い。木肌がそこだけ滑らかになっていて、人の顔の形をしていた。目と口と鼻、表情がある。


そして、頭上に桃色の花が咲いていた。


——どくん。背後で赤い塊が脈打つ。


「あぁぁぁぁぁ——あらまぁ」


高く、よく通る、機嫌のいい声がした。


「よぉくぞ参った、人間ども——」


「……」


「ずいぶん待たされたのう。二日じゃぞ——。二日も入口でうろうろしおって」


女が長い腕を広げた。


「じゃから、番の実をどけてやったのじゃ。——褒めてたもれ」

「……どけた?」


壬生さんが唸った。


「入口の熾実を、お前が」

「そうじゃ」


女が笑った。


「あのままでは、そなたらは永遠に入ってこられぬからのう。それでは、つまらんからな」


その言葉に、全員の空気が変わったのがわかった。


「お前は……、なんだ」


「わらわはハ(・)マ(・)ド(・)リ(・)ュ(・)ア(・)ス(・)」


女が名乗った。


「この核(ちから)の管理者じゃ」


背後の塊を腕で示す。赤く脈打つ、根の絡まった巨大な心臓。


「そなたらが騒いでおる、この樹をご存知か? 天高く伸びる、あれじゃ」


ハマドリュアスは指を一本たてて、上を指した。


「……大禍樹」

「そう大禍樹。よい名じゃ。物々しくて、わらわは気に入ったぞ」


ハマドリュアスがくすくすと笑った。


「あれはな、この核が育てておるのじゃ」


——どくん。再び核が脈打つ。


俺たちの足元を通じて壁、天井、木々の隙間から一斉に赤い光が漏れた。


「この下に、燃える海があろう。あれの熱を核が吸うておる。吸うて、力(ちから)に変えておるのじゃ。だから大禍樹は伸びる。伸びて伸びて、それはもう——」


ハマドリュアスは感極まったようにうっとりする。


無限のエネルギー源。だから一時間に二十六メートルなんて成長ができるのか。


「おまえはなぜここにいる」


壬生さんが問いかける。


「わらわも知らぬ」

「……知らない?」

「気づいたときには、ここにおった」


ハマドリュアスが、面倒くさそうに肩をすくめた。


「五十年ほど前かのう。世界に裂け目が入った。そこを通って、種が落ちた。わらわはその種から生まれた」


五十年前。ダンジョンが世界中に現れた年だ。


「裂け目に種が偶然落ちたのか、はたまた誰かが落としたのか。わらわは知らぬし、興味もない」

「……」

「わらわは核を守り、樹を育てる。それがわらわの役目じゃ」


そこでハマドリュアスの目が細くなった。


「そして——そなたらは、それを邪魔しに来た」



 ◇



床が動いた。無数の瘤が、地面を割って盛り上がってくる。


瘤が一斉に割れる。中から転がり出てきたのは棘の球体、毬火だ。数は五十以上、——数えきれない。


そして壁が割れ、黒い塊の熾実が身を起こす。数は五体。ずんぐりした巨体がこちらへ向き直った。


「さぁ我が子らよ。——遊んでやれ」


まるで犬をけしかけるみたいにハマドリュアスが手を振った。


「散開!」


壬生さんが叫ぶ。


「アース・ガーディアン、左! 炎鬼、右! 狭間君は中央を頼む!」

「はい!」


俺は転がってくる毬火の前に出た。


ロック。空間を固めて壁を作る。突っ込んできた球体が次々にぶつかって止まった。


ショック。空間をまとめて揺らす。破裂音が連続して、棘の球体が粉々に砕けた。


『回収せよ! 下僕!』

「無理だ! 砕けた!」

『なんと!』


背中が軽いなと感じていたが、いつの間にかヴィヴィは実体化を解いていた。


「アース・ピラー!」


壬生さんが床を大槌でたたく。床が隆起して岩の柱が林立する。毬火の進路が遮られて、球体が柱にぶつかって跳ね返る。


その隙にアース・ガーディアンの剣士と盗賊さんが飛び込んで、一つずつ潰していく。


僧侶と魔法使いは後ろで支援。やはりAランクパーティの戦い方はうまい。連携が段違いだ。


問題は。


「熾実が来る!」


炎鬼の盾剣士が叫んだ。


四メートルの巨体が五体。こちらへ歩いてくる。


「どけ!」


赤い髪の鬼頭が熾実にむかって走る。刀を抜きながら、真っ直ぐ熾実へ突っ込んでいく。


「鬼頭! 硬さは昨日と同じだぞ!」

「わかってんだよ!」


刀身が紅く灼け、白く輝いた。


「……あ?」


鬼頭自身が驚いた声を出した。一瞬止まって、それから刀を振り上げた。


「——帝釈焱天(たいしゃくえんてん)!」


炎の柱が天井へ向かって立ち上った。熱波が押し寄せてくる。ロックの膜越しでも、肌がひりつく。


五体の熾実がその中に飲み込まれた。


