第五話 黒き山の主
巨大な影が、山の上に立っていた。
黒い巨体。
赤く光る瞳。
その姿だけで空気が震える。
「な、なんだよ……あれ……」
村人たちは足を震わせていた。
王都の魔法師たちでさえ顔色を失っている。
レイナが唇を噛んだ。
「あれは……《山喰らい》……」
「知ってるのか!?」
自警団の男が叫ぶ。
レイナは目を離さないまま答えた。
「災害級魔獣よ……本来なら王国騎士団が出るレベルの怪物」
その言葉に、村人たちの顔が青ざめる。
そんな怪物が、なぜこんな辺境にいるのか。
誰にも分からなかった。
だが。
竜 だけは違った。
胸の奥が熱い。
大地の鼓動が、異常なほど強く響いている。
ドクン。
ドクン。
まるで呼び合っているみたいだった。
「っ……」
竜は無意識に胸を押さえる。
すると。
山の主が、ゆっくり顔を動かした