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第36飯 「全マシ、入ります」


俺は桜樹町ダンジョンを出てすぐに八皇子ギルドに来ていた。


桜樹町ギルドは解放型ダンジョンで手一杯らしく、木島さんにも八皇子ギルドで手続きをお願いされたためだ。


——そして、俺は八皇子ギルドの受付に黒焦げの塊を置いた。


「……なんですかこれは」

「ドローンです」


古館さんの眉がぴくりと動いた。ほんとまじでスンマセン。


「ドローン、ですか」

「ドローンだったもの、が正しいですかね」


炭になった残骸を、古館さんが指先でつまみ上げる。ぽろりと欠片が落ちた。


「これ、うちの備品ですよね」

「……はい」


「先月お貸ししたときは、新品でしたよね」

「……はい」


古館さんが深く息を吐いた。元Aランクの強面が、こういうときは妙に迫力がある。反省しているから許してください。


「まあ、備品の破損はよくあることです。始末書を一枚書いていただければ」

「すみません」


「弁償額は、今回の依頼報酬から差し引きになりますが」


ボンっ。


「なんじゃとーーーー!」


腰の鞘から実体化したヴィヴィがカウンターに飛び乗った。


「わしらの金を減らすじゃと! 正気か!」

「おいやめろ。こっちが悪い」


「わしは悪くないぞ! 燃やしたのは鬼じゃ!」

「まあ、そうなんだけど」


古館さんが口の端をあげてヴィヴィをなだめた。


「ご心配なく、ヴィヴィアンさん。今回の報酬に比べれば、微々たるものです」

「なんじゃ、そうか」


すんっと怒りを納めた。ヴィヴィが、ふんぞり返ってカウンターに座り直した。まったく古館さんに失礼な口を利くんじゃない。


「それより狭間さん。桜樹町ダンジョンの調査、お疲れ様でした。無事で何よりでした」


古館さんが、配信ドローンの書類の束をとんとんと揃える。


「配信が途中で切れたと、こちらにも問い合わせが山ほど来ましてね」

「あー……。それは、その」


「桜樹町ギルドの木島から報告は受けています。ダンジョン攻略、襲撃事案の解決。どちらもお見事でした」

「——ありがとうございます。それであの、青い肌の男については」


「魔族、でしたか。協会は今、上を挙げて調べているようです。こちらにも情報が下りてきていません」

「そうですか」


「狭間さんは、何かご存知ですか」

「何も。俺が知ってるのは、あの配信に映ってた分だけです」


嘘ではない。あいつが勝手に喋って勝手に自爆しただけである。俺は聞き役に徹していた。


「でしょうね。そう報告しておきます」


古館さんはそれ以上追及しなかった。ありがたい。


世間はといえば、まあ大変なことになっていた。


魔族。魔王軍。異世界。ネットは連日この話題で埋まっている。テレビの情報番組が特集を組み、専門家と名乗る人たちがあれこれ推測を並べていた。取材の申し込みは全部ギルド経由で断ってもらっている。


そして。俺の配信チャンネルの登録数は激伸びし、95万人になっていた。もうすぐ100万人の大台である。


手続きも終わりギルドを出ようとしたとき、天井のスピーカーが、低い電子音を鳴らした。


続けて、壁の大型モニターが緊急表示に切り替わる。桜樹町で見たのと同じ、赤い画面だ。


=====================

【緊急招集】解放型ダンジョン 第二次招集

出現地域:大土島(おおどじま)

