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第40飯 「誰かを助けるのに理由がいりますか」


日が落ちた。前線基地に照明が灯り、テントの列が白く浮かび上がっている。


俺は基地の東側で、崩れかけた土嚢を積み直していた。


「狭間さん、資材まだありますか」

「ありますよ。何がいります?」


「単管パイプ、あと二十本ほど」


インベントリに手を突っ込んで、引き出す。三メートルの鉄パイプが、次々と地面に転がった。


「……何本でも出てきますね」

「まあ、入れてありますから」


夕方までに本土から持ってきた分だ。門を通して運ぶより、本土で一度準備された分を俺が一度本土に戻り、インベントリに納めて持ってくる。その方が効率的で早い。


避難列はだいぶ短くなっていた。具体的な数字は聞いていないが、港の様子でわかる。昼にはうねって街まで伸びていた列が、今は桟橋の手前で収まっている。ほぼ避難は完了した状態だ。


その代わり、基地は忙しくなった。


物資が流れ込み、人が増え、応急処置を終えた探索者が門をくぐって本土の病院へ運ばれていく。モンスターに昼夜の概念はない。


大禍樹は絶えずモンスターを生み出しており、基地を頻繁に襲ってきた。俺も補給の合間に討伐の対応をしており、正直息をつく暇もなかった。


俺は資材を出して、雑魚を潰して、また資材を出している。


ダンジョン攻略と違って、あまり戦っている実感はない。


上を見れば赤黒い幹が、夜空を貫いて立っていた。会議のとき、千八百四十メートルと言っていた。あれから八時間。


一時間で二十六メートル伸びるとして、約二百メートル。今は二千メートルを超えているはずだ。


『でっかいのー』

「……早く止めないとな」



 ◇



基地の北側、入口の方で騒がしくなった。


人が上がってきた。十人。ぞろぞろと足を引きずるようにして。


大禍樹の攻略班だ。


一人が担架で運ばれていた。壬生のパーティの誰かだ。僧侶らしき女性が横についている。


装備がひどいことになっていた。手持ちの盾がひしゃげている。鎧の胴が、何かに削り取られたみたいに抉れている。


そして全員が燃えたように黒く煤けていた。顔も、腕も、髪も。灰をかぶったみたいに黒い。


「……三番テントを空けろ! 治癒班!」


壬生の声が飛んだ。魔剣持ちのAランク、大柄な男が自身で担架の一端を担いでいる。


騒ぎを聞きつけて、基地のあちこちから人が出てきた。


俺も土嚢を置いて立ち上がった。誰も何も言わなかった。大禍樹の攻略はうまくいかなかったんだ。



 ◇



それから三十分ほどして、中央テントの近くで休憩している俺のほうへ、赤い髪をした男が歩いてきた。


鬼頭炎児。


煤で汚れたままだ。見たことのある刀を腰に提げて、まっすぐこっちに来る。


鬼頭は俺の目の前で止まった。


「……Aランクの鬼頭さんが、どうして俺のところへ?」

「基地の様子がかなり変わったな」


いきなりそれか。まぁわからないはずがない。避難民も少なくなったし、補充の人も絶え間なく来ている。


「避難民は減った。物資も揃ってる。医療も回ってる。半日でここまで変わった」

「はい」


「これはお前のせいだな。Bランク」


俺のおかげって言ってくれよ、赤髪さん。俺は土嚢の砂を手から払った。


「俺はBランクという名前じゃないです。狭間蓮です」


鬼頭の眉がわずかに動いた。俺を値踏みしていることがわかる。


「……知ってる。魔剣を数本持ってる新人探索者だろ」

「そうですが。で、俺に何の用です」


腰の刀に手を置き、有無を言わさない口調で俺に告げる。


「攻略班の火力が足りていない」

「はあ」


「お前の魔剣を寄越せ」


……なるほど。そう来たか。


「なぜです? あなたも魔剣を持ってる。壬生さんも魔剣を持っている。Aランクが二人いて火力が足りないわけないでしょう」

「聞こえなかったのか」


鬼頭の声が低くなった。


「もっと火力が必要だと言っている。それに、後方支援に魔剣があっても宝の持ち腐れだ。それは攻略班で使う」


周りに人が集まってきていた。


十人か十五人かが、作業の手を止めて遠巻きにこっちを見ている。



 ◇



俺は少し考えた。


前線に火力が要るのはわかる。あの樹を実際に見たから、あんなものを相手にするなら、火力はいくらあっても足りないだろう。


けれども。魔剣が大量にあったとして、それで攻略できるとは限らない。魔剣イコール火力とはならない。探索者の技量が必要だ。


