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第22飯 「その剣……喋ったり、しないんすか?」


『下僕よ! ここはどこじゃ?』


「おれが通っていた大学だ。今日はここに用がある」


翌日。俺は神崎先生の所属している東卿帝都大学に来ていた。なお、俺の卒業した大学でもある。


八皇子のアパートから少し移動し、先生の家の近くに立地している、明治初期に設立された由緒ある大学である。


表の方は見栄えの良い茶色のレンガの建物が並んでいるが、ダンジョン関連学部が大きくなってきたころから学部建屋が新設され、比較的新しい研究棟が奥に並んでいる。


卒業以来だから二年ぶりになる。門をくぐると当時の記憶がじわりと蘇ってきた。就活に失敗して逃げるようにここを出たため、いい思い出ばかりでもない。


だが今はあの頃とは違う。俺は神崎先生に呼ばれてここに来ている。Bランク探索者として、胸を張ってとまではいかないが、少なくとも逃げてきたわけじゃない。


『ふむ、ここが下僕の学び舎か。存外、立派じゃな。なんか飯はないのか』


腰のヴィヴィが念話で言った。今日はさすがに大学構内なので、剣はインベントリの中である。


「大学の食堂があったはずだ、帰りに寄ってみるか」

『なぬ! 上手い飯があれば絶対にそこによるのじゃぞ!』


現金なやつだ。



 ◇



神崎先生の研究室はダンジョン研究棟の三階にあった。


「失礼します」


ドアを開けるとそこは資料の山だった。


壁一面の本棚。積み上がった論文の束。机の上には見慣れない石板だの、古びた金属片だのが、所狭しと並んでいる。


おそらくダンジョンから出土した遺物なんだろう。研究室というより宝物庫か、がらくた置き場か、なかなか判断に微妙なところだ。


「やあ、蓮くん。よく来てくれた」


先生がぬっと奥から出てきた。相変わらず身長が大きい。


「お邪魔します。……すごい部屋ですね、資料が山積みです」

「はは、散らかっていてすまないね。研究者の部屋なんてどこもこんなものだよ」


先生がそう言って、部屋の奥に声をかけた。


「おーい、文珠川(もんじゅがわ)くん。探索者の方が来てくれたよ」


資料の山の陰から、がたっと音がした。


「えっ! も、もう来たんすか!? そんなまだ準備が――、あわわっ」


どしーん!


資料の山に躓いたのか、奥の人物が倒れる。


「いたたた……」

「あの……大丈夫ですか」


手を貸す。若い女性だった。年は俺と同じくらいか。ぼさぼさの髪を無造作に後ろで結んでいる。分厚い眼鏡。よれたパーカー。いかにも研究に没頭している、という風体だ。


彼女は俺の顔を見た瞬間、固まった。


「……え。ほ、本物っ!? 本物の、短剣ニキっすか!?」


「ファ、ファンなんです! 配信、全部見てるんすよ! 壁抜きも、メガガルーダも! 空を飛ぶなんて、ありえないっす! も、もう、毎日鳥肌が……!」


すごい勢いだ。こっちがしゃべる隙間もない。


「文珠川くん。落ち着きなさい。彼が困っているだろう」

「あっ。す、すみません……!」


彼女は、はっと我に返って眼鏡を直し、こほんと咳払いした。


「し、失礼しました。私、文珠川たえと言います。神崎先生のダンジョン遺物研究室の、院生っす」

「狭間蓮です。どうも」

「し、知ってます! 当然っす!」


先生が笑いながら、俺たちにソファを勧めた。


「まあ、座ってくれ。……蓮くん、彼女はね、ただの院生じゃないんだ。うちの研究室で、魔剣を専門に研究している。昨日話した、ダンジョンで見つかった古文書――あれを解読して成果を出しているのは、ほとんど彼女なんだよ」


俺は思わず文珠川さんを見た。


「い、いやあ、それほどでも……。あの古文書の文字に、規則性があるって気づいて。ダンジョンが、地球のものじゃないかもしれないって論文、去年出したんす。……まあ、学会ではまだ賛否あるんすけど、結構反響がありまして」

「彼女の論文は、この分野じゃ注目株でね」


「若手であれだけの成果を出すのは、なかなかいない。将来を期待されているんだ」


……見た目と中身のギャップがすごい。さっきまでワーキャー騒いでいた人が、実は世界の真相に一番近づいている研究者だっていうのか。


人は見かけによらないな。



 ◇



「それで蓮くん。本題だ。今回の調査依頼。実はこれ、私からというより――彼女からの依頼なんだ」

「はい、私からっす」


文珠川さんが、眼鏡をクイっと上げてレンズをきらりと光らせた。


「私と一緒に、あるダンジョンの調査を手伝ってほしいんす。場所は――北海堂の禰室(ねむろ)ダンジョンっす」


——禰室ダンジョン。北海堂か、遠いな。


「そのダンジョンで、新しい遺物が見つかる可能性が高いんす。私の研究を進める、重要な手がかりが眠ってるかもしれない。……でもそこ、かなり危険なステージ構造をしていて、私たち研究者だけじゃとても潜れないんすよ」