対象:Bランク以上の登録探索者

=====================


第二次招集——Bランク以上。俺だ。


「古館さん。これ」

「……来ましたか」


「お帰りのところ申し訳ありません。狭間さん。少し、お時間を」



 ◇



奥のブースに通された。


古館さんがタブレットを操作すると、テーブルの上に島の航空写真が表示される。


「大土島。本土から南へ、船で数時間の距離にある有人島です。人口はおよそ八千」


「本日の夕方、島の中央――火山の火口付近に、ダンジョンが出現していることを確認しました」

「出現……ですか。既にあったやつが見つかったとかじゃなくて」


「そうです。出現です。昨日までは何もありませんでした」


ダンジョンは五十年前に世界中に現れて、それきりのはずだ。増えたなんて話は聞いたことがない。


「解放型ダンジョン、というのは」

「入口のないダンジョンです」


古館さんが、写真の火口を指で示す。


「通常のダンジョンには入口があり、我々はそこから中へ入って攻略します。解放型は逆です。ダンジョン全てが外につながっている」

「……外につながっている」


「それゆえモンスターがこちらへ出てきます。街へ、集落へ、人のいる場所へ」


「それって、もしかしてダンジョンスタンピードじゃ……」

「いえダンジョンスタンピードではありません。ダンジョンスタンピードは既存のダンジョンからモンスターがあふれ出る現象です」


いやな記憶が頭をよぎる。


「しかし、解放型ダンジョンはそうではありません。すでにあ(・)る(・)も(・)の(・)がダンジョンになるのです」


これまで俺が潜ってきたダンジョンは閉じた箱のようなものだった。入らなければ何も起こらない。だから探索者という職業が成り立っている。


「過去に確認された解放型は、世界で四例のみ。いずれも数日以内に鎮圧されていますが、共通した特徴があります」


古館さんが次の資料を開く。火口から黒い何かが突き出ている。塔のようにも見える。荒い画像で輪郭がはっきりしない。


「時間とともに、規模が増大します」


「増大ってどういう……」

「放置すれば、拡大し続けます。四例目の記録では、鎮圧が三日遅れた結果、影響範囲が当初の十倍以上に広がりました」


つまり、早く潰さないと手がつけられなくなるということか。


「本日の第一次対応で、現地の探索者と近隣ギルドの応援が投入されました。ですが」


写真が切り替わった。今日の初期、そして現在の状態が比較されていた。


「押し返せていません。第二次招集がかかったのはそういうことです」


俺はその黒い影をじっと見た。でかくなっている?


火口の縁と比べて明らかに最初の規模より大きい。あんなものがまだ育つのか。


「島民の避難は」

「進んでいます。ですが船の便が限られていて、思うようには」


八千人。


俺は資料の写真から目を離した。


「行きます」

「……即答ですか」


「Bランク以上ってことは、俺は対象なんですよね」

「対象です。ただ招集に強制力はありません。断る探索者も、実際に出ています」


そうだろうな。命がけどころの話じゃない。


でも。


「別に格好つけたいわけじゃないんですけど」


自分でもうまく説明できなかった。


八千人。逃げ場のない島。向こうから来るダンジョン。


ダンジョンスタンピードではないけれども、モンスターが出現する現象。


荷物持ちの時の俺には何もできないけれど、今の俺には空間魔法がある。魔剣がある。そして、ヴィヴィがいる。


行かない理由を探すほうが面倒くさかった。


「集合と輸送は」

「明朝7時、本土の南港から協会の輸送船が出ます」


「船。何時間かかりますか」

「四時間ほど」


四時間。


「……俺、飛んでいっていいですか」

「は」


「空を飛んで(シフトで)いけば、たぶん一時間かかりません」


古館さんがこめかみを押さえた。


「駄目ですか」

「駄目ではありません。現地に、そう連絡を入れておきます。……くれぐれも、単独で突っ込まないでください」


「善処します」

「してください」



 ◇



古館さんに挨拶をしてブースを出た。


外はもう夕暮れで、ギルドの窓から差す光がオレンジ色に染まっている。


そういえばあれを試していない。


ギルドの外壁、少し奥まった空間があるところの壁に両手をつく。


意識を通すと手のひらの先で空間がぐにゃりと歪んだ。薄い青と水色が渦を巻き、人ひとりがようやくくぐれるくらいの楕円の門。


俺はここによく来るので、ゲートを一つ置いておこうか。……しかしこれだと目立つな。隠せるか……?


