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第19飯 恩師


4話ほど続きます。

----------------------


「やっぱり蓮くんか。久しぶりだなあ。元気にしていたか」


神崎先生はそう言って懐かしそうに目を細めた。


茶色のスーツに、チェックの入ったシャツ。資料が詰まっていそうな重たい鞄を提げた、身長百九十センチはある大柄な男性。


相変わらず学者のくせにやたら体格がいい。


俺が大学生だった頃。天涯孤独になった俺を、卒業まで支援してくれた恩人だ。


「……お久しぶりです、神崎先生。まさかこんなところで会うとは」

「本当にな。私も驚いたよ。買い出しの帰りでな。見覚えのある顔が、ベンチに座っていたものだから」


先生は俺の隣に、どっかりと腰を下ろした。ベンチがみしりと鳴った。


「しかし元気だったかい。最後に会ったのは確か君の卒業式の頃だったか」

「そうですね。あれ以来です」


もう2年前になるだろうか。あの頃の俺は、これから就職してまっとうに生きていくつもりだった。まさかその就活に失敗して、ダンジョンで飯の種を探すことになるなんて思ってもみなかった。


ましてこんな生意気な魔剣を拾うことになるなんて。


「んーーーっ! んまーっ!」


俺の隣でその魔剣様が三つ目のクレープにかぶりついていた。プリンが丸ごと乗った、一番でかいやつを頬をぱんぱんに膨らませて、幸せそうに唸っている。


こっちの会話にまったく興味がなさそうである。まあこいつがこれなのは通常営業なので気にはしないが。



 ◇



「それにしてもまさか君があの短剣ニキだったとはなあ」


先生がしみじみと言った。


「……知ってたんですか」


「知っているとも。今や時の人じゃないか。ダンジョンの壁を切り裂いて進む、空を飛ぶ色違いのボスを一撃で倒す。おまけに料理まで振る舞う。ちょっと話題になりすぎだぞ」

「あー……お恥ずかしい限りで」


「料理の腕は変わっていないようで何よりだよ」

「先生の奥さん、静江さん仕込みですから」


「はは、今度うちにも寄ってくれ。静江も湊も君と会いたがっていた」


しかし配信を先生にまで見られていたとは。あの配信、身内に見られるとなかなか気恥ずかしいものがある。


「先日のアイドルを助けた配信も見たよ。あれは格好良かったなあ。いやあ、本当に映画のようだった。線の細かった蓮くんが、なあ」

「やめてくださいよ、その頃の話は」


先生は昔からこうだ。人の良さそうな顔でこっちの気恥ずかしいところを、遠慮なく突いてくる。


「んっ、んーっ! このカラメル、ほろ苦いのがまた……っ! うましッッ!!」


隣でヴィヴィがまた唸っている。


こいつ、人が気まずい思いをしてるってのに呑気なもんだな。



 ◇



「しかし本当に良かった」


先生が懐かしむように空を見上げる。


「卒業後、君がどうしているかずっと気にかけていたんだ。高校の時と同じで、家にいてくれてもよかったのに」

「……いえ、どうしても独り立ちしたかったので。先生にはこれ以上、迷惑をかけたくなかった」


「そんなこと言わないでくれ。親友の忘れ形見を何の助けもせず送り出してしまったことを後悔していたんだ」


神崎先生の親友、それは俺の両親のことだ。


俺の両親も先生と同じダンジョンの研究者だった。同じ道を志す古い付き合いだったらしい。


俺がまだ高校生の頃、両親はダンジョンの調査でよくフィールドワークに出ていた。そしてあるダンジョンでの調査中にダンジョンスタンピードが発生し、二度と帰ってこなかった。


