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第20飯 唐揚げ


結局、神崎家には明日の夜に改めて伺うことになった。


再会したのが夕方で、今日はもう遅い。先生も「明日、大学の帰りに家へおいで。静江も喜ぶ」と言ってくれたので、俺は一度自分のアパートへ帰った。


「手土産はどうするかな」


冷蔵庫ならぬインベントリの中身を頭の中で確認する。ダンジョンの素材なら腐るほどある。


「そうだ。メガガルーダの肉まだ結構あったな。あれ持ってくか」


色違いのやつじゃなく、普段の周回で狩った通常個体の肉だがそれでも十分高級食材だ。


手土産にしては豪華すぎる気もするが、静江さんなら喜んでくれるだろう。あの人は良い食材を見るとそれだけで顔をほころばせる人だった。


『下僕、メガガルーダの肉はわしのじゃぞ? 勝手に配るでない』

「配るんじゃなくて手土産だよ。それに静江さんが料理してくれるんだ。間違いなく美味いものを作ってくれる」


『……なんじゃと。なら、よし。むしろたくさん持っていけ』


現金なやつだ。



 ◇



翌日。神崎家は八皇子から五~六駅離れたところにある。


駅を降りて、見知った住宅地を歩く。閑静で、言い方は悪いが少しばかりお高くとまった立派な家の並ぶ一帯だ。庭付きの一戸建てばかり。俺のボロアパートとは住む世界が違っている。


