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第39飯 「証明しますので、ちょっと来てもらえますか」


作戦会議は基地の中央に張られた大型テントで行われた。


一次と二次の招集で集まった探索者三百人近くが詰め込まれている。座れる者は少なく、ほとんどが立ったままだ。俺は後ろの端のほうに紛れ込んだ。


正面に白いシャツを腕まくりした男が立っていた。


年は四十くらいか。細身で眼鏡をかけていた。手にタブレットを一枚だけ持っている。


「協会本部、災害対応課の真壁(まかべ)です。本作戦の現地指揮を執ります」


拡声器を使って大きく声が通る。


「時間がないので、要点だけ話します」


前置きはそれだけだった。背後のスクリーンにあの黒い樹が映った。



 ◇



「対象は、大土島火口に出現した樹状の構造体。協会は暫定的に大禍樹(たいかじゅ)と呼称しています」


大禍樹。名前がついたのか。


「高さは、本日十時の計測で千八百四十メートル」


探索者からざわめきが起きた。そうだろうな、実際に数値にされるとかなり大きく感じる。


「昨日十時の計測が千二百十メートルです」


——ざわめきが大きくなった。


「二十四時間で、六百三十メートル伸びています。単純計算で、一時間あたり二十六メートル」


成長が思ったより早い。一時間で二十六メートル。つまりビル八階くらい。


「加えて、地下です」


スクリーンが切り替わる。断面図のような、模式的な絵になった。島の下に、根が広がっている。


「根が島の地下を掌握しています。深度は不明。そして——南西方向、海底に向けて伸長しているのが確認されました」

「海底」


誰かが声を上げた。


「本土までの距離、およそ百八十キロ。現在の伸長速度から推定して、根の到達は——」


真壁が一度だけ、言葉を切った。


「約三日後です」


テントの中が静まり返った。


三日。三日であれが本土にやってくる。


「これは、あくまで根の到達です。根が届いた先で何が起きるかは、わかっていません。ですが」


真壁がタブレットを下ろした。


「島の話ではなくなる、とだけ申し上げておきます」


探索者たちからは、ざわめきさえもなくなった。



 ◇



「次に実生体について」


スクリーンに、四種類の絵が並んだ。


「実生体(みしょうたい)。大禍樹の実から生じる個体の総称です。協会が便宜的に命名しました」


順に映る。


「毬火(まりび)。直径五十センチから一メートル。棘を逆立てて斜面を転がり突進します。単体の脅威度は低い。ですが、常時数百体が島中に散っています」


あのイガグリだ。


「翼実(よくじつ)。滑空型。羽根の縁が刃状で、上空から人を狙います。海上の船舶への被害も出ています」


一枚羽根。


「蜜瘤(みつこぶ)。地面を這う設置型。膨張して破裂し、高温の樹液を撒きます。火傷に注意。動きは鈍いので、遠距離から潰してください」


これは見ていない。


「そして、熾実(おきみ)」


四枚目。ずんぐりした、人型に近い黒い塊。


「三メートルから五メートル級。外殻が極めて硬く、通常の刃はほぼ通りません。現在確認されているのは六体」


六体。


「ただし、これは今朝の数字です。昨日は二体でした」


樹が育てば上位種も増える。そういうことか。



 ◇



「編成を発表します」


真壁がタブレットを操作した。


「攻略班。大禍樹への突入および本体破壊を担当。Aランクパーティ二組」


スクリーンに名前が出た。


「アース・ガーディアン。Aランク探索者の壬生我聞(みぶがもん)、以下五名」


前のほうであの大柄な男が軽く手を上げた。やっぱりAランクか。


「炎鬼(えんき)。Aランク探索者の鬼頭炎児(きとうえんじ)以下五名」


赤い髪の男が面倒くさそうに顎を引いた。


「討伐班。実生体の迎撃および前線の維持。Bランク以上。第二次招集組の主力を充てます」


ぞろぞろと名前が読み上げられていく。


「後方支援班。避難誘導、傷病者搬送、物資管理。Bランク以下」


来た。


「狭間蓮さん」

「はい」


「討伐班および後方支援班。周辺エリアの実生体処理と、避難誘導の補助をお願いします」


……まあ、そうなるよな。


わかっていた。わかっていたが、名前を呼ばれて言われると、それなりに来るものはある。


「以上です。各班、班長の指示に——」

「あの」


俺は手を挙げていた。テントの中の視線が、一斉にこっちを向いた。



 ◇



「……狭間さん。質問ですか」

「いえ。提案です」


真壁の眉がわずかに動いた。


「手短にお願いします」

「避難のことです。船が足りていませんよね」


「足りていません」

「船を使わない方法があります」


テントがざわつく。後ろで、誰かが笑ったのが聞こえた。冗談だと思ったのだろう。


「どういう意味でしょう」

「俺のスキルで、この島と本土を直接繋げます」


沈黙。


真壁の表情は変わらなかった。


「……繋げる、というのは」

「転移門です。入口と出口を作ると、その間を歩いて移動できます。距離は関係ありません」


もう一度、ざわめきが起きた。今度はさっきより大きい。


「そんなもん聞いたことねぇぞ」

「転移系って、Sランクでも持ってねぇだろ」


真壁がタブレットに何か打ち込んだ。それから顔を上げる。


「狭間さん。その能力は協会に登録されていますか」

「……いえ。昨日、使えるようになったばかりで」


「未登録の未確認能力、ということですね」

「そうなります」


真壁がわずかに目を伏せた。


「申し訳ありませんが、未確認の情報を作戦の前提に組み込むことはできません。八千人の避難計画を、検証していない能力に依存させるわけには」


正論である。俺がこの人の立場でも、同じことを言う。


言うんだが。


「三日後、なんですよね」

「……はい」

「検証できれば問題ないですよね? 今からやりましょう。三十秒で済みます」


真壁が黙った。会議のテントが、しんとする。


俺は息を吸った。


「証明しますので、ちょっと来てもらえますか」



 ◇



テントの外壁に、両手をついた。


真壁が横に立っている。その後ろに壬生と鬼頭。それから協会の職員が数人。野次馬みたいに探索者たちが遠巻きに集まってきた。


「触るのは両手で直接。それでゲートを作ります」


意識を通す。


空間がぐにゃりと歪んで、薄い青と水色の渦が浮かんだ。人ひとりがようやくくぐれるくらいの、楕円の門。


「うおっ」

「なんだこれ」


「これが入口です。出口はもう一つ、別の場所にあります」

「別の場所……ですか」


真壁が門を覗き込んだ。向こう側は見えない。渦が巻いているだけだ。


「昨日、八皇子ギルドの外壁に一つ設置しました」

「八皇子」


「はい。今から、そこに行ってきます」


俺は門をくぐった。



 ◇



ぬるり、とした感触が一瞬あって、それで終わりだった。


顔を上げると見慣れた壁があった。


八皇子ギルド。裏手の、少し奥まった空間。


昼の光が差している。すぐ横の通りを、買い物袋を提げた主婦が歩いていった。大土島と違い、セミが鳴いている。


「……」


さっきまであの島にいた。血と消毒液の匂いがして探索者が呻いていて、空には二千メートルの樹が生えていた。


三秒前だ。自分でやっておいて、本当に現実なのかわからなくなってきた。転移……思ったよりもすごいかもしれない。


俺は正面に回って、ギルドの自動ドアをくぐった。



 ◇



「——いらっしゃいませ。ご用件は」


古館さんが顔を上げて、そのまま固まった。


「……狭間さん」

「どうも」


「狭間さん、あなたは大土島にいるはずでは」

「いますよ、今も」


「……は?」

「三十秒前まで、島にいました」


古館さんがカウンターから身を乗り出した。この人がこんな動き方をするのを初めて見た。


「説明を」

「転移門(ゲート)というスキルを使いました。ギルドの外壁に一つ、島に一つ。今も繋がっています」


「……」

「証明のために、一緒に来てもらえますか」


古館さんはたっぷり三秒黙った。


それからカウンターの内側に向かって振り返り、別の若い職員に声をかけた。


「川原さん。受付、代わってください」

「え、古館さん、休憩ですか」


「大土島に行ってきます」

「はい!?」



 ◇



古館さんは、門の前で一度だけ足を止めた。


「……これを、くぐるんですね」

「はい」


「痛くはないんですね」

「たぶん」


「たぶん……ですか」

「大丈夫ですよ、俺もさっき通ってきたんで」


そういって、俺が先にくぐった。後ろに古館さんがついてきた。