意識を絞る。渦が薄れ輪郭が溶けて壁は何事もなかったように元の壁に戻った。問題なさそうだな。


さて、明日。いや、今夜のうちに準備を済ませて、朝一で飛ぶ。装備の確認。食料の補充。インベントリの整理をしておく必要があるだろう。


やることを頭の中で並べていると、ぐぅ、と腹が鳴った。


「下僕。腹が減ったのじゃ」

「わかってる。今、俺も鳴った」


考えてみれば俺は桜樹町のダンジョンを出てから、何も食っていない。ギルドに報告して、警報が鳴って、そのまま八皇子まで戻ってきて、始末書を書いていた。


飯を食う暇がまったくなかった。


『十郎系じゃ! 十郎系に行くのじゃ、下僕!』


腰の鞘が騒ぎ出した。


八皇子駅の裏通り、黄色い看板に太い筆文字で「麺屋 十一郎」。


本家の「十郎」ではない。インスパイア店だ。ヴィヴィは最近こっちにはまっている。曰く「本家は行列が長すぎる。わしの胃袋が待てぬ」とのことだ。


券売機で食券を買う。小ラーメン、豚入り。


「わしは全部じゃ! 一番でかいやつ!」

「麺が600gだぞ、食えるのか」


「わしを誰だと思っておる」


腹に自信のあるダメ魔王剣様だ。俺はもう何も言わないが。


カウンターに並んで座る。ヴィヴィは椅子の上に立て膝で乗り上げた。行儀が悪いが座ると顔が丼に届かない。


厨房から寸胴の蓋が持ち上がる音。もわりと湯気が上がった。


その匂いだけで腹の底が疼く。


「ニンニク入れますか」


店員の声がかかる。コールというやつだ。


「ヤサイマシで、あとは普通で」


俺は最近、アブラを控えている。食いすぎると次の日が本当に大変なんだ。二十四歳、そういう年頃だ。


「わしはぜんマシじゃ! ぜんぶ! ぜんぶマシマシじゃ!」


店員が一瞬固まってから力強くうなずいた。


「全マシ、入ります」



 ◇



どん、と。


丼がカウンターに置かれた。いや、置かれたというより着地した。


一言で言おう、山だ。茹でたモヤシとキャベツが、丼の縁からせり上がって山になっている。頂上には粗みじんのニンニクが雪のように積もり、その上から背脂の粒がぱらぱらと降っていた。


山の裾から拳ほどもある豚がはみ出している。厚切りのブロックが二枚。断面から、じゅわりと肉汁が滲んでいた。


そして匂い。


醤油とラード。焦げた背脂の香ばしさ。生ニンニクの、鼻の奥を殴ってくる刺激。それが湯気に乗って一斉に立ち上ってくる。


胃がぐるりと鳴った。


「……うおお」


隣を見る。


ヴィヴィの前には、俺の一・五倍はある丼が鎮座していた。全マシの山は、もはや丼の直径を超えている。ヴィヴィの顔がほとんど隠れていた。


「……なんじゃこれは」

「お前が頼んだんだろ」


ある程度の野菜を食したら天地返しだ。麺を掘り起こして、野菜を下へ、麺を上へ。スープに沈めた瞬間、極太の麺がぬらりと顔を出した。


小麦の塊みたいな麺だ。乳化した白濁のスープを、ごってりと巻き上げている。


啜る。


ずぞぞぞぞぞっ。


――重い。


うまい。とにかく重い。麺が歯を押し返してくる。噛むたびに小麦が甘い。絡んだスープは醤油の角が立っていて、脂の甘さがそれをまるく包んでいる。ニンニクが後から追いかけてきて、脳天を突き抜けた。


野菜を掻き込む。しゃきしゃきのモヤシが、脂を吸って別の食い物に化けている。甘い。


豚に噛みつく。


繊維がほろりとほどけた。噛む必要がない。肉の脂が舌の上でとろけて、スープと混ざって、そのまま喉へ流れていく。


「……はぁ」


背骨のあたりが、じん、と熱くなった。


食っている。俺は今、生きて飯を食っている。


暗い山も、青い魔族も、燃える鬼も、全部あっち側だ。


「――ふぉおおおおおおおっ!」


隣で絶叫が上がった。


ヴィヴィが丼から顔を上げた。頬にモヤシがついている。口の周りが脂でてらてらに光っていた。


「うまい! うまいのじゃ下僕! この麺! 太い! 太いのがよい! 歯が喜んでおる!」

「わかったから、飛び散らすな」


「アブラ! このアブラがな! 甘いのじゃ! 溶けて! しみて! ニンニクがな! ばーんと来るのじゃ!」

「語彙」


「ばーんと! ばーんと来るのじゃーー!」


丼に顔を突っ込む勢いで、ヴィヴィが麺を掻き込んでいく。ずるずる、ずぞぞ、と、店中に響く音を立てて。


店主がカウンターの向こうで満足そうに腕を組んでいた。


俺も麺を手繰る。


明日から、たぶんまともに飯を食う時間はない。八千人の島と、育ち続ける黒い塔が待っている。


だからこそ今は食う。


丼を持ち上げて、スープを流し込んだ。熱くて、しょっぱくて、脂っこくて、どうしようもなく染みた。


「おかわりじゃ!」

「食えたのかよ」



----------------------

時系列

一日で桜樹町ダンジョン攻略して夕方に帰還

→桜樹町ギルドで夕方受付

→解放型ダンジョンのアラート

→八皇子ギルドに移動

→ラーメン

です!


書いててお腹すきました……。

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