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第35飯 「わしの胃袋が待てぬぅ」


酒呑童子が倒れたことで火柱も消え、静かになった祠。ボスの間のその奥に、もう一つの祭壇があった。


山頂のものと同じ造りだ。ぼんやりと光を放ちながら存在を主張している。その中にある木の台座の上に、丸いくぼみが一つあった。


台座には山頂の祭壇と同様の碑文があった。


=====================


神酒満ちる器を携えて祠に詣でよ


=====================


この酒器をここに供えろということか。


俺はインベントリから酒で満ちた酒器を取り出した。なみなみと注がれた酒がゆらりと揺れる。甘い米の匂いが鼻腔をくすぐる。


器をそっとくぼみに据える。


とぷん。


酒器が淡く光った。


その光が、床に崩れ落ちた酒呑童子の亡骸へと、糸を引くように伸びていく。残されていた大刀。鎖の巻かれた、あの身の丈ほどもある大刀に、光が絡みついた。


大刀が形を変え始めた。


無骨だった刀身が、みるみる細く鋭く研ぎ澄まされていく。刃がほのかに紅く色づく。まるで内側に熾火を宿しているみたいに。柄には鬼の意匠。


やがて光が収まると、そこには一振りの美しい刀が残されていた。


「……これが、魔剣か」


地面から抜き、持ち上げる。ずしりと、しかし手に馴染む重さ。触れた瞬間、頭に情報が流れ込んできた。三度目だからもう慣れたものだ。


炎灼の魔刀、童子切安綱(どうじぎりやすつな)。


かつて、酒呑童子を斬ったと伝わる刀。斬るものすべてを、灰塵に帰す。


「……童子切、ね」


その名の鬼をたった今、俺が倒した。そして、その鬼を斬った刀が鬼の亡骸から生まれる。なんとも皮肉な話だ。


「ほう。炎の魔剣か」


ボンっと、ヴィヴィが実体化して刀を覗き込む。


「赤いのう。うまそう……ではないな。うん、ただ赤いだけじゃ」

「食い物じゃねえよ」


ドローンは黒焦げで、配信はとっくに切れている。だから、この入手の瞬間を誰にも見られていない。今回の魔剣が増えたことも、俺とヴィヴィだけの秘密だ。



 ◇



童子切をインベントリに収める。三本目の魔剣。


その瞬間だった。


視界の端に、あの光景が広がった。


―――――――――――――――――――――

 ☆アンロック☆

 魔剣を三本入手しました。

 条件を達成。スキル【転移門(ゲート)】が解放されます。

―――――――――――――――――――――


「……お」


久しぶりだ。二本目のヤールングレイプルのときは何もなかったからな。だから今回はあるんじゃないかと若干期待していたんだが、よかった。


つーか三本でカウントされてるのかよ。


「どうした下僕。またボーッとして。おぬし今回、ボーっとしすぎじゃぞ?」

「うるさい、不可抗力だ。いや……アンロックだ。今回、来たぞ」


「なにぃ!?」


ヴィヴィが、目を輝かせて飛びついてきた。


「来たか! 今度こそ! 今度こそワープであろう! ワープと言え! ワープじゃないとわしはぁ!」


またそれか。こいつはどんだけワープが好きなんだ。いまでも十分に飯はくえてるだろうに。


流れ込んでくる情報を確かめる。


「……ゲート、だってさ」


「げーと?」


「転移門、っていうのか。……えーと」


アンロックされたスキルの情報を、頭の中で整理する。


入口と、出口。この二つの門を設置すると、その間が繋がって、行き来できるようになる。門を作るには、両手でその場所に触れる必要がある。遠くから、いきなり作ることはできない。


作れる門は、合計で三つまで。門より大きいものは、通れない。門はいつでも消せるし、繋ぎ先を変えることもできる。そして――人も、物も、なんでも通せる。


「……ふうん」


試しにやってみるか。


手ごろな岩壁に手をつく。両手でそこに触れると、空間にぐにゃりと歪みが生まれた。薄い青と水色で渦を巻くような歪みだ。


それは人が一人ようやくくぐれるくらいの、楕円形の渦の門。手を入れようとするが、入らなかった。


「出口が必要ってことか……」


少し離れた場所に移動して、もう一度、壁に触れる。二つ目の門。


すると二つの門の向こうに、それぞれ、反対側の景色が透けて見えた。入り口を覗くと、出口の向こうが見える。


試しに、小石を入り口の門に放り込む。


小石は、出口の門から、ぽとりと転がり出た。


「……お、繋がってる」

「おおー! なんじゃこれは! 面白いのう!」


ヴィヴィが、門を行ったり来たり、くぐって遊び始めた。実体があるのに、こいつも通れるのか。


「ふははははーー、ホレホレ」

「おい、ヴィヴィ、門を消すぞ」

「もちっといいじゃろ! 遊ばせるのじゃ!」


しかし、なるほど。仕組みはわかった。


だが。


「……これ、何に使うんだ?」


正直、ピンとこない。門を作って繋げるのはわかった。だがシフトで飛べば、大抵の場所には行ける。ワープじゃないから、遠くへ一瞬でってわけでもない。両手で触れて設置しないといけないし、三つまでしか作れない。


