第六話 大地の器
大地ノ器ヲ』
山喰らいの低い声が、大地を震わせた。
誰も動けなかった。
村人たちは青ざめ、王都の魔法師たちでさえ言葉を失っている。
「しゃ、喋った……?」
「魔獣が……?」
震える声が漏れる。
この世界で、魔獣は人語を話さない。
それは常識だった。
だが今、その常識が目の前で壊れている。
竜 は、荒い呼吸を繰り返していた。
右腕が痛い。
骨が砕けそうだった。
それでも、山喰らいの赤い瞳から目を離せない。
『何故、人ノ群レニ居ル』
山喰らいが一歩前へ出る。
ズシン、と地面が沈んだ。
村人たちは悲鳴を上げて逃げる。
「く、来るぞ!!」
魔法師たちが再び魔法陣を展開した。
だがレイナだけは動かなかった。
鋭い目で竜を見ている。
「……大地の器」
小さく呟く。
その表情は驚きより、何かを理解した顔だった。
竜は苦しそうに息を吐く。
「なんなんだよ……それ……」
すると山喰らいが、竜を見下ろしながら答えた。
『大地ト繋ガル者』
『星ノ鼓動ヲ宿ス者』
意味が分からない。
だが、その言葉を聞いた瞬間。
ドクン。
竜の体の奥で、大地の鼓動が強く鳴った。
「っ……!」
同時に。
地面から莫大な力が流れ込んでくる。
熱い。
重い。
まるで山そのものを体へ押し込まれているみたいだった。
その瞬間。
バキバキッ!!
竜の足元が砕けた。
「なっ!?」
周囲がどよめく。
竜は何もしていない。
ただ立っているだけなのに、大地が震えている。
山喰らいは静かに目を細めた。
『未熟』
『ダガ、確カニ器ダ』
その時だった。
「そこまでです!!」
レイナが前へ出る。
巨大な魔法陣が空中へ展開された。
今までとは比べ物にならない規模。
空気が震える。
「王都魔法院・第七位階術式――」
光が集まる。
魔法師たちが息を飲んだ。
「あれは……上級封印術!?」
レイナの髪が風で舞い上がる。
「災害級魔獣《山喰らい》、ここで拘束します!」
次の瞬間。
巨大な光の鎖が山喰らいへ飛んだ。
轟音。
地面が揺れる。
光の鎖は山喰らいの体へ巻き付き、その巨体を拘束した。
「成功した!?」
誰かが叫ぶ。
だが。
山喰らいは静かに鎖を見下ろした。
そして。
『脆イ』
ブチィッ!!
光の鎖が、一瞬で引き千切られた。
「っ!?」
レイナの顔が凍る。
次の瞬間。
山喰らいが腕を振るった。
ゴォォォォォン!!
衝撃波。
レイナたち魔法師が吹き飛ばされる。
「きゃあああっ!!」
竜は咄嗟に前へ出た。
「危ない!!」
地面を踏み込む。
ドクン。
また鼓動が鳴る。
大量の力が流れ込んできた。
だが今度は違う。
前より少しだけ、“扱える”感覚があった。
竜は拳を握る。
すると。
足元の地面が盛り上がった。
「……え?」
岩だ。
巨大な岩壁が、竜の前へ現れる。
直後。
衝撃波が岩壁へ激突した。
轟音。
土煙。
だが岩壁は砕けなかった。
村人たちが目を見開く。
「ま、魔法……?」
「違う……魔力を感じない……!」
竜自身も混乱していた。
今のは何だ。
自分がやったのか?
その時。
山喰らいが、初めて笑ったように見えた。
『目覚メ始メタカ』
赤い瞳が細くなる。
『ダガ、マダ弱イ』
次の瞬間。
山喰らいはゆっくり背を向けた。
「……逃げるの?」
レイナが息を呑む。
だが山喰らいは止まらない。
森の奥へ歩いていく。
その途中。
ちらりと竜を見た。
『イツカ来イ』
『大地ノ器ヨ』
そして巨大な姿は、闇の奥へ消えていった。
静寂が残る。
誰も動けなかった。
ただ一人。
レイナだけが、険しい表情で竜を見つめていた。
「……あなた、一体何者なの」




