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第21飯 依頼


「ダンジョンは――異世界からやってきた。私はそう考えている」


異世界。先生の言葉が俺の頭の中でぐるぐると回っていた。


正直、全然考えてもいなかった話だ。ダンジョンなんて五十年前から当たり前にそこにあるもので、俺にとっては常に存在する日常の延長にあるものだった。


「……そんなものが本当にあるんですか。異世界なんて」

「まだ仮説だよ」


先生はあくまで冷静に俺に話す。


「確たる証拠が揃っているわけじゃない。古文書だってまだ解読できていない部分の方がずっと多い。だが――結構、良い線を行っていると思っている。これからもっと色々なことが判明してくるはずだ」


異世界。ダンジョン。魔剣。魔王。


魔王剣ヴィヴィアン。こいつも元をたどれば、魔王という存在の力が剣になったものだと自分で言っていた。もしダンジョンが異世界から来たものなら――ヴィヴィも、その異世界の。


ダイニングの方から、「静江! アイスおかわりじゃ」と、呑気なアイスの声が聞こえてきた。



 ◇



「それより蓮くん」

「君は、やっぱり――魔剣がモンスターからドロップすることを知っていたんだね」


「……え」

「先ほど私が『魔剣はモンスターが生み出す』と話したとき、君は全然驚かなかった。むしろ私に『知っていることを、確かめている』ような顔をしていた」


うっそだろ、……見抜かれていた。


内心で「ほとんど正解だ」なんて思っていたのが顔に出ていたのか。いや、この人は昔から学生の些細な表情の変化を見逃さない人だった。


「まあ、君が魔剣を持っている時点で、ある程度は予想していたんだがね。今ので、確信したよ」

「はぁ……」

「ふふ、ということは――だ。おそらく君はギルドからこの件を他言しないよう言われているんじゃないかな?」


隠し事は難しいみたいだ。俺は観念して頷いた。


「……その通りです」


「先日、ギルドに呼ばれて。魔剣の入手方法は機密だから配信なんかで漏らすな、と。口止めされました」

「やはりそうか」


先生は納得したように頷く。


「安心してくれ、蓮くん」

「どういうことですか?」


「よかったよ。実はね……私たちダンジョン研究者は、ギルドと連携していることがあるんだ」

「連携?」


「うむ。研究には、ダンジョンの一次情報が欠かせないからね。だから探索者協会と情報を共有することがある。その関係で一部の研究者には、『魔剣がボスモンスターからドロップする』という情報が開示されているんだ」


先生は自分の胸を軽く叩いた。


「私もその一人だよ」


「……なんだ。そうだったんですか」


道理で。この人が機密であるはずの魔剣の入手方法を知っていたのも、これで説明がつく。てっきり俺は、先生が独自に危ない橋を渡って調べたのかと思っていた。


「もっとも具体的に『どのダンジョンで魔剣が出るか』までは、私たちにも公開されていないがね。そこは、協会が厳重に握っている」


「そこは俺も特例で教えてもらったところです」

「ほう。特例で?」


「ええ。……口止めに応じる代わりにって条件で」

「なるほど。本来、その情報はAランク以上の探索者にしか明かされない。君はまだそこに届いていないはずだが……特例というわけか。大したものだ」


そして、先生は少しだけ誇らしげに付け加えた。


「それにね蓮くん。そもそも、『魔剣はモンスターからドロップする』という事実を、研究の側から明らかにしたのは――私たち研究者の努力の賜物なんだよ」


神崎先生のその言葉には静かな自負が滲んでいた。ギルドが機密として隠してきた事実を、古文書や遺物の研究調査から独自に突き止めた。この人たちはそういう仕事を地道に続けてきたのだ。