数秒後、炎が晴れる。——何も残っていなかった。


黒い殻ごと跡形もなく、床に焦げた輪だけが残っている。


「……は? なんだこりゃ」


鬼頭が自分の刀を見た。


俺は床の亀裂を見た。赤い光。その下の、燃える海。


「鬼頭さん」

「あ?」

「ここ、マグマの真上ですよね」


「……火属性が、増幅されてんのか」

「たぶん」


炎の魔剣が炎の海の上にいる。そりゃ、強くなるに決まっている。


「ハッ、上等だ」


刀を担ぎ直して、今度は正面を向く。


ハマドリュアス。


「テメェも焼いてやるよ」

「よいのう」


ハマドリュアスは、動かなかった。


腕を組んで、その場に立ったまま。


「やってみせよ」



 ◇



鬼頭が跳ぶ。白く輝く刃が、上段から振り下ろされる。


「帝釈焱天!」


二度目の炎柱。さっき五体の熾実を消したのと、同じ威力。


ハマドリュアスが炎に包まれた。蔦が溶けている。


十秒。ハマドリュアスは、腕を組んだままそこに立っていた。


「……うそだろ」

「あら、終わりかえ?」


ハマドリュアスがくすくすと笑った。


「なかなか熱かったぞ。褒めてやろう」

「テメェ……」

「わらわは、その実らより強いからの」


彼女が長い腕を上げ、軽く振った。


枝分かれした指先が、鞭のようにしなり鬼頭を吹き飛ばした。


「鬼頭!」


十数メートル横に飛んで、岩壁に叩きつけられる。轟音。


「鬼頭さん!」


炎鬼の僧侶が走った。


「息はあります! でも肋(あばら)が——!」

「下がらせろ!」


壬生さんが叫んだ。あれでAランクが一撃で戦闘不能だと。こいつ硬いだけじゃない。強い。


「さて」


ハマドリュアスが、腕を下ろした。


「そこな大男。次はそなたか?」


壬生さんが大槌を構えたが動けなかった。今の一撃を見て、突っ込める人間はいない。


「ふふふ——いいのぅ。わらわはとても気分がいい」


ハマドリュアスが笑った。


「よいことを教えてやろう」


長い腕が背後の核を指した。


「わらわを殺したくば、まずあれを壊すことじゃ」

「……なに?」

「わらわは、あの核から力を貰うておる。あれが失われれば、わらわは枯れる。それが唯一の道じゃ」


なぜ喋る。自分の弱点をペラペラとひけらかした。


「じゃがな、あれは、わらわより硬いぞ」


ハマドリュアスの目が、細く笑った。


「そなたら、下の海の熱を知っておるか。そなたらの言葉で千度か、二千度か。あれに浸かって、わらわは平気じゃ。焼けもせぬし溶けもせぬ」


——自慢だ。こいつ、自慢しているんだ。


「つまりわらわはこの世界で最も硬い。そうであろう? そなたらの世界にわらわより硬いものがあるか」


誰も答えなかった。たぶん、ない。


「そして核はわらわより硬い」


ハマドリュアスが両腕を広げた。


「つまり、わらわは死なぬ。永遠にな」


高笑いが、ドームの天井に反響した。


「さあ、どうする? 挑んでみせよ! わらわはここを動かぬ! 一歩も動かず、そなたらの足掻きを見物してくれるわ!」


——ああ。そういうことか。俺は唐突に理解した。


こいつが入口を空けた理由。俺たちをここまで通した理由。


見せたかったんだ。自分が絶対に負けないところを。


——となると。俺は前に出た。


「狭間君」


壬生さんが手を伸ばしかけて、止まった。


「……何をする気だ」

「核を壊してきます」


俺は歩いた。毬火の残骸を踏み越えてまっすぐ核へ向かう。


ハマドリュアスが、俺を見た。


「なんじゃ、そなた」


品定めするみたいな目だ。


「小さいのう。装備も薄い。魔力も……ふむちょっと多いことは多いが」


特段、脅威に思わなかったのか、彼女は俺を止めなかった。むしろ止める必要を感じていないと判断したのか。


「まあよい。よくぞわらわの前に来た。試すがよかろう」


腕を組み直した。たぶん核は絶対に破壊されない。絶対の自信があるのだろう。


「さぁ試せ! そして、見せてくれ。おぬしが絶望する顔を! ああどんな顔をしてくれる!? 楽しみでしかたがない!」


俺は核の前で立ち止まった。近くで見ると結構でかいな。迫力がある。


根が幾重にも絡み合って、中心の赤い光を包み込んでいる。


——どくん。


脈打つたびに、熱が押し寄せてくる。


「見よ! 人間が挑むぞ! 刻んでやろう! そなたの敗北を!」


うるさいやつだ。さっきからずっとこの世界で最も硬いと自慢している。そんなに自慢なのかねぇ。硬いって。


