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第42飯 「うめぇじゃねえかよ」(後編)


炊事班のテントに交渉に行った。


「いやいやいや、予定にない調理は無理ですよ」


炊事班長は五十絡みの男で味園(あじその)さんという。鍋の前で頭を抱えていた。


「——でもね食材はあるんです。本土から山ほど届いてます」

「あるんですか」

「そのかわり、主菜がない。肉が全然足りてない。届いた分は昨日の夜で使い切りました」


疲れた顔をしていた。


「そのうえ下拵えの人手がないんです。うちは四人しかいない。三百人分の根菜を刻むのに、何時間かかると思います?」


俺は外に置いてきた黒い山のほうを指差した。


「食材、持ってきました」

「は?」

「あと、刻むのは俺がやります」

「は?」


テーブルを外に出してもらった。大型の折りたたみ台を三つ並べて、その上に食材を積み上げる。


大根。人参。ごぼう。こんにゃく。長ねぎ。里芋。


そして、熾実の白い部分。殻から剥がして、ブロックのまま置かれた。


炊事班の四人が、警戒した顔で見ている。周囲には野次馬が増えていた。三十人くらいいる。


俺は風魔槍ゲイボルグを地面に突き立てて、台の前に立って手を合わせた。


「みなさん、食材には触らないでくださいね」

「え?」

「空間掌握(くうかんしょうあく)、無辺刃獄ミ(・)ニ(・)」


台の上、各食材が浮き上がりロック(空間固定)により球状に固定された。


各球、直径三十センチ。フルーツバスケットの時と全く同じで台上に、二十個ほど並んで浮かんだ


その中で極小の刃の嵐が発生する。大根が、人参が、ごぼうが、熾実の肉が、球の内側でゆっくりと回転しながら——崩れていく。


大根はいちょう切りに。人参は乱切りに。ごぼうはささがきに。こんにゃくは手でちぎったような不定形に。


熾実の肉は、一口大の角切りに。刃の一枚一枚に、俺は形を指定している。


約十秒。球が消え、台の上に種類ごとにきれいに分かれた食材の山が残った。


「……」


炊事班長が、口を開けたまま動かない。


野次馬から、誰かの声が漏れた。


「……あの人、さっき似たような技で熾実バラしてなかったか」

「してた」


「同じ技で野菜切ってる」

「してるな」


まあ、そうなんだが。用途が広いんだよ、この魔法。


「班長さん。あとは煮るだけです」

「……あ、はい」

「味噌、どこにあります?」



 ◇



大鍋を四台使い、まずごま油を引き、強火で熾実の肉を炒めた。


じゅうう、と音がして脂が溶け出す。これに関しては人力だ。周囲の探索者にも手伝ってもらった。


いや、すごいな熾実の肉。脂が出るのか。


白かった肉がみるみる色づいていく。表面が焼き固まってきつね色になる。


そして立ち上る匂い。


「うわ」

「やべぇ」

「腹減った」


炊事班長がのけぞった。甘い。焼けた脂と、栗みたいな甘さと、それを追いかけてくる香ばしさ。


「なんですかこれ、どうしてこんな」


匂いだけで腹が鳴る。野次馬がさらに増えていた。


根菜を投入。だしを注ぐ。煮立ったら灰汁を取って、火を弱める。


十分。


味噌を溶いた。湯気が、白く立ち上る。


そこに、ねぎを散らした。


「……できました。三百人分の豚汁です」


いや——豚じゃないんだけどね。



 ◇



「むほほほほーーーーーー。ようやったぞ、下僕! ほめて遣わす!」


最初の一杯は、当然わしだといわんばかりに飛んできたので、文句を言われる前に渡した。


椀を両手で受け取って、ふうふうと吹いて口をつける。


こくり。


動きが止まる。


「……」

「どうだ」

「——ぬあああああああああっ!」


ヴィヴィが仰け反った。椀の中身がこぼれそうになって慌てて支える。


「うまい! うまいのじゃ下僕!」

「よかったな」


「この汁! この汁がな! しみるのじゃ! 腹の底に、じわーっと!」

「わかったから、こぼすなよ」


「肉! この肉! 噛むと汁が出るのじゃ! 甘い! それでいてしょっぱい! 味噌がな! 味噌が全部まとめておるのじゃ!」

「語彙」

「うまいのじゃーーーー!」


その絶叫が、合図になった。


「お、できたのか」

「はらが減っちまったよ」

「短剣ニキの料理だってよ」

「おー、生で食べられるのか」


ぞろぞろと列ができた。


炊事班が椀を配る。俺は鍋の前でひたすら注いでいる。腕が痛いんだが?