天涯孤独になった俺を放っておけないと言って、大学を出るまで支援してくれたのが神崎先生だった。一人になってしまった俺を後見人として家に住まわせてくれたのだ。


大学卒業まで面倒を見てもらったこと、本当に感謝している。あの頃の恩は返しきれない。


「……先生には本当にお世話になりました」


心の底の本心、素直な言葉が出た。


「よしてくれ。私がしたくてしたことだ」


先生は少し照れたように鼻の頭をかいた。しんみりしかけた、その時だった。


「ぷはーっ! 食うた食うた! 満足じゃ! 下僕、美味じゃったぞ!」


ヴィヴィがクレープを食べ終え盛大に息をついた。


見事に空気をぶち壊しやがった。相変わらず絶妙なタイミングで間抜けな声を出すやつだ。


「はは。……ところで蓮くん」


先生がそのヴィヴィに目を留めた。


「さっきから気になっていたんだが。そのお嬢さんは……?」

「ん……なんじゃおぬしは?」



 ◇



やはり、その質問が来てしまったか。


「ああこいつはヴィヴィ、ヴィヴィアンといいます。ヴィヴィ、挨拶しろ。俺の恩師の神崎龍一郎先生だ」


俺が声をかけると、ヴィヴィは、口の端にクリームをつけたまま、ちらりと先生を見た。


「ふん。人間、わしはヴィヴィアンじゃ。今は満腹で機嫌がいいゆえ、特別に名乗ってやったのじゃぞ。ありがたく思え」


「これはご丁寧に。神崎龍一郎です」


先生が律儀に頭を下げる。ヴィヴィはのけぞりながら、鷹揚に頷いた。お前は何様だ、お前は。


「先生、こいつただの子供じゃないんです。実は――」

「その子はもしかして噂の魔剣の?」


先生のメガネの奥の視線が、鋭くヴィヴィを見抜く。今ヴィヴィが実体化しているが剣は腰にない。俺のインベントリの中だ。


「はい、ご存知のようですね。魔剣ヴィヴィアンです」

「やはりそうだったのか」


「おうおう、わしも有名になったようじゃの! こりゃ記念に飯だな! 今日は豪勢に行こうぞ、下僕よ!」

「こら、さっきクレープ食べたでしょ」


「はは、二人はとても仲が良いようだ。ヴィヴィアンさん、どうだい今度うちにご飯でも食べに来ないか? うちの奥さんはとても料理上手なんだ、蓮くんの料理の師匠でもあるんだよ」


「なぬ!? 飯なら行くぞ! おぬし良いヤツだの! おい下僕聞いたか! 飯に行くぞ、今日行くぞ!」

「おいおい、ヴィヴィ。がっつきすぎだ。先生も変なこと言わないでください。こいつ、飯のある所、どこでも行っちゃうんで困るんですよ」


「いやいや変じゃないさ。なにうちに来るのは今日でも全然かまわない。ヴィヴィアンさんもぜひ来てくれ」

「先生。こいつは魔剣です。喋るしこうやって実体化もする。飯をなぜか大量に食う。本気ですか」


「知っているとも。というか、ぜひ蓮くんともゆっくり話したいところだ。ダンジョンのことをぜひ聞かせてほしい」


そうだった。この人もダンジョン研究者だった。しかもただの研究者じゃない。国内でも有数のダンジョン遺物研究の第一人者だったことを思い出した。


さっきまでの穏やかな恩師の顔じゃなく、探求心と知的好奇心にとりつかれた研究者の目だ。分厚い眼鏡の奥で、瞳が爛々と光り始めた。



 ◇



「でも先生、ダンジョンのことですか?」


先生がはっと我に返って居住まいを正した。


「ああ、ちょっと今ね」

「でも先生は俺よりダンジョンのことがお詳しいでしょうし、俺から話せることなんて、とても……」


「少し事情があってね」

「事情?」


「うむ。実は、今……君も卒業した私の大学で、魔剣の研究をしていてね」

「魔剣の研究……ですか?」


思わぬ単語に俺は先生の言葉を聞き返してしまった。


「そうなんだ。君も知っているだろうが、私自身の専門はダンジョン遺物学だ。しかし、今うちの研究室の院生が魔剣を専門にしていてね。どうも行き詰っているようで、魔剣を持つ君からぜひ話を聞きたいんだ」


魔剣の研究。その言葉が俺の中で引っかかった。


俺は今魔剣を集めている。本命は魔王剣だが、そもそも魔剣というものが、何なのか。どうしてダンジョンから出るのか。ヴィヴィみたいな意思を持つやつがなぜ存在するのか。


そういうことを俺は何も知らない。ヴィヴィに聞いても、「わしは特別じゃからな」とはぐらかされるばかりだ。


もし、それを研究している人がいるなら。


「先生」


俺は思わず身を乗り出していた。


「あの……神崎先生。その、魔剣の研究について。もう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」


今度は俺が食いつく番だった。


先生は俺の勢いに少し驚いた顔をして――それからにっこりと笑った。


「もちろん。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだよ」


 

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