……かっこいいな、と、素直に思った。



 ◇



「しかし本当に立派になったなあ、蓮くんは」


先生がしみじみと言った。


「魔剣を持ってギルドと特例で渡り合って。……将来有望であることは間違いない。ときに探索者ランクは、今いくつだったかな。確かDだったか」

「あ、それが」


俺は昨日、古館さんとの会話を思い出した。


「つい昨日、Bランクに上がりました。飛び級で」


「ほう!? Bに!? Cを、飛ばして?」


「はい。渋家ダンジョンでの活躍が評価されたそうで」


「……いやはや。二か月やそこらでBランクとは。恐れ入ったよ」


先生は心底驚いた様子だった。それから何かを考えるように顎に手を当てた。


「Bランク、か。……ということは、Aランクもそう遠くないということだな」

「まあ、そう簡単には、いかないと思いますけど」


「いや。蓮くんならきっとすぐだよ」


先生は確信めいた口調で言った。そして、少し間を置いてから居住まいを正した。


「……なあ、蓮くん。実は折り入って頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと?」



 ◇



「単刀直入に言おう。――大大学の調査で、ダンジョンに潜るのを手伝ってくれないか」

「調査ですか」


思いがけない依頼だ。いまいちピンと来ていない。


「うむ。遺物の調査だ。……実はな、うちの研究室でずっと追いかけている魔剣の調査があるんだ。だが、それには少し厄介なダンジョンに潜る必要があってね」


「……危険なダンジョンに行かれるんですか」


「ああ、研究者だけではどうにもならない。腕の立つ信頼できる探索者の力がどうしても必要なんだ。……そして、Aランクも見えてきた君はその点、これ以上ない適任だと思っている」


なるほど。そういうことか。


研究者にとって危険なダンジョンの深部に潜れる高ランクの探索者。それは、確かに喉から手が出るほど欲しい手札だろう。しかも、恩師である先生になら、俺も信頼して背中を預けられる。


「もっとも」

「ん?」


「本音を言えばうちの子も同然の蓮くんに、危険なことは頼みたくないんだがね。……こういう頼み事をするのは、正直気が引ける」


その言葉に嘘はなさそうだった。この人は、今でも俺のことを我が子のように思ってくれている。だからこそ危険な依頼をするのをためらっていることが分かる。


だが、俺にとっては、悪い話じゃない。むしろ――願ってもない話だ。


魔剣のこと。ダンジョンのこと。異世界のこと。俺が、今、一番知りたいことを、研究している人たちと、一緒に動ける。遺物の出るダンジョンに潜れば、俺自身の探索にも、繋がるかもしれない。何より、この人の役に立てるなら。


「先生」


俺は先生の期待にこたえたい、そう思った。


「いくつか条件はあると思いますが……、詳しい話聞かせてもらえますか」

「……いいのか?」


「ええ。恩返しっていうには、安いかもしれませんけど。俺にできることならやりますよ」

「……ありがとう、蓮くん。恩に着るよ」


「大袈裟ですって」

「いや、大袈裟なものか」


「よし。では具体的な話は……そうだな明日にしよう。明日大学に来てくれないか。研究室で担当の者を交えて詳しく説明したい」

「担当の方? 先生が進めているのではないのですか?」


「うむ。この件の本当の依頼主でね。会えば分かるよ。……なかなか面白い子だ」


先生は意味ありげにそう言って笑った。


こうして、俺は思いがけず恩師の研究に足を踏み入れることになった。


――なお。


このときダイニングでアイスを三個目まで平らげていたヴィヴィは、後で「下僕! 話は終わったか! 帰りに天一ラーメン行くぞ!」と言い出したことを付け加えておく。


「お前さっきまでアイスに夢中だっただろ」

「それとこれとは、別じゃ! 甘いもの食べたからしょっぱいモノを食いたいのじゃ!」


食い方がおっさんのそれだ。まったく、忙しいやつだ。



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話がなかなか地味なところですがご勘弁ください。


 

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 カクヨムで先行配信しています。

 先が気になる方はそちらもご覧ください。


 https://kakuyomu.jp/works/2912051604673684115

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