「はい、次」

「あ、どうも」


受け取った探索者が、その場で一口すする。


「——うっま」

「え、なにこれ」

「やべぇ、やべえって」


「肉、これ肉だろ。何の肉?」

「さっきのモンスター」

「嘘だろ!?」


そういう声が、あちこちで上がっていた。俺も一杯もらうか。


椀を両手で持つと、それだけで手のひらが温まる。


口をつける。


まず、味噌の香り。だしの効いた汁が、喉を落ちていく。熱い。


具を食べる。大根はくたくたに煮えていて、噛むと汁を吐き出した。ごぼうが香る。


そして肉。繊維がほろりとほどけて、脂と甘みが一気に広がった。


味噌が全てを受け止めている。


「……はぁ」


背中が、じん、と温かい。昨日から俺は、飯らしい飯を食っていない。


しみる。こういうときの飯は、本当にしみる。



 ◇



「うまいな」


壬生さんが隣に立っていた。椀を持っている。二杯目らしい。


「これは、うまい」

「よかったです」

「体が動く。妙な話だが、疲れが引いていく気がする」


真壁さんも来ていた。眼鏡が湯気で曇っている。


「……おいしいですね」


拭いてかけ直しながら、少し困った顔をしていた。


「モンスターがこんなにおいしいとは。報告書にどう書けばいいのか」

「そのまま書けばいいんじゃないですか」


「協会が信じますかね」

「食わせればいいですよ」


真壁さんが初めて笑った気がした。



 ◇



鬼頭を見つけたのはそれからしばらくしてからだ。列には並ばず、テントの陰に立ってこっちを見ている。


近くにいた探索者が声をかけていた。


「鬼頭さん、食わないんすか」

「そうそう、うまいっすよ、これ」

「……」


「あ、いや、その」

「作ったの、あの人ですけど。うまいっすよ、マジで」


鬼頭は答えず、そのまま俺のところにきた。


「……一杯くれ」

「……はい、どうぞ」


——それから数分後、炊事場のテントの近くで、鬼頭は座って黙々と食っていた。


目が合った。鬼頭が、椀から口を離した。


「……へっ」


小さく鼻を鳴らす。


「うめぇじゃねえかよ」


それだけ言って、また黙って食い始めた。


飯をうまく食べるやつに悪い奴はいない。俺は何も言わなかった。



 ◇



——鍋が空になった頃には、基地の空気がすっかり変わっていた。


さっきまで死んだ顔をしていた探索者たちが、地面に座って腹をさすっている。


「あー、生き返る」

「なあ、明日もあれ食えんのかな」


「知らねぇけど、また倒せばいいんじゃね」

「それだ」


食い物一つで、こうも変わるものか。束の間の平和だな。


ヴィヴィは俺の横でまだ豚汁を食べている。


俺は空の鍋を洗いながら、そんなことを思っていると、壬生さんが俺のところにやってきた。


「狭間君、片付けの途中にすまない」

「はい、大丈夫です」


隣に真壁さんもいる。手をとめて二人を見る。


「少し話がある。熾実のことだ」


壬生さんと真壁さんはすぐに本題から入った。


「昨日、俺たちはあれを二体相手にして、どちらも倒せなかった。時間だけ使って撤退した」

「はい」

「幹の外殻も、あれと同じだ。俺の槌では割れん。鬼頭の炎でも焼き切れん」


壬生さんが、遠くの黒い幹を見た。


「今朝の計測で、二千百メートルを超えたそうだ」

「……」

「あと何体出るかもわからん。倒せないものが増え続けている」


そこまで言って、壬生さんがこちらを向いた。


「大禍樹は、早く倒したほうがいい」

「そうですね」

「だから、来てくれないか。攻略班に。俺たちと一緒に」


「私からもお願いします」


真壁さんが口を開いた。眼鏡の奥と目が合った。


「基地の補給体制は、だいぶ整いました。ゲートによる輸送も安定しています。物資は本土から途切れなく届く」

「はい」

「一昨日、私はあなたを後方に配置しました。ランクに基づく判断でした」


真壁さんが姿勢を正した。


「撤回します。熾実を倒せる攻撃手段を持っているのは、現時点であなただけです。攻略班にいていただいたほうがいい」

「……」

「これはランクによる判断ではありません」


断る理由がなかった。


「わかりました。行きます」



 ◇



「わしは行かんぞ! 下僕よ!」


ヴィヴィが両手を広げて立ちはだかった。


「なぜ行くのじゃ! ここにおれば豚汁が食えるじゃろが!」

「今ので全部なくなったぞ」


「また作ればよかろう!」

「材料がない」

「……!」


痛いところを突かれた顔をしている。


「じゃ、じゃがな、ここにおれば飯が来るのじゃ! 本土から! ゲートで!」

「まあ、来るけどな」

「あの樹に登ってどうする! 上に飯があるのか! ないじゃろが!」


今日はやけにしつこいな。おそらく飯がある所を動きたくないのだろう。


さて、どうしたものか。俺は腕を組み考える。


こいつを説得するのは、たぶん鬼頭を黙らせるより難しい。


……いや。待てよ。


「ヴィヴィ」

「なんじゃ」


「考えてみろ。あの豚汁の素材は、なんだった」

「熾実じゃろ」


「そうだな。じゃあ、熾実はどこから来た」

「……あの樹じゃな」

「そうだ」


俺は黒い幹を指差した。


「あの樹に登れば、熾実に山ほど会える」


ヴィヴィの動きが止まった。


「……ふむ」

「で、俺のインベントリは、最近けっこう入る」

「……ほう」

「熾実くらいなら何体でも入るぞ」


ヴィヴィの目がじわじわと見開かれていく。


「つまりだ」


俺は一拍置いた。


「大禍樹を倒した後も、豚汁が食い放題ってことだ」

「……!」


「攻略班に入ればな」

「——いく!」


ヴィヴィが跳びはねた。


「絶対に行くんじゃ! すぐいくんじゃ!」

「今すぐじゃないけどな」

「もたもたするな下僕よ! はよ登るのじゃ! はよ!」


俺の腕を掴んで、ぐいぐい引っ張っていく。


チョロいな。


「……なあ」

「なんじゃ!」


「お前、さっき絶対行かんって言ってたよな」

「わしは腹が減っておるのじゃ!」


答えになっていない。まあ、いつものことだ。


 

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「豚汁うめぇな……」

「お前もう意地張るのやめろ」


 

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