そして、それはこの人自身がわかっているはずだ。Aランクなら魔剣だけあってもどうにもならないことくらい判断がつく。


鬼頭はわかっていて言っている。


ということは。俺が結果を出しているのが面白くないんだろう。


「お断りします」


はっきり言った。


「俺の魔剣は俺のものです。誰にも渡さない」

「……なんだと」


「それに、あなたもわかっているでしょう。魔剣があれば攻略できるという根拠にはならない」


俺は、鬼頭の持つ刀をあごで示した。


「少なくとも、今日、魔剣を持っていて攻略できなかったあなたが、その証明です」


空気が止まった。見物人の誰かが、息を呑んだのがわかった。


鬼頭の顔が、ゆっくりと赤くなっていく。


「お前……」


ゆらり。鬼頭が一歩、間合いを詰めてくる。


「誰に口をきいてるのかわかってんのか。俺はAランクだぞ」

「さあ、知りません」


俺は肩をすくめた。


「こちとら、最近Bランクになったばかりの新参なので」

「——いいだろう」


鬼頭が刀の柄に手をかけた。


「お前、こっちに来い。俺が誰だか教えてやる」

「お断りします」


「あ?」

「俺、こう見えて忙しいんです」


指を折って数えた。


「ヴィヴィに飯をやらないといけないし、ゲートも維持しないといけない。物資の補充も俺の仕事です。あと、基地も守らないといけない」

「……逃げるのか」


安い挑発だ。


俺は思わず笑いそうになって、口の端が上がるのを抑えられなかった。


「自分より弱い人からは、逃げませんよ」


鬼頭の目つきが変わった。——これは、まずいことを言ったかもしれない。ちょっと調子に乗りすぎた。


「そうだ」


俺は腰に手をやった。


「もし、俺の魔剣に触れることができたら、差し上げてもいいですよ」

「……何?」


鞘ごと引き抜いて、柄を鬼頭のほうに向けた。


魔王剣ヴィヴィアンだ。黒い鞘、装飾のない柄、何の変哲もない短剣に見える。


「ほら、触ってみたらどうです」


鬼頭が俺と剣を、交互に見た。罠だと思ったんだろう。数秒、動かなかった。


だが、周りには十数人が見ている。ここで引けないと思ったのだろうか、鬼頭の手が伸びた。


指が、柄に、——届かない。


「……は?」


鬼頭の指が、柄の手前で止まっていた。


握ろうとして、握れない。空気を掴んでいる。まるでそこに、見えないガラスが張ってあるみたいに。


ロック。柄の周囲十センチだけ空間を固定してある。


「ほら、掴めないでしょう」


俺は剣を持ったまま、動かなかった。


「つまり、俺はあなたより強いというわけです」

「ふざけるな……!」


鬼頭の全身から、熱が噴き出した。


赤い魔力。桜樹町ダンジョン四層で見た酒呑童子と同じ、渦を巻く赤のオーラだ。


夜の基地が一瞬だけ昼になった。見物人が数歩下がる。


鬼頭がもう一度、手を伸ばした。炎を纏った指はやはりつかめない。


ぎち、と嫌な音がした。空間が軋む音だ。鬼頭の腕が震え、力で押し込もうとしている。


へぇ、ロックを無理やり力で押し込もうとしている。これは酒呑童子でもできなかった。


俺は魔力をさらに足す。


「……っ」

「無理なようですね」


俺は剣を引いてインベントリにしまった。


「待て——」


「そこまでだ」


低い声が割って入った。



 ◇



Aランクパーティ、アース・ガーディアンのリーダー、壬生我聞だった。彼もまた魔剣持ち。


いつの間にかすぐ後ろに立っていた。あの体格で足音がしなかった。


「鬼頭。うまくいかなかったのは、俺たちの責任だ」

「壬生、お前——」


「魔剣が足りないからじゃない。俺たちの実力が届かなかった。それだけの話だ」


壬生は淡々としていた。責めてもいないし、庇ってもいない。


「それに、他の探索者から武器を取ろうとするな。それは立派な犯罪だぞ」


鬼頭が歯を鳴らした。


「……ちっ」


背を向ける。そこで俺は一つ思い出した。


「あ、そうそう」


鬼頭の足が止まる。


「俺は魔剣を集めてますけど、別に鬼頭さんの魔剣はいりませんよ」


インベントリに手を入れて引き出す。


黒鞘の太刀。柄に巻かれた組紐。祭壇で手にしたときと同じ、ずしりとした重さ。


鬼の意匠が基地の照明を受けて黒く光る。


「俺も持ってますので。童子切安綱を」


——ざわ、と周りが動いた。


「おい、あれ」

「鬼頭さんの刀と、同じじゃねぇか?」


鬼頭が振り返っていた。その顔から、赤みが引いていた。


俺の刀を見ている。そして、たぶん同じものだと理解した。


「……なん、で」


