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幕間8 魔族たちのそれぞれの夜


「もう……おわりだ……」


帰還派の拠点。うす暗い部屋の隅で、シルラス・ゴズは膝を抱えていた。


五百年。五百年、隠れ潜んで生きてきた。人間どもに気取られぬよう、ひっそりと魔剣を探し続けてきた。その努力がたった一度の配信で、水の泡となった。


「私は……魔族の存在を、全世界に晒してしまった……。しかも、我らの計画まで……。魔王様の悲願が……ああ、もう、終わりだ……」


配下たちはかける言葉もなく、遠巻きにその背中を見ている。


そこへ、カジンがひょいと顔を出した。片手にはコンビニの袋。相変わらずの、気の抜けた顔だ。


「でも、シルラス様」


「……なんだ、カジン。放っておいてくれ」


「俺たち、幻影魔法使うじゃないっすか。だから、別に問題なくないっすか?」


「……」


シルラスの動きが、止まった。


「だって、素顔がバレたって、普段は人間に化けてるんすよ。誰が魔族かなんて、人間にはわからないっす。だから結局、やること変わんないし、問題ないっすよ。結果オーライっす!」


「……!!!?」


シルラスは、ゆっくりと顔を上げた。目をこれ以上ないほど見開いている。愕然と宙の一点を見つめて、固まった。


「……シルラス様? どうしたっすか?」


長い、沈黙。


そして。


「ふ……ふはは。ふはははは!」


シルラスが、勢いよく立ち上がった。


「そうだ! そうではないか! 正体が割れようが、我らは幻影の魔族! 人間には、見分けなどつかん! ならば、やることは何も変わらん! ただひたすら前へ進み、魔王剣を集め、魔王様を復活させるのみ!」


膝を抱えていた男は、もういない。そこにいるのは、いつもの、自信に満ちあふれた帰還派の長だった。


「くはは! やはり私は、天才だ! この程度の失態、悲願の前では、些事に過ぎん! ふははははは!」


「……シルラス様。元気が出て、よかったっす」


カジンが、ぽりぽりと頬をかいた。


「うむ! よし、決めたぞ!」


シルラスがばっと配下たちを振り返る。


「今日は――寿司に行く!」



 ◇



くる寿司の、大きな円卓。


シルラスを筆頭に、カジン、そして桜樹町に詰めていた配下たち。総勢六名の魔族が、人間の姿で、皿の回るレーンを囲んでいた。


「お前たち!」


シルラスが、朗々と声を上げる。


「此度は、桜樹町のダンジョンで、実によく頑張ってくれた! 皆の働きあってこそだ! だから今日は――何を食べてもいいぞ! 私の、おごりだ!」


「「「「やったーーーー!!」」」」


配下たちが、いっせいに歓声を上げた。


「シルラス様ーーー!」(※さぼってた)


「太っ腹ーーー!」(※さぼってた)


「男前ーーー!」(※さぼってた)


「ダンディーーー!」(※さぼってた)


もっとも、シルラスは、彼らが持ち場でひたすらサボり倒していたことを、ついぞ知らない。知らぬが、仏である。


「うむうむ、遠慮するな! さあ、まずは私の大好物からだ!」


シルラスが、嬉々としてタッチパネルを操作する。


「イクラの軍艦! それと、シーチキンツナの軍艦! ああ、この、口の中で弾ける宝石……! マヨネーズの、まろやかさ……! これだ、これがなくては生きていけん!」


五百年の悲願を背負う魔族の長は、回転寿司の前で、すっかり相好を崩していた。


異世界復活も、魔王の悲願も、今この瞬間は、軍艦巻きの向こうに霞んでいた。



 ◇



同じ夜。ここから遠く離れた、北の町。


とある小さな食堂で、一人の女が、閉店後の店を静かに片付けていた。


人間の姿をした、その女もまた魔族だった。


厨房のテレビが、あの配信の話題を繰り返し流している。魔族。魔王軍。青い肌の男。女は布巾を動かす手を止めて、その画面を冷たく見つめた。


――余計なことを、してくれたものだ。


胸の内で、静かに呟く。


魔王様が亡くなって五百年。私たちは彷徨い、そしてこの世界にダンジョンと共にやってきた。


そして五十年、ようやくこの世界に馴染んだ。人間に紛れこの町で、この店で穏やかに暮らしてきた。それが、たった一度のあの馬鹿げた配信で。


魔族は危険だ。そういうレッテルが貼られてしまった。これからは、これまで以上に息を潜めて生きねばならない。誰かに正体を疑われぬよう、常にびくびくと。


女はあの青い肌の男を思う。帰りたがりの愚か者たち。魔王剣を集めて魔王を甦らせて故郷へ帰るのだと、いまだに夢を見ている連中。


――気が知れない。


女は、厨房の鍋をそっと撫でた。今日も常連客がうまいうまいと食べていった。この世界の食べ物は豊かであたたかい。


あちらの世界にこれほどの食があったか。硬い黒パンと、薄い塩のスープ。あんな貧しい暮らしに、誰が好き好んで戻りたいというのか。


――帰りたい者だけで、勝手に帰ればいい。私たちを巻き込むな。


そして女の思考はあの配信者へと向かう。


短剣ニキとか言ったか。あの魔王剣を持つ男。


あの配信さえなければ。あの男が余計なことをしなければ。私たちの平穏は、まだ守られていたはずだ。


女の目に静かな、しかしはっきりとした敵意が灯っていた。憎しみで我を忘れるほどではない。ただ冷たく重い眼差しを画面に向ける。我らの暮らしを乱した者へ、消えない棘のように。


――覚えておくぞ、狭間蓮。


テレビの中で能天気なコメントが流れていった。


女はテレビを消した。


暗くなった店内に、彼女の小さなため息だけが残った。


 

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次回から本編です!

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