高校生の頃はここから学校に通っていた。両親を亡くして行き場をなくした俺を神崎家が引き取ってくれた。あの三年間、俺はこの街から高校へ通った。


懐かしいと思う反面、同時にやっぱりここを出てよかったとも思う。


この街は俺には上等すぎる。今くらいの安アパート暮らしが性に合っている。


歩いているうちに見覚えのある家が見えてきた。


神崎家。表札は昔のままだった。


俺は少し深呼吸をしてインターホンを押した。



 ◇



ドアが開いた瞬間、俺はそれに巻き込まれた。


「蓮くんっ!」


ふわりと優しい匂いがした。気づけば俺は抱きしめられていた。


神崎静江さん。先生の奥さんだ。俺にとっては、第二の育ての母親のような人。少し記憶より髪に白いものが増えた気がする。だがその温かさは昔のままだった。


「まあ、まあ、まあ! 本当に蓮くんだわ! 大きくなって……いえもう立派な大人ね! ああ、会いたかったのよ!」


「し、静江さん、ちょっと、苦し……」

「あら、ごめんなさい。ついつい」


おほほほ、と静江さんは笑いながら俺を離した。ほんの少し涙ぐんでいる。久しぶり、というか大学卒業以来会っていなかったからな。就職活動に失敗して見せる顔がなかった。


「おじゃまします」


俺がそう言うと、静江さんは、めっ、と優しく睨んだ。


「おじゃましますじゃ、ないでしょう。ここは、蓮くんの家でもあるのよ。『ただいま』でいいの」


「……ただいま、です」


「はい、おかえりなさい」


静江さんがにっこり笑った。


……ああ。この感じだ。この人はいつまでたってもこの調子。ふさぎ込んだ俺を救い上げてくれた人の一人である。


胸の奥が、少しあたたかくなった。


「静江さん、これ今日の食材用に持ってきました。うちの連れがたくさん食べるんでこれもぜひ使ってください」

「あら、とってもおいしそうなお肉! そんな気を使わなくていいのに!」


「いや、マジで食べるんで——」


『おい下僕、この人間は誰じゃ。やたらとお主にくっついておったが』


俺の声にかぶせて腰の短剣が念話で聞いてくる。そうだった、こいつを紹介しないと。


「静江さん、こいつ……えっと、紹介します。ヴィヴィです」


ボンッ。


ヴィヴィが実体化した。静江さんの目の前で、いきなり。


「うむ! わしはヴィヴィアンじゃ! 下僕の主じゃ!」


普通なら少女がいきなり現れたら、腰を抜かす。だが、静江さんは違った。


「あらあら! まあまあ! 可愛らしいお嬢さんね! 私は神崎静江よ! ようこそヴィヴィアンちゃん!」


静江さんは、まったく動じず、それどころか、ヴィヴィの手を取ってにこにこと歓迎した。


この人の勢いはヴィヴィでも変わらないのか。


「ヴィヴィアンちゃんも、たくさん食べる子かしら? 蓮くんが、いいお肉を持ってきてくれたのよ。たーくさん、作るからね」

「なにっ!? た、食べる! わし、たくさん食べるぞ! いくらでも食べるのじゃ!」


ヴィヴィの目が輝いた。


……こいつ、初対面の相手でも飯の話には食いつくんだな。静江さんもまったく物怖じしない人だから、存外気が合うのかもしれない。



 ◇



玄関先で先生も出てきた。静江さんはもう夕飯の準備を進めてくれている。


「やあ、蓮くん。よく来てくれた」

「お邪魔します、先生。……あの、湊は」


そう、この家には、もう一人いるはずだった。神崎湊。今年大学卒業した先生の一人娘である。


「ああ、それがな」


先生が、少し申し訳なさそうに言った。


「湊は今日出張でね。どうしても外せない仕事があって、あいにく留守なんだ」

「そうですか」


「本人は、『蓮兄さんが来るなら帰る』とえらく騒いでいたんだがね。仕事を優先しろと言い聞かせたよ。……なに、今日が最後というわけじゃない。また来てくれるだろう?」

「……ええ、そうするつもりです」


湊か。あいつももう社会人か。時間が経つのは早いな。……少し、会いたかった気もするが。縁があればまた会えるだろう。


そんなことを考えていたら。


「下僕っ! 飯はまだかっ! わし、腹が減って、爆発するのじゃ!」


ヴィヴィが待ちきれないとばかりに叫んだ。


「爆発すんな。今、静江さんが作ってくれてるだろ」


しんみりした空気は、こいつのおかげで、あっという間に霧散した。まったく、雰囲気も何もあったもんじゃない。



 ◇



そして食卓。


「さあさあさあ、できたわよ! たーんと、召し上がれ!」


静江さんが、次々と皿を運んでくる。その中央に、どんっ、と鎮座するのは――メガガルーダの唐揚げだった。


しかも一種類じゃない。


こんがりと、黄金色に揚がった唐揚げが、山のように盛られ、それぞれに違う味付けが施されている。定番の醤油ベース。真っ赤に絡んだ、甘辛いやつ。


とろりとした、黄色いソースのかかったやつ。ソースもカレー、ねぎ塩、スイートチリ、明太マヨ。これは見ているだけで涎が止まらなくなるラインナップである。


「蓮くんが、あんなにたくさんお肉を持ってきてくれたから、ついつい、張り切っちゃって。いろんな味を作ってみたのよ」


湯気がふわりと立ちのぼる。揚げ物の、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。


「おおーっ! これが、あのメガガルーダの肉か!」


先生が目を輝かせて身を乗り出した。学者の威厳は、どこへやら。


「いやー蓮くんの動画では何度も見たが、このように食材となると何か感慨深いものがあるな!」

「ほんとそうねぇ、こーんなお肉なかなか食べられないからご近所の奥様に自慢できちゃうわ♪」


「よかったらまだまだあるので、あとで残しておきますね。湊にも食べさせてあげてください」

「あら、きっと喜ぶわぁ」


「私も大学で自慢できるぞ! いやあ、こんなに贅沢に、メガガルーダの唐揚げを食べる家庭は、地球上でも、うちくらいのものじゃないか! はっはっは!」

「そうなのじゃー!」


負けじと、ヴィヴィが胸を張った。


「うちの下僕は、あの鳥っこを、ズパーンと、うまいところだけ残して倒す、やる下僕なのじゃ! すごいじゃろう!」

「ほほう! それはすごい!」


「すごいでじゃろう!」


なんでお前が自慢げなんだ。


とはいえ飯はうまそうだ。俺も席についた。


まず、定番の醤油からかぶりつく。口の中でじゅわりと肉汁が溢れた。下味のしっかり効いた、ジューシーな肉。衣はさくさく。安定のうまさだ。ここにメガガルーダ特有の旨味がのる。モンスターの肉はなぜこんなにも美味しいのか。


