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幕間7 その報せは、静かに広がる


内政補佐官・玉城真司(たまきしんじ)の執務室は、深夜でも灯りが消えなかった。


机の上には一枚の資料がある。プリントアウトされた、ある配信の記録だ。青い肌の男。魔王軍。異世界への帰還。そして――魔王剣。


すべてが一介の探索者の配信で、白日の下に晒された。


玉城は受話器を取った。何度もかけているため、番号は頭に入っている。探索者協会、地動弥勒。この件を任せられるとすれば、あの男しかいない。


数コールで、相手が出た。


「……夜分にすまない。内政補佐官の玉城だ」


『これはこれは。こんな時間に、玉城補佐官から直々にとは。穏やかな話ではなさそうですな』


「察しがいいな。……単刀直入に言う。例の桜樹町の配信を見たか」


『ええ。何度も』


「あれを政府としてどう扱うべきか。頭を抱えている」


玉城は資料の一点を指で叩いた。


「配信一本。証拠としてはそれだけだ。だが、桜樹町ギルドではここ最近、探索者が装備を奪われる被害が相次いでいた。配信の男――シルラスと名乗ったあれが、犯人だとすれば辻褄は合う。実害は確かにある」


『配信の内容と現場の被害。二つが繋がったということですかな』


「そういうことだ」


玉城は一度、言葉を切った。ここからが本題だ。


「気がかりなのは、二つ。一つは、いまだに原因不明の五十年前のダンジョン出現。あの魔族が何かを知っているかもしれん。もう一つは――魔王の、復活だ」


『魔王剣を集めれば、魔王が甦る。配信で、あの男はそう口走っていましたな』


「ああ。もし本当に魔族が魔王とやらを復活させたら。どうなるか想像もつかん。想像したくもない」


受話器の向こうで、地動が静かに息を吐くのがわかった。


「だが動くには、証拠が足りん。配信だけで国民に公表すれば、いたずらにパニックを煽るだけだ。かといって放置もできん」


『それで、水面下で、ということですかな』


「察しが早くて助かる。協会に内々で頼みたい。魔族について調べてほしい。何者で、どこに、どれだけいるのか。……表には出せん案件だ」


しばしの、沈黙。


『……承知しました。引き受けましょう』


「恩に着る」


『ただし、玉城さん。先に言っておきます。これは、相当に厄介ですぞ』


その声には、実務家の静かな重みがあった。


「わかっている。……頼んだ」


玉城は受話器を置いた。窓の外はまだ暗い。夜明けは遠かった。



 ◇



電話を切った地動弥勒(ちどうみろく)は、椅子に深く身を沈めた。


厄介、と口にしたのは、ただの謙遜ではない。この件は、本当に手立てが乏しい。これは事実であった。


まず魔王剣。あれについては正直、地動はさほど問題(脅威)に感じていなかった。すでに一本は、あの狭間蓮(短剣ニキ)が所持し、宿った魔王剣も、彼の制御下にある。追加の情報がない以上、今すぐ大きく動く理由はない。


問題は魔族だった。


こちらは明確な脅威だ。すでに複数の探索者が被害に遭っている。


配信で晒された、シルラスとカジンの魔法。あれを分析すればやつらがどう身を隠しているかも、ある程度は察しがつく。幻影魔法で人間に化ける。そういうことである。


だが――だからこそ、打つ手がない。


やつらは人間の姿で社会に紛れている。隣人かもしれない。すれ違う通行人かもしれない。見た目では、まったく判別がつかない。捕らえようにも、誰が魔族なのかわからないのだ。


配信で青い肌の素顔は全国に流れた。だがそれが何になる。やつらは普段その顔を隠している。素顔を晒すのは、よほどのときだけだ。素顔の手配書があっても、化けている限り意味をなさない。