魔王剣ヴィヴィアンを抜いた。


「ディバイド(空間断絶)」


音はしなかった。



 ◇



核に線が走った。


縦に、横に、斜めに。格子状に。一拍置いて、ずるり、とずれた。


崩れた。


十メートルの塊が、賽の目に切られて、その場に崩落した。


どさどさどさ、と根の立方体が積み重なる。


中心の赤い光が、こぼれて、散って——消えた。


脈動が止まった。


しん、と。ドームが、静まり返った。



 ◇



いやかすかにマグマの流動する音が聞こえる。そういえばここは火口だった。


壬生さんが大槌を持ったまま固まっている。


アース・ガーディアンの盗賊さんが口を開けている。


炎鬼の僧侶が鬼頭を支えたまま止まっている。


その鬼頭が岩壁にもたれたままこっちを見ていた。


「……は?」


誰かが言った。


「は?」


もう一人が言った。


そして。


「…………は?」


ハマドリュアスの声だった。


彼女は崩れた核を見ていた。


見て俺を見た。


もう一度、核を見た。


長い腕がだらりと下がった。


「な」


木肌の顔が、歪んだ。


「な、な、な、な、な」


一歩、前に出る。


根が床から抜けて、ずるりと引きずられる。


「なななななななな——」


崩れた核に手を伸ばした。


触れる。


崩れる。


もう——脈打たない。


「なぜだぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」


絶叫が、ドームを揺らした。


「なぜじゃ! なぜ壊れた! あれは! あれはわらわより硬いはずじゃ! この世界のどんな刃も通らぬ! 通らぬはずじゃ!」


「硬さは関係ない」

「はぁ!?」


俺は剣を鞘に納めた。


「空間ごと切った。中身が何であっても、そこにあったものは切れる」

「……く、空間?」

「……」

「空間を……切る?」


——ハマドリュアスが口をぱくぱくさせた。


「そんな、そんなものが、この世界に」


あるんだよな。


「あ」


「あ、あ、あ」


ハマドリュアスの体が震え始めた。震えて——縮んでいる。


みずみずしかった蔦がしなびていく。腕が細くなる。頭上の花が、色を失ってはらはらと散った。


「力が……わらわの、力が」


三メートルあった体が、二メートルを切っていた。


「そんな……わらわは……不死のはずじゃ……」


床に手をついたその姿を、俺は黙って見ていた。


止めを刺すべきか少し考えた。もう脅威じゃない。放っておいても死ぬだろう。


「壬生さん。撤収しましょう」

「……ああ」


壬生さんが我に返った。


「全員、負傷者を連れて——」


「く」


「く、く、く」


ハマドリュアスが、しなびた顔で床に手をついたまま笑っていた。


「くくく……はははは……」

「……なんだ?」

「そなたら、何をしたかわかっておらぬな?」


彼女が顔を上げた。


「核が、失われた」


「管理者と核。両方あって、初めてあの樹は制御される。片方が欠ければ——」


ハマドリュアスの口が、裂けるように笑った。


「暴走するのじゃ」


——ッズン!!


床が大きく揺れた。



 ◇



地鳴りがした。樹全体が鳴っている。


頭上の空洞からみしみしと軋む音が降ってくる。二千メートルの幹が、内側から悲鳴を上げている音だ。


「な、なんだ!?」


炎鬼の魔法使いが叫んだ。


「大禍樹は、火の海の熱を吸うておる」


ハマドリュアスが狂ったような顔で笑っている。


「その熱を、成長に変えておったのは核じゃ。核がなければ熱の行き場がない」


彼女が床を指した。


「戻るのじゃ。下へ。全部な」

「戻る……?」

「あの燃える海に、樹が吸った大量の熱が一度に叩き返される。どうなると思う?」


——ズン!


もう一度、大きく揺れた。天井から、木片が落ちてくる。


壬生さんの顔から、血の気が引いた。


「……噴火するのか!?」


「そうじゃ!」


ハマドリュアスが哄笑した。


「この島は吹き飛ぶ! 海の底までな! そなたらも、そなたらの住処も、みな仲良く灰じゃ!」


床が割れ、亀裂が走る。


その底から。


赤いものが、迫り上がってきた。


 

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マグマ映画は大好きです。


 

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