「……うん。うまい」


そして、ヴィヴィはというと。


真っ赤なやつに、かぶりついていた。


「――んんっ!? な、なんじゃこれ! 甘くて、辛くて……アマカラーッ! このヤンニョムとやら、最高なのじゃーっ!」

「ヤンニョムって、よく知ってたな」


「静江が教えてくれたのじゃ! ……うまっ! 辛いのに、手が止まらん!」


次に黄色いソースのやつ。


「こ、こっちは、なんじゃ……! 甘い……! それでいて、酸っぱさと、こくが……! このハニーマスタードども、最高じゃ! ずるいのじゃ、こんなの!」

「ども、って、唐揚げは何人もいないだろ」


「うるさい! うますぎて、そんなのどうでもいいのじゃ!」


ヴィヴィが、次々と唐揚げを平らげていく。頬をぱんぱんにして、幸せそうに目を潤ませている。


「醤油の、オーソドックスなやつも、捨てがたい……! ああ、もう、全部うまい! どれも、うまいのじゃーっ!」


「「「はっはっはーーっ!」」」


先生と、静江さんと、ヴィヴィが、揃って大笑いした。


……そうだ、忘れてた。


この家は――飯を食うと、みんな、やたらとハイテンションになる家なんだった。


「なんだ、これ。酒でも、入ってるのか?」


入っていない。ただの麦茶だ。なのに、この宴会みたいなテンションはなんなんだ。


先生が唐揚げを頬張りながら豪快に笑う。静江さんがそれを見てまた笑う。ヴィヴィが負けじと、唐揚げを掲げて何か叫んでいる。


笑い声が止まらない。


ヴィヴィと神崎家。


……混ぜるな、危険。


俺はその賑やかさを眺めながら、静かに唐揚げを噛みしめた。


うまい。ここ二年で世間の厳しさ、力のなさ、ダンジョンの厳しさに打ちのめされてた。こういう食卓を、俺は忘れていた。



 ◇



食事が終わると、家の中は少し落ち着いた。


ヴィヴィはダイニングで食後のデザートで果物を出され夢中になっている。静江さん特製のアイスクリームとともに舌鼓を打っている。


「まだ食べるのか」と聞いたら、「別腹じゃ」と心底不思議そうな顔で返された。もう好きにしてくれ。


静江さんは後片付けをしている。「手伝います」と言ったら、「お客様は、座ってなさい」とやんわり断られた。……お客様じゃなくて、家族なんじゃなかったのか。


俺と先生はリビングのソファで向かい合っていた。


「それで、蓮くん」


先生がコーヒーを一口すすって切り出した。


「ダンジョンでの調子は、どうだい」

「ぼちぼち、ですね」


たぶん探索者としての、という意味だろう。俺は少し考えて続けた。


「今は……あるものを、探してダンジョンを巡ろうと思ってます」

「あるもの?」


先生が片眉を上げ聞き返す。


俺は少し迷ったが、この人になら話してもいい気がした。ダイニングのヴィヴィをちらりと見る。アイスに夢中でこっちの話は聞いていない。


「……これです」


俺はインベントリから、ヴィヴィの魔剣を取り出した。実体化しているヴィヴィはアイスを食っているが、剣はこうして別に出せる。


黒い刀身。赤い筋。柄の目玉のような宝石。


「これは……?」


先生の目がその剣に吸い寄せられた。


「魔剣です。名前は、ヴィヴィアン。……そこの、あの子の、正体ですよ」


「……なんと」


「実は俺、魔剣を探してるんです。集めてると言った方が、正しいかもしれない」


「——魔剣を、集めている」


先生が剣と俺の顔を交互に見た。


「先生」


俺は思い切って聞いてみた。ずっと知りたかったことだ。


「魔剣って……そもそも何なのかご存じでしょうか?」


ヴィヴィに聞いても、「わしは特別じゃからな」とはぐらかされるばかり。聞いても知らないのか、それともまともに答える気がないのか多分両方だろう。俺はヴィヴィに聞くのはもうあきらめている。