「……見つけようが、ないな」


思わず独りごちた。


一瞬、あの狭間蓮が頭をよぎった。魔族を撃退した一人の探索者。彼とあの魔王剣ならあるいは。


だが、すぐに考え直す。


蓮のパートナー――ヴィヴィアンが、シルラスを魔族と見破ったのは特別な力ではない。青い肌と尖った耳。あの素顔を見たからだ。つまり、人間に化けた魔族の前では蓮とて他の誰とも変わらない。見破れはしない。彼は魔族には切り札にはなり得ない。


まさに厄介な案件だった。


もっとも、と地動は思う。その狭間蓮という男自体は心配していない。


魔剣を集めているという事実は把握している。だが、それが脅威だとは思っていなかった。八皇子の古館。渋家の田中。桜樹町の木島。現場の職員たちから上がってくる報告はどれも一致している。あの男は善良だ。


それに配信を見ればわかる。稼いだ金でうまいものを食い、あの生意気な相棒を食わせ、時に人を助ける。魔剣を悪事に使う気配など微塵もない。ただ、規格外に強い、お人好しの探索者。それが地動の見立てだった。


「強い分には、結構。むしろ、今は」


魔族という、見えない敵。それを思えば力ある善良な探索者はいてくれた方がいい。


地動は目を閉じた。さて、どこから手をつけたものか。乏しい手札で見えない敵をどう炙り出すか。長い夜になりそうだった。



 ◇



【緊急】桜樹町の短剣ニキ配信、やばすぎる件【魔族?】



1:名無しの探索者

見たやつおる?

短剣ニキの配信に青い肌のおっさん出てきて

魔王軍とか異世界とか言い出したんだが


2:名無しの探索者

見た見た

途中で配信ぶつ切りになったよな

あの後どうなったんだよ


3:名無しの探索者

ヴィヴィアンちゃんが「魔王剣」とか言われてて草

えっ、あの子そんな設定だったの?


4:名無しの探索者

設定ちゃうやろ

マジのやつやろあれ


5:名無しの探索者

落ち着け

とりあえず情報整理するぞ

・青いおっさん=シルラス(魔族)

・魔王軍が復活を計画

・魔王剣を集めてる

・ヴィヴィアンちゃん=魔王剣

・短剣ニキが撃退


6:名無しの探索者

>>5

有能

つまり短剣ニキ、魔族と戦って勝ったってコト!?


7:名無しの探索者

いやいや、そもそも魔族って何だよ

ファンタジーの見すぎちゃう?


8:名無しの探索者

>>7

現実にダンジョンとモンスターがある時点で

今さら魔族が一匹二匹増えても驚かんわ


9:名無しの探索者

ヴィヴィアンちゃん実は黒幕説

かわいい顔して魔王を復活させる気なのでは?


10:名無しの探索者

>>9

ないない

あの子、飯のことしか考えてないから


11:名無しの探索者

>>10

確かに

魔王復活より今日の晩飯って感じだもんな


12:名無しの探索者

それより青いおっさん

「五百年の悲願」とか言ってなかった?


13:名無しの探索者

>>12

言ってた言ってた

五百年って、そんな昔からいたのか魔族?

気になるんだよな、その五百年の悲願ってやつ


14:名無しの探索者

>>13

確かにちょっと引っかかるな

五百年、何をそんなに悲願してんだ


15:名無しの探索者

おまえら考察するの好きだな

そんなん短剣ニキ本人もわかってないぞ多分


16:名無しの探索者

>>15

それはそう


17:名無しの探索者

つーか金色の籠手なんだよ

また新しい魔剣入手してたよな

何本持ってんだあの人


18:名無しの探索者

三本目とか言ってた気がする

拾ったらしいぞ(笑)


19:名無しの探索者

>>18

また拾ったのかよ

どんな引きしてんだ


20:名無しの探索者

なんだかんだ言って

結局みんな次の配信待ってるんだろ?


21:名無しの探索者

>>20

当たり前だろ

はよ続き見せろニキ


22:名無しの探索者

魔族だろうが魔王だろうが

飯テロは続けてくれよな短剣ニキ



……こうして的外れな議論は続いていった。


 

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