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第34飯 「上等。食い破ってやる」


山のふもとに祠があった。


背後には切り立った岸壁。その手前に古びた灯籠が一つぽつんと灯っている。祠の中にボスである酒呑童子がいるという。


「酒呑童子、か……」


『なんじゃ下僕。ただの鬼にビビっておるのか?』


「いや、そうじゃないんだけどな……」


酒呑童子の話は、現代でも有名だ。ゲームでも小説でもあちこちで引用される。だがそのほとんどでどこかネタキャラ扱いされている。


本来は平安中期に大江山を本拠にして都を荒らし、源頼光らに退治されたと伝わる、日本最強の鬼の頭領だ。


そのネームバリューゆえに、いくら空間魔法があるとはいえ、そう簡単に倒せるのか少し不安な気持ちがあった。


『ふむ。まあ、警戒しておくのはよいことじゃ。じゃが、おぬしには魔剣が三本もあるじゃろう。いや、魔剣二本に、魔王剣が一本! わしは魔王剣じゃったなーー! フーーーハハハハ!』


テンションが高い。


なんだかこっちが悩んでるのが、ものすごく小さく見えてきた。まあそうだな。俺に攻撃は通用しない。それだけは確かだ。しまっていこう。



 ◇



祠の中に入ると、松明が、ボウ、ボウ、と連続して灯った。奥まで一直線の道を示している。


『歓迎されておるのう』

「そうみたいだな」


明らかに今までのダンジョンとは違う。これまでの妖怪は物陰から不意に襲ってきた。だがこいつは、俺を認識して待っている。この松明の道案内がその証拠だった。


奥に、重厚な扉があった。仰々しく、鬼の顔が彫られている。ここを通る者は、みな鬼の腹の中、ってか。


「上等。食い破ってやる」

『今日の飯になれー』

「……ふは」


相変わらずのヴィヴィの調子に肩の力が抜けた。こいつがいるとどうも緊張しきれない。


>やっべぇぇぇ

>こっちまで緊張してきた

>ボスこえぇぇぇ!

>ハラハラする

>頑張れニキ!

>飯になれとか言うな



 ◇



扉なんて律儀に開けてやる必要はない。


「バースト」


強めの一撃を鉄の扉に叩き込む。鬼の顔ごと扉は轟音を立てて弾け飛んだ。


その飛んでいった扉を。


奥から伸びた腕が、片手で無造作に弾き返した。


「――お出ましか」


炎の照り返しの中にそいつは立っていた。


赤い。全身が燃えるように赤い巨躯。見上げるほどの背丈。盛り上がった筋肉。頭には禍々しい意匠の兜。額からねじれた角が突き出している。手には鎖の巻かれた身の丈ほどもある大刀。


酒呑童子。


鎧をまとい、刀を提げたその姿は、ネタキャラなんて言葉が吹き飛ぶほどの威圧感だった。


>うわでか

>ボスの風格やばい

>これは強そう

>画面越しでもプレッシャーくる

>最初からクライマーックス


考えるより先に動いた。先手必勝だ。


「ディバイド」


魔王剣ヴィヴィアンを横一閃。空間を裂く斬撃が酒呑童子めがけて走る。


だが。


「なっ……!」


酒呑童子はその巨体からは想像もつかない俊敏さで、身をひねり、ディバイドを躱した。


「まじかよ……」


金猿といい、こいつといい。最近のやつは、不可視の斬撃を躱しすぎじゃないか。


驚く間もなかった。酒呑童子が一気に間合いを詰めてくる。速い。手にした大刀が唸りを上げて振り下ろされた。


とてつもない威力。並のタンクなら盾ごと両断されていただろう。


だが。


ガイン、と。俺のロックが、その一撃を受け止めた。


「効かないぜ、それは」


鬼がわずかに目を見開く。その隙にもう一度ディバイド。


だがこれも躱された。酒呑童子は大きく後ろへ跳んで距離を取る。


こいつ、ただ暴れる鬼じゃない。攻撃を防がれたら即座に引く。こっちの手が届かないと見るや、無駄に突っ込んでこない。力任せの見た目に反して頭を使って戦う相手だ。

距離を取った酒呑童子が、動きを止めた。


先ほどの一撃で、こちらの攻撃が効かないと察したのだろうか。刀と鎧に、ゆらりと炎が纏わり始めた。赤かった全身が、さらに紅く燃え上がる。


「うわ、きれいだな」


『おぬし、意外と余裕あるのう』


>ニキの攻撃、避けられてる?

>結構、動き速いな

>金猿ほどじゃなさそうだけど

>炎まといだした、やばそう


攻め手を変えてきた。


酒呑童子が大刀を地に突き立てる。


『——<<焱獄(えんごく)>>』


ボォッ。


声ならぬ酒呑童子の唸り声が、俺には技のように聞こえたとき、俺の周囲に火柱がいくつも立ち上がった。


「効かないっての」


炎そのものにダメージはない。ロックがある限り、俺には届かない。


だが。


あれ?