「飽きたのじゃ……、下僕よ、これはワープではないのか……」


飽きるの早いな。何の面白みもないのは事実だ。ヴィヴィがあからさまにがっかりしている。


「悪かったな、ワープじゃなくて」


まぁ使い道はそのうち見つかるだろう。とりあえず門を全部消しておく。すっと手を振ると、転移門は何事もなかったように消えた。



 ◇



長かった探索も、これで終わりだ。


魔剣も手に入れた。よくわからん新能力も増えた。何より――このホラーダンジョンからやっと出られる。


シフトで来た道を戻る。四層の暗い山を、そして三層、二層、一層と、逆に辿っていく。


不思議なもので、帰り道は行きほど怖くなかった。もう、この道の先に何がいるか知っている。そしてそのどれもが、俺には敵じゃないと体でわかった。あれだホラーゲーム二回目は全然怖くない理論。ホラゲやったことないけど。


……いや嘘ついた、正確にはまだちょっと怖い。屍人が物陰から出てきたときは、また普通にビクッとした。だが行きのような、足がすくむ感覚はもうなかった。


俺も少しは成長したのかもしれない。ただでは転ばない男、狭間蓮です。しかし、ホラーには……できれば二度と来たくない。


ダンジョンの出口をくぐると、外はもう夕暮れだった。


「……はー。やっと、終わった」


大きく、伸びをする。全身の強張りが、ほどけていく。長い一日だった。


『下僕よ!! 飯じゃ飯! 十郎系へ行くぞ!』


魔剣状態のヴィヴィが騒ぎ出す。最近こいつは本家ではなく十郎系インスパイアにもはまっている。俺は……最近アブラは避けてる。食いすぎると次の日が大変なんだ。


そういえば、配信が途中で切れたままだった。視聴者はあの酒呑童子との決着のところで接続がきれて、その後どうなったか気を揉んでいるだろう。


後で何か一言、ショート動画で入れておくか。ヴィヴィの十郎系シーンでもいいな。


それと――壊れたドローン。あれ、ギルドの備品なんだよな。古館さんになんて謝ろうか。はぁ、気が重い。


「いや、ヴィヴィ。もうちょっと我慢してくれ。先に桜樹町ギルドに報告に行く」

「なにぃ! 下僕よ! わしの十郎系がそこで待っておるんじゃぞ! わしの胃袋が待てぬぅ」


そう、まずは報告だ。桜樹町ギルドに調査の結果を伝えないと。襲撃犯の正体、魔族のこと。ダンジョンを、攻略したこと。


ヴィヴィをあしらいながら、俺の足取りは少し軽かった。



 ◇



桜樹町ギルドは夕方でも人がいた。


受付に、見知った職員の顔がある。木島(きじま)さんだ。近づいて声をかける。


「木島さん、すみません。調査の件を報告しにきました」

「あぁ狭間さん、お疲れ様です。お帰りなさい。あなたなら無事に帰って——」


その時だった。


ウゥゥゥ――ッ!! ウゥゥゥ――ッ!! ウゥゥゥ――ッ!!


けたたましい警報音が、ギルド中に鳴り響いた。


天井の赤いランプが点滅する。壁の大型モニターが、一斉に緊急表示に切り替わった。


「え、え?」


何? なんだ?


「もしかして——、これは——」


木島さんを含む、職員たちが血相を変えてモニターに駆け寄る。俺もつられて画面を見上げた。


モニターに、大きく赤い文字が躍っている。


=====================

【緊急警報】解放型ダンジョン出現

出現地域:大土島(おおどじま)

大型モンスターの出現を予測

=====================


「……解放、ダンジョン?」


聞いたことのない言葉だった。ダンジョンが……、出現する?


ギルド中がざわめきに包まれる。職員が慌ただしく電話を取り、無線が飛び交う。ただごとじゃない空気がギルド全体に一気に広がった。


「大型モンスターって……」


嫌な予感がした。これまで相手にしてきたやつらとは、何か根本的に違う。そんな気がする。


『下僕! なにやら、騒がしくなってきたのう!』


ヴィヴィだけがどこか楽しそうだった。


 

=========================

次回、幕間を挟んで次章にいきます!


 

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 解放型…ってことは、入口が出来たらモンスター出入りし放題ってことですかね? モンスターのランクによってはスタンピードよりヤバいですね…。
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