声がかすれ、さっきの低く強い声はそこにはなかった。


「お前が、なんで」


俺は答えなかった。


「クソっ……!」


鬼頭が拳を握った。


「だからなんなんだ、お前は後方だろうがよ!」


吐き捨てて、今度こそ歩き去っていった。



 ◇



見物人が散っていく。俺は刀を鞘に納めて、インベントリに戻した。


「悪かったな」


壬生が、まだそこにいた。


「あいつはああいう男だ。だが、腕は本物だ」

「知ってます。炎を見ました」


「見たのか」

「今日の昼に。死骸を焼いてるところを」


壬生がフフッ、と息を吐く。たぶん笑ったんだと思う。


「最近のBランクは威勢がいいな。しかし驚いた。俺は壬生我聞だ。アース・ガーディアンのリーダーをやってる」

「狭間蓮です」


壬生さんが差し出してきた右手に握手をする。


「知ってる。渋家ダンジョンでの君の配信を見た」


……ああ。


「アイドルを助けたやつだな。メガガルーダをソロで討伐とは恐れ入った。俺も渋家ダンジョンに入ったことはあるが、未討伐だ。俺は、あいつとは相性が悪くてな」


壬生さんは地属性の魔剣を使うらしい。背中の巨大ハンマーを見せてくれた。


確かに空を舞うメガガルーダとは相性が悪い。空を飛ぶ敵は対抗手段がないと厄介なのはどのパーティでも同じだな。


「狭間君、君は相当やるな。それがさっき確信に変わった」


壬生さんはさっき鬼頭が去っていった方を見る。基地の門のあるほうだ。


「そして半日で、島の状況をひっくり返した」

「……ゲートがあっただけです」


「そうじゃない。——君は門を作ったあと、ずっと動いてる」


土嚢と、鉄パイプと、資材の山を見ていた。討伐班の医療テントを見ていた。基地全体を見ていた。この人は今日までこの基地を支えてきた人だ。


「ゲートをつないであとは知らんと言うこともできた。誰も責めない。君は後方支援班で、Bランクだ。誰もそこまで期待していない」

「……」


「なぜ、そこまでする?」


なぜ、か。考えたことがなかった。


召集がかかったとき、俺は即答した。八千人という数字を聞いて、逃げ場のない島だと聞いて、それで行くと言った。


理由なんて後から探した。行かない理由を探すほうが面倒くさかった、とか。


でも、本当は。ダンジョンで人が死ぬ。誰かの家族が帰ってこなくなる。


あんな思いを、誰かがまたするのかと思うと。——それは、とても、嫌だった。


それだけだ。


「誰かを助けるのに理由がいりますか」


「……いや」


大きな手が伸びてきて俺の肩を叩いた。重い。


「いらんな」


そう言って壬生さんは担架の運ばれていったテントのほうへ歩いていった。



 ◇



『下僕ぅ』


腰のあたりから低い声がした。


ボンっ、と音がして、ヴィヴィが実体化した。


腕を組んで、仁王立ちしている。


「わしを、渡そうとしたな?」


「してないしてない。渡すつもりはなかったって」


「そうだとしても!」


ごすっ。


「痛っ」


脛を蹴られた。地味に痛い。


「わしが、他のヤツに、渡ってしまうかもしれんじゃろうが!」


ごす。ごす。


「痛い痛い、悪かったって」


「もう!」


ごす。


「二度と!」


ごす。


「わしを!」


ごす。


「他のヤツに!」


ごす。


「渡すな!」


ごすっ。


「わかったわかった! 絶対渡さないって!」


ヴィヴィが足を止めた。腕を組み直して、ふん、と鼻を鳴らす。


「フフン。わかればいいのじゃ」


俺は脛をさすった。


蹴られた場所が、じんじんしている。


「……おまえ」

「なんじゃ」


「他のやつのところに行くの、嫌なのか」


ヴィヴィが、きょとんとした顔をした。


それから、当たり前だろうという顔で言った。


「他のヤツのところじゃ、美味い飯が食えんじゃろが!」


「……ああ、そう」


そういうやつだった。



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この話のタイトルが!私が最もつけたかったタイトルです!

(世代がわかってしまうやつ)


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― 新着の感想 ―
おはようございます。 今回のサブタイトル、なんか見たことあるような……と思ってましたが。ファイナルファンタジ○Ⅸの主人公・ジタ○が似たり寄ったりのこと言ってましたね。
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