「なるほど。それで、俺に」


「はいっす。狭間さんの実力なら、安全に奥まで連れて行ってもらえるかなって」


さっきの大ファンっぷりとは違う、真剣な依頼の顔だった。


「ただ、すぐというわけにはいかないんす。準備が色々あって。……一ヶ月ほど先になるっす」

「一ヶ月後、か」


まあこっちも、今すぐ北海堂と言われても予定がある。ちょうどいいくらいかもしれない。


「その間に、私もできる限り下調べを進めておくっす。……あの、ぶ、不躾なお願いなんすけど」


文珠川さんの視線が、俺の手元に吸い寄せられた。


「その魔剣。……ちょっとだけ、見せてもらえないっすか? 古文書の解読が行き詰まってて。実物を見れば、何かインスピレーションが湧くかもしれなくて。……あっ、もちろん、無理にとは!」

「ああ、別にいいですよ」


正直ダンジョンに入るときは常に出しているし、ギルドでも隠してはいない。見る分には問題ない。


俺はインベントリから魔剣ヴィヴィを取り出す。いつもの黒い刀身。赤い筋。柄の目玉のような宝石がきらりと光る。


「うわ……! こ、これが、本物の魔剣……! この意匠……! 古文書の記述と、一致する部分が……!」


食い入るように観察している。先生と同じ、知的好奇心の目だ。もう俺のことなんか眼中にない。


と、その時。


『――おい、下僕。なんじゃこの娘は。わしをじろじろと見よって』


ヴィヴィが念話で不機嫌そうに言った。まずい。


「あの、その剣……喋ったり、しないんすか?」

「あー……いや、今日は機嫌が悪いみたいで」


『誰が機嫌が悪いじゃ! わしは見世物じゃないぞ!』


研究室にヴィヴィの声が響く。


「あわわ、ほんとに喋った!」

「ヴィヴィ、後で食堂行くんだろ、ちょっとくらい我慢しろ」

『むぅ、そうじゃった。……娘! ちょっとだけ許してやる。はよせい!』

「あ、ありがとうございます!」



 ◇



ひとしきり文珠川さんが魔剣を堪能した後、俺たちは大まかな話をまとめた。


一ヶ月後、北海堂のダンジョンへ調査に向かう。それまでに文珠川さんが下調べを進め、俺は俺で日々の探索を続ける。詳細は日が近づいたらまた詰める。


「今日は本当にありがとうございました! あの、握手してもらっても……!?」


別れ際、文珠川さんが両手を差し出してきた。握手すると、感極まったようにぶんぶん手を振る。


「一生、洗わないっす……!」

「洗ってください」


まったく変な人だ。だがこの人となら、北海道の調査も面白くなりそうな気がした。



 ◇



研究棟を出て、俺は食堂に向かった。約束は約束だ。


券売機でポークカレーを買い、人目のない隅の席に着く。学生の頃、金がない日に、一番安いこのカレーで腹を満たした。懐かしい味だ。


トレイを置くと、ボンッと軽い音がして、ヴィヴィが実体化した。


「ふおおお! これがカレーか!」


湯気を立てる黄土色のルー。ごろりと沈んだ豚肉の塊。福神漬けの赤が脇に添えられている。スパイスの匂いが鼻をくすぐった。学食の、なんの変哲もないポークカレー。だがこの匂いは暴力的だ。


「いただきますっ!」


ヴィヴィがスプーンを口に運び――目を丸くした。


「んんーーーっ! 辛い! じゃが、うまい! 豚肉が、ほろほろじゃ!」


猛烈な勢いで、かき込んでいく。


俺も一口食う。


……ああ、この味だ。飛び抜けてうまいわけじゃない。でも、どこかほっとする。学生時代、未来も見えず、この食堂でひとり、この一番安いカレーを食っていた。


それが今は、生意気な魔剣と、二人でこれを食っている。


「うまいのう、下僕!」

「ああ。……うまいな」


人生、どう転ぶかわからないもんだな。ひとりで啜っていたカレーが、今は、少しだけ、賑やかだ。


「おかわりは、あるかの!」

「一杯だけな」


現金なやつの幸せそうな顔を見ながら、俺は少しだけ笑った。



 ◇



ヴィヴィが二杯目を平らげている最中、スマホが鳴った。


フルーツバスケットの魔法使いの子、柿山藤里(かきやまとうり)からだった。


「はい、もしもし」


『あっ、狭間さん! お忙しいところすみません! 以前お話ししたコラボ配信の件、そろそろ具体的に進めたくて! 一度打ち合わせ、させてもらえませんか?』


ああそういえば。フルーツバスケットとのコラボ配信の話があったな。なんかいろいろあったせいで間が空いていた。


「ああいいぞ。じゃあ、日程合わせよう。明日は打ち合わせ大丈夫か?」


『ほんとですか! やった! 明日は大丈夫です。聖、来てくれるって!』

『やったですわ!』


電話の向こうで、柿山さんと僧侶の子、桃瀬聖(ももせひじり)がはしゃいでいる。相変わらず元気なやつらだ。


『ヴィヴィアンちゃんにも、よろしくお伝えください! また一緒に、美味しいもの食べましょうって!』


その一言に、目の前のヴィヴィが反応した。


「――飯!? 誰か、今、飯と言うたか!?」

「お前は、目の前にカレーがあるだろ。……まったく、飯の話にだけは地獄耳だな」


『またあとで打ち合わせの時間と場所は連絡しますね!』


一ヶ月後の北海堂の調査。そしてその前に、フルーツバスケットとのデザート配信。

明日は打ち合わせかて……

 

 

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次回から新ダンジョン編です。

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