先生はしばらく剣を見つめてから口を開いた。


「……ふむ。どうやらまじめな話のようだ。私も魔剣について多くを知っているわけではないが、知っている範囲のことを答えよう」


昔と同じ口調、先生の口調だった。懐かしい、この調子でよく勉強を見てもらっていた。


「まず、一般的な認識から。魔剣とはダンジョンで見つかる、特殊な武器の総称だ。そして、Aランク以上の探索者が稀に持つことがある。しかしその性能や入手方法は明らかになっていない。――これが、世間に流れている、魔剣の認識だね。ここまでは合っているだろう?」


「はい」


まさに古館さんに聞いた話と同じだ。


「これはまだ未発表の学説だが、私たちダンジョン遺物学の世界では少し話が違ってね」


先生が身を乗り出した。


「私の研究ではこう考えている。魔剣とは――『モンスターの力が結晶化したもの』。そして、『その力を、引き継ぐ性能を持つ』。さらに、『特別なモンスターが、魔剣を生み出す』と」

「……」


「つまり、だ。魔剣はモンスターがドロップするものなんじゃないかと推測している。それもとびきり強力なモンスターがね」


俺は内心息を呑んだ。


――ほとんど正解だ。


俺は実際にメガガルーダから風の魔剣を手に入れた。ヴィヴィだって、本人談だが元をたどれば魔王という存在の力が剣になったものだ。


ギルドも魔剣はボスがドロップするとして、これを一般には機密情報としている。


「……なんでそれが分かったんですか」


まだ先生は研究からくる推論だ。なのにこの人はその本質にまで迫っている。


先生は少し、声を落とした。


「これは、オフレコだよ」


ぐっと、顔を近づけてくる。


「実はね……最近、ある古文書がダンジョンで見つかったんだ」

「古文書?」


「うむ。ダンジョン遺物学は私の専門であることは知っているだろう。ダンジョンではごく稀にそういう記述のあるものが見つかる。その古文書には――まだ文字は完全には解読できていない。だがいくつか分かったことがある」


「一つ。モンスターから魔剣が生成されるということ。これはさっき話した通りだ」

「もう一つは……?」


「――ここからが本題だ」


先生は一度言葉を切った。


「その古文書の記述を調べていくとね……」


先生がゆっくりと話を続ける。


「文書の形態をとっていること、文字に規則性があること、つまり――そこには独自の文化体系が存在していたことが分かった」

「独自の文化体系……」


「そうだ。言語というのは文化だ。規則性のある文字は、それを使う社会や文明があった証拠になる。……ところが、だ」


先生の声が一段低くなった。


「その文字は――地球上で発見されている、どの文化体系にも依存していない。まったく系統が違う。人類の歴史のどこにも当てはまらないんだ」

「……それが、意味するのは?」


「地球のものとは違う。別の何か――ということだ」


ゴクリ。

俺は思わず唾を飲みこみ、聞き返していた。


「……別の何かって、何ですか」


先生は俺の目をまっすぐに見た。


そして静かに言った。


「異世界だよ」


「……」


「ダンジョンは――異世界からやってきた。私はそう考えている」


 

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― 新着の感想 ―
やっぱり物的証拠だけで、無意識に正鵠を射る答えにたどり着く人は居るんですなぁ…。 リアルの掲示板でも、極稀にそういう勘の良い人居ますし。
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