炎が消えない。それどころか火柱は次第に大きく、俺を囲んで渦を巻き始めた。そして、渦は炎の壁になり、俺は壁の中に閉じ込められた。


じわり。


首筋に汗が滲んだ。


熱い。ロックの膜の内側に熱がこもってくる。息を吸うと、空気が乾いて、喉の奥がひりつく。


「……もしかして、こいつ」


——こういう攻撃は想定していなかった。炎で直接焼くんじゃない。逃げ場のない空間を炎で作って、じわじわ蒸し焼きにする気か。


空間固定(ロック)は物理も魔法も防ぐが、閉じた空間に熱がこもれば話は別だ。温度についてある程度は気密性を保っているが、そこまでの高温を考慮していない。


「なんか、不安になってきたぞ……」


大丈夫だとは思う。だが、このままロックの中で蒸し焼き、なんて未来も絶対にないとは言い切れない。初めてだった。攻撃を防いでいるのに追い詰められていく感覚は。


>炎やば

>ニキが蒸し焼きにされるん

>防御はすごいけど、この状態で倒せるのか?

>じわじわ来るの怖い

>ニキの顔、汗がすごいな


仰々しい見た目に反して、こすい手を使ってくる。さすが頭領を張るだけはある。


だが――こうなると、話は早い。


長引かせるほど、こっちが不利だ。なら、一撃で、けりをつける。



 ◇



雷光の金籠手、ヤールングレイプル。インベントリから、直接、両腕に装備する。


最近覚えた小技だ。いちいち取り出さなくても、装備状態で呼び出せる。地味に便利です。


>金籠手キタこれ

>いきなり装備できるようになったのか

>いつ見てもカッコいいなこの魔剣

>つーか周囲やばすぎる。どうすんだこれ


炎の檻の向こうで、わずかに見える酒呑童子が次の一手に移った。


刀の先に、大量の炎を集め始める。ごうごうと渦を巻いて、みるみる巨大な火球が育っていく。まるで太陽みたいだ。


『——<<帝釈焱天(たいしゃくえんてん)>>』


酒呑童子、これでけりをつける気か。蒸し焼きを待たずに一撃で仕留めにきた。


あの熱量。まともに当たれば、炎のダメージはなくても、輻射熱で、俺の体温そのものが持っていかれるかもしれない。


なら当たる前に決める。


半端なスピードじゃ、ディバイドのように躱されるかもしれない。あいつは俺の攻撃を読む。読む暇を与えなければいい。相手が反応すらできないほどの速さ。一瞬の、最大攻撃を叩き込む。


短剣を鞘に戻す。左手の籠手の手首に、右手を添える。魔王剣ヴィヴィアンから供給される無限の魔力を、籠手へ送り込む。


バチ……バチチチ……バチチチチチチチチチチチチ。


金籠手が音を立て、やがて俺の全身に雷が纏わりついた。空気が振動し、火花が飛び散る。雷光の音が祠中で鳴り響く。


>やばいニキがスパークしてる

>うわ、配信ドローン大丈夫か?

>これ、雷の突きの構えじゃん

>やべぇぇぇぇぇ


酒呑童子の火球がすさまじい熱を引き連れて、放たれた。


雷属性の魔力が全身に満ちる。ふぅーーー、と吐いた息にすら、パチチと火花が散る。


足先に、力を込める。そして――解放。


「震雷(しんらい)」


バチチチチチチチチチ――ッ!!


大気を震わす音が鳴った。


ロックとバーストと放電(ヴァーリー)の複合。雷属性による敏捷性の最大活性。極限まで引き上げた、神速の突き。


世界が、遅くなった。


迫る火球が止まって見えた。その向こう、炎壁の外にいる酒呑童子の顔がはっきりと見える。俺と目があった。俺が動いたことに今気づいた。その目がゆっくりと驚愕に見開かれていく。


もう遅い。


火球を掠める。いや、突き抜ける。灼熱の塊が頬のすぐ横を過ぎていく。構わない。止まらない。俺は、まっすぐ鬼の懐へ。


すれ違う。


————。


残心を終えて、振り返ったとき。


通り過ぎた酒呑童子の躰は、上半身が、消し飛んでいた。


下半身と砕けた兜の一部は落ち、そして大刀だけが、主人である酒呑童子がいたことを示すように、その場に突き立っていた。

炎の柱たちが、ふっと力を失って消える。


「……終わった、か」


静かになった祠に俺の吐息だけが響いた。



 ◇



ふと、我に返った。


そういえば――ドローンは。


「……あ」


配信ドローンは、俺のあまりの速さについていけず、置き去りにされていた。しかも、酒呑童子の火球をまともに浴びて。


黒焦げになって、地面に転がっていた。


「あちゃーーー……」


完全にお亡くなりだ。配信はとっくに切れているだろう。


どうやって古館さんに謝ろう。ギルドの備品だぞ、これ。


『やーーっばいな! おぬしの震雷』

「……ん?」


『さっきの突き。速すぎて、まるで千の鳥が鳴くような轟音じゃったのう。名付けて千……』

「言うな。その名で呼ぶな」


嫌な予感がしたので、先回りして止めた。こいつのネーミングセンスに、ろくなものはない。


『ちぇー』


さて……この後は魔剣だな。


 

=========================

<震雷>

ロックとバーストと放電(ヴァーリー)の複合技。

ロックで体の周囲に防御膜を貼りながら、バーストで超加速、ヴァーリーで極限にまで肉体活性して高速移動、雷属性の攻撃力を突き手に集約。

無限の魔力で後押しされた雷は周囲をプラズマ化させ瞬間的に数千万から数億度に達する。

——とか考えてました。

単に超強い雷の突き手です。


 

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