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第41飯 「うめぇじゃねえかよ」(前編)


それは朝の見回りの最中に来た。


基地の東側、俺が土嚢を積んでいたあたりから、少し下ったところ。地面が大きく揺れたことで気が付いた。


「来たぞー! 熾実(おきみ)だー!」


見張りの声が上がる。五十メートルほど先、木立をなぎ倒して、黒い塊が坂を上ってくる。


でかい。四メートルほどのずんぐりした胴に、短い手足のようなものがついている。全体が黒く硬化した殻に覆われていた。表面がでこぼこと隆起している。


ずんぐりむっくりした不格好な人の形に見えなくもない。そいつが一体、押しつぶすように基地へ向かって前進してきた。


そして周囲にはイガグリのモンスター毬火(まりび)を数十体以上、後ろに引き連れていた。頭上には翼実(よくじつ)の姿も見える。


「熾実の前に出るな! こいつは俺と鬼頭でやる!」


壬生さんは大槌の魔剣ニーベルン・ハンマーを担いで熾実へと向かう。その後ろから、赤い髪の侍Aランク、鬼頭も来た。


他の探索者たちは散開して毬火を迎え撃つ。俺は空からの翼実を相手取った。空中のモンスターは飛び道具をもつ魔法班と俺の役目だ。


「またこいつかよ!」


鬼頭が熾実に向かって舌打ちをした。


「壬生。こいつだ。こいつが昨日、俺たちを止めたヤツだ!」

「わかっている!」


壬生さんが足を止めて、大槌を振りかぶった。


「アース・ピラー!」


地面を叩く。ドン、と衝撃が走り、巨大な岩柱が連続して熾実へ突出する。熾実は巨体故に足を取られて思うように進めない。


そこへ鬼頭が跳んだ。鬼斬りの刀、童子切安綱が抜かれる。刀身が紅く染まる。


「焱獄(えんごく)」


炎の檻が熾実を包み込んだ。渦を巻いて、内側から焼き上げていく。


四層で酒呑童子がやったのと同じ技だ。


数秒。炎が晴れる。


——熾実は立っていた。


殻の表面が煤けている。しかし、Aランク二名の連撃が有効打にはなりえていない。


「……くそが」


鬼頭が着地して、刀を構え直した。


「攻撃が通らねぇ。硬すぎんだよこいつ」

「ああ、昨日と同じだ」


壬生さんがニーベルン・ハンマーを構えなおす。


「幹の外殻も、こいつと同じ材質だと思っている。俺の槌でも割れん。やっとのことで削っても、削った端から再生する」


なるほど。それで昨日、あの人たちは煤だらけで帰ってきたのか。


「ショック」


翼実をまとめて吹き飛ばした後、俺は攻めあぐねている壬生さんと鬼頭の少し前に飛びおりた。


「狭間君。下がれ、こいつは——」

「壬生さん」


俺は熾実を見上げた。大きく、硬い。攻撃が通らない。


「こいつの相手は俺がする」


俺は右手を上げた。



 ◇



ゴーレムがいた渋家ダンジョンを思い出す。硬い、防御が高い、有効打が得られない。こういったやつらの相手をするとき、俺はいつも同じことを考える。


硬いものを斬るには、もっと硬いものが要る。速く斬るには、もっと速い刃が要る。


俺の魔法はそこにない。空間そのものを切り離す。


物体の強度は関係ない。そこにある空間が断たれれば、そこにあったものも断たれる。


だから——魔剣ヴィヴィを振る。


「ディバイド(空間断絶)」


音は一切なく、熾実の巨体にいくつもの細い線が走った。


縦に。横に。斜めに。格子状の線が、全身に。


一拍置いて、ずるりとずれた。四メートルの巨体が賽の目に切られた豆腐みたいに、その場に崩れ落ちた。


どさどさどさ、と黒い立方体が積み重なる。


「……」


しん、と静まり返った。坂の下から上がってきた探索者たちが、全員止まっていた。


壬生さんが大槌を下ろした。鬼頭が口を半分開けたまま固まっている。


「……は?」

「硬いのは殻だけですね。俺のスキルは空間を切りさきます。殻の硬さは関係ありませんので」


——みんなの反応がない。


まぁそうか。昨日一日かけて倒せなかったものが、三秒で崩れたらそうなるか。



 ◇



ボンっ。


「腹が! 減ったのじゃーーー!」


いきなり実体化したヴィヴィが、俺の肩を蹴って飛び上がる。


「おい」


黒い立方体の山にまっしぐらにそのまま突っ込んでいった。


「おい、ヴィヴィ。危ないぞ、まだ何か——」

「下僕! これじゃ! これ!」


ヴィヴィが立方体の一つに抱きついていた。


「うまそうなのじゃ!」

「……は?」

「においがしておる! ずっと前からしておったのじゃ! 昨日から、ずーっと!」


そういえば、毬火を初めて見たときも同じことを言っていたな。


俺は近づいて、崩れた断面を覗き込む。黒い殻の内側に白いものが詰まっている。分厚くそして湯気が上がっていた。


「……湯気?」


指を近づける。熱い。生じゃない。


「これ、火が通ってるな」

「そうじゃ! そうなんじゃ!」


ヴィヴィは白い部分を両手でむしり取り、止める間もなくそのまま口へと放り込む。


はぐ。もぐもぐ。そして。


「——んまああああああああい!」


ヴィヴィが天を仰いだ。うるさい。


「狭間君」


止まらないヴィヴィを見ていると、壬生さんが後ろに来ていた。


「その子は、何を食べている」

「……モンスターですね」


「食えるのか」

「食えるみたいですね」


ガルーダやボアと同じ理屈か。若干グロテスクな見た目をしているが、俺は殻から白い部分をひとかけら引きはがした。


表面がわずかに焼き色をつけていて、指に脂がつく。植物なのに触った感じは肉みたいだな。


匂いを嗅ぐと甘い。だが甘ったるくはない。香ばしさが混ざっている。焼いた肉の匂いに近いが、それより澄んでいる。


思わず口に入れてしまった。


「……」


噛むと繊維がほどけてじわりと汁があふれ出てきた。濃い肉の味だ。豚に近く、それも脂の乗ったやつ。


だが後味が違う。獣くささがまるでない。


「……豚肉に似てるな」


飲み込むと喉を通った後も、胸のあたりが温かい。体に染みる感じがあった。


昨日から俺はおにぎりと携行食とあとはゼリー飲料しか口にしていない。正直に言う。美味い。


「壬生さん」

「なんだ」


得体のしれないものを食べる俺とヴィヴィを見て少し引いている。


「これ、滅茶苦茶美味いです」

「……食えるのか?」

「食えます」


壬生さんがおそるおそる俺の手からひとかけら受け取った。


しばらく見て、それから意を決して口に入れた。


「……なんだ、これは。美味いぞ」


気がつくと、周りに人が集まっていた。


「なあ、それ本当に食えんのか」

「モンスターだろ?」


「うまいのか」

「今のディバイドってやつ、なんだったんだ」


俺は黒い立方体の山を見た。四メートル級の熾実、一体。殻を除いても、白い部分がかなりの量ある。


「壬生さん……これ、何人分ありますかね」

「三百人はいけるんじゃないか」


「基地には何人いるんでしたっけ?」

「今、二百八十人ほどいる」

「じゃあ、ちょうどですね」

「……おい、まさか」


そう、そのまさかだ。



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本日は2話更新です。

長いのでいったんここで切ります。


 

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