そして大土島についた。


目の前に真壁がいる。その周りに数十人の探索者がいる。テントが並んでいて、坂の下には海が見えて、島の中央には黒い樹がそびえている。


古館さんがゆっくりと空を見上げた。


「……なるほど」


それから、視線を下ろした。


古館さんと真壁の目が合った。


「……古館さん?」

「お久しぶりですね、真壁さん」


「なぜここに」

「今、そこの門をくぐったんですよ。八皇子から来ました」


真壁が門を見た。それから古館さんを見た。もう一度、門を見た。


眼鏡の奥で、まばたきが一回。


「……狭間さん」

「はい」


「今の移動時間は」

「三十秒くらいかと」


真壁がタブレットを取り落としそうになって、慌てて掴み直した。



 ◇



それからは早かった。真壁さんは指揮官だった。動揺していたのは十秒くらいで、その後は別人みたいに喋り出した。


「門は複数作れますか」

「作れます。ただし——」


俺は一瞬だけ間を置いた。


「二(・)つ(・)までです」


嘘だ。本当は三つ作れる。


だが言う必要はない。現状二つあれば十分だし、あまり情報を全部出したくないこともある。


「二つ。……十分です。むしろ、二つあれば足ります」


真壁が即座に切り替えた。


「島側の門は、港へ移してください。避難列がそのまま流れ込める位置に」


「わかりました」


「本土側は——」


そこで真壁が言葉を止めた。


「古館さん」

「言いたいことは同じかと」


古館さんが腕を組んでいた。


「狭間さん。八皇子ギルドの外壁は駄目です」

「え」


「あそこから八千人が出てきたら、どうなると思いますか」


……あ。


「駅前の商店街に、避難民が溢れます。行き場のない八千人が路上に立ち往生する。受け入れ先も、誘導の人員も、水も毛布も何もない場所です」

「……すみません」


「謝る必要はありません。あなたは道を作った。使い方を決めるのは我々の仕事です」


古館さんが真壁に向き直った。


「真壁さん。本土側の受け入れ拠点を至急選定してください。港湾か、大型の体育施設か。自治体との調整はこちらで動きます」

「南港の第二埠頭に、待機所を設置済みです。そこへ」


「では、そこに。狭間さん、もう一度八皇子まで戻って、門を張り直してもらえますか」

「わかりました」


門は付け外しができる。入口と出口も好きに変えられる。


そして俺は空を飛んで移動できる。避難所が決まっているのであれば、俺がそこに移動して、新しい場所に手をつくだけだ。



 ◇



夕方までに体制は組み上がった。


港の門から避難列が流れ込む。向こう側は本土の南港。待機所には協会の職員と、地元の自治体の職員が待っている。


一列になって、ひとりずつ歩いてくぐる。


門は人ひとり分の幅しかない。だから速いわけじゃない。


だが、船を待つ必要がないし、海で襲われることもない。


俺は港の門のそばに立って、ずっとそれを見ていた。


ゲートは傍目からは水色の渦だ。忌避感を感じさせないようにするため、外からは見えないように隠し、テントの中に一人ずつ入っていくようにする配慮がとられた。


たしかにあの渦に抵抗なく入るというのは難しいと思う。ちょっと怖いもんな。


老人が職員に支えられて入る。子供を抱いた母親が入る。犬を抱えた男が入る。


テントに入った先には、屋根と、水と、毛布がある。


「三区、完了しました! 次、四区上げます!」


職員の声が飛ぶ。名簿を持った職員が走り回っている。


さっき数字と睨み合っていた人だ。今はまったく違う顔をしていた。


「狭間さん」


古館さんが隣に来た。


「二時間で千二百人です」

「そんなに」


「船だと、丸一日かかっていた数です」


古館さんが門を見ていた。青い渦がゆっくりと回っている。


「傷病者の搬送も始まりました。本土の病院へ直接下ろせます。物資も逆方向に流れています」

「よかった」


「……狭間さん」

「はい」


「あなたは、本当にとんでもないことを、さらっとやりますね」


一昨日も同じことを言われた気がする。


「褒めてます?」

「褒めていますよ」


古館さんは笑わずにそう言った。


 

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