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第38飯 「お前、たまにすごいこと言うな」


島の南、高台に協会の前線基地があった。


仮設のテントが十箇所。プレハブが二棟。ヘリポート代わりの空き地に、白いヘリが一機だけ止まっている。


上空から降りていくと、俺と魔剣ヴィヴィに視線が集まった。ヴィヴィは実体化を解いている。


「おい、だれか飛んでるぞ」

「探索者か? どこから来た」

「魔剣を持っているな」


値踏みされているが構わず見て回る。基地の中は想像していたのと違った。もっと慌ただしく動き回っているものだと思っていたが、実際はもっと静かだった。


テントの間に探索者が座り込んでいる。壁に背を預けて天を仰いでいる者。装備を外して腕に包帯を巻いている者。膝を抱えたまま動かない者。


大剣の刃が欠けている。鎧がへこんでいる。誰かの防具から、ぼたぼたと血が落ちていた。


ケガをして疲れきっている。


「衛生班! 三番テントに担架!」


協会の職員が走っていく。担架の上で探索者が呻いていた。俺は少し離れた場所に立ってそれを見ていた。


昨日から戦っている連中だ。第一次対応組。俺がラーメンを食っている間、この島でずっと戦っていた人たち。なんと言えばいいのかわからなかった。


「そこの人」


振り向くと協会の職員がいた。若い。まだ二十代半ばくらいに見える。目の下に濃い隈があった。


「第二次招集の方ですか。船はまだのはずですが」

「飛んできました」


「飛んで……ああ、聞いています。八皇子の狭間さんですね」

「はい、狭間蓮です」


職員がタブレットを操作して、それからちらりと俺を見た。


「Bランク、ですか……」

「はい」


彼はそれだけで何も言わなかった。Bランク、という落胆の声であったことがわかった。


「作戦会議は輸送船が到着してからです。十一時半を予定しています。その後、作戦指示があります。それまでは基地内で待機を」

「わかりました」



 ◇



待機と言われたのでテントの陰に腰を下ろした。そして、そこから見える範囲で基地の様子を眺めていた。


テントの向こうで大柄な男が動いていた。背が高く肩幅がある。防具の上からでも体格の良さがわかる。背中に柄の長いハンマーを背負っていた。ハンマーだ。それも頭の部分が異様にでかい。あのハンマーは普通の武器じゃない。


男が担架を運ぶ職員に指示を出していた。


「そっちのテントは満杯だ。四番へ回せ」

「はい!」


「あと水が足りてない。基地の裏に溜めを掘ってある。使え」


指揮官という感じではないがてきぱきしている。現場を回している男の動き方だ。その男がふとこちらを見た。目が合った。


男は何も言わず軽く顎を引いた。会釈だった。それからまた作業に戻っていった。


「……誰だ、あれ」

『お、あれは魔剣じゃな』


魔剣からヴィヴィが念話を飛ばしてきた。背中のハンマーの柄に彫り込まれた紋様が、うっすら光っていた。


「魔剣、か」


魔剣を持っているのは俺だけじゃない。当たり前のことだ。



 ◇



もう一つ、目についたものがあった。基地の外れの崖に近い何もない空き地。そこにイガグリと、一枚羽根の死骸の山があった。


あとは知らない形のもの。倒したモンスターを積み上げたんだろう。


その山の前に、派手に髪が赤い、男が一人立っていた。


男が手に持った武器を掲げると炎が上がった。


山がごうっと音を立てて燃え上がる。一瞬で巨大な炎が渦を巻いて、内側からモンスターの死骸を包み込んでいく。


数秒後に山は消えていた。灰も残っていない。


俺はその炎から目を離せなかった。あの色、炎の巻き方、見覚えがあったからだ。


桜樹町ダンジョン、四層で見た。あの鬼が使っていたのと同じ技だ。


赤い髪の男はこちらを見ず、炎を消して面倒くさそうに首を鳴らして、そのままテントのほうへ歩いていった。


『あれも魔剣じゃなぁ。魔剣もちが多いのー』



 ◇



十一時を回った頃、港のほうから汽笛が聞こえた。輸送船が着いたらしい。


しばらくすると、坂の下から人の列が上がってきた。


第二次招集組だ。数は多く、二百人はいる。ぞろぞろと基地に入ってきて、指定されたテントの前に集まっていく。


装備が綺麗だった。刃こぼれのない剣。傷のない鎧。汚れていないブーツ。誰も血を流していないし、誰も包帯を巻いていない。


その列を、座り込んだ第一次対応組が見ていた。


ポケットでスマホが震えた。


『柿山藤里:私たち本土待機になりました!』

『柿山藤里:狭間さん! もう島にいるって聞きましたけど!?』

『柿山藤里:無茶しないでくださいね!!』


Bランクに召集はかかっているが強制ではない。事務所が止めたのだろう。彼女たちは探索者であると同時にアイドルだ。


『大丈夫。頑張ってくる』


送信してスマホをしまった。


フルバの五人がここにいなくてよかった、と正直思った。あの子たちに見せる光景じゃない。



 ◇



プレハブのほうが騒がしくなった。


窓が開いている。中で誰かが無線をやっていた。声がでかい。悪気はないが丸聞こえだ。


「——ですから、Sランクの派遣を再要請しています」

『……ええ。承知しています。ですが』

「地動(ちどう)さんは除くとして、他は全員が国外ですか」


沈黙。地動、という名前は聞いたことがある。たしか昔はSランクだった協会のお偉いさんだ。


「北欧、南米……、そして北米の件。まだ収束していない……と」

『最短で、明日の午前になりそうです』


明日の午前。


あの樹は俺が島を一周する間に伸びていた。明日の午前まであと二十時間近くある。


「Aランクはこちらに二名です」


続きが聞こえて顔を上げた。


「ええ、二名です。……はい、承知しています。全国で二十名しかいない以上、これ以上は」


無線が切れた。Aランクが全国で二十名。そのうち二名がこの島にいる。


Sランクはいない。つまり、今この島にいる最上位がその二人だ。


さっきの大柄な男と、赤い髪の男。あれで全部ということか。



 ◇



待機の間、基地の中を少し歩いた。じっとしていられなかった。


医療テントの隣のテントでは、職員が名簿と睨み合っていた。


「三区、確認取れました。四十二名」

「五区は」


「まだです。連絡が取れません」

「……島民8214名。うち避難完了は、1560名」


昨日から一日かけて、1500人。


残り6700人。


港の列は上空から見たときと同じ長さのまま伸びていた。船が二隻。往復に八時間。


一回の輸送で何人乗る。二百人か、三百人か。


計算するまでもなかった。答えは、間に合わない、だ。


「あの、狭間さん」


さっきの若い職員が通りかかった。


「勝手に歩き回らないでください」

「すみません」


「……いえ。落ち着かないのはわかります」


職員がタブレットを胸に抱えたまま、少しだけ息を吐いた。


「輸送船が戻ってくるのが夕方です。それまで、増える一方でして」

「増える」


「怪我人がです。前線で持ちこたえてはいますが、下げる先がない。ここが満杯なので」


搬送できない。船が来ないから。


住民も出せない。船が来ないから。全部、同じところで詰まっている。


「……船って、増やせないんですか」

「増やしています。近隣の漁協にも協力を要請しています。ですが、島の周りにも出るんですよ」


「出る?」

「あの羽根のやつが海にでるんです。昨日は一隻、船が襲われました」


職員はそれだけ言って、行ってしまった。海も駄目か。空を見た。


ここからでも黒い幹が島の真ん中に突き立っているのが見える。来たときよりもまた少し高くなった気がした。気のせいだと思いたい。



 ◇



テントの陰に戻るとヴィヴィが実体化して声をかけてきた。


「下僕、腹が減った」

「……今か」

「今じゃ!」


俺はインベントリに手を入れて、おにぎりを一つ取り出した。鮭だ。ラップを剥いてやる。


「これで我慢してくれ。今は、まともなものは出せない」

「うむ!」


両手でおにぎりを持って、大きく口を開ける。


はぐ。


「……うむ。米じゃ」

「そりゃ米だよ」


「冷えておらんな」

「入れてたからな」


「よい下僕じゃ」


にこやかに、もぐもぐと食べている。


こんなときでも変わらないのは、たいしたものだと思う。俺は少し救われている。


ヴィヴィが最後の一口を飲み込んで、指についた米粒を舐めた。それから、つまらなそうに足をぶらぶらさせた。


「なあ下僕」

「なんだ」


「本土に帰りたいのう」

「帰れるわけないだろ」


言いかけて、口が止まった。


「本土ならまともな飯があるじゃろ。ラーメンとかな」

「……」


「なんじゃ黙って。腹でも痛いのか」

「……いや」


帰れる。俺は立ち上がった。


八皇子ギルドの外壁。一昨日の夕方、俺が両手をついた場所。


あそこに転移門(ゲート)がある。ここと、本土を繋げられる。


ゲートは付け外しができる。入口と出口は好きに変えられる。


港の列。八時間の往復。襲われる船。搬送できない怪我人。


「……下僕? どうしたんじゃ? ほれ、おにぎりでも食え。わしのは分けんがな」


見上げてくるヴィヴィの目に、俺の顔が映っていた。


たぶん、間抜けな顔をしていたと思う。


「ヴィヴィ」

「なんじゃ」


「お前、たまにすごいこと言うな」

「わしはいつもすごいぞ」


坂の下から集合の号令がかかった。


作戦会議だ。


言うだけ言ってみるか。どうせ、駄目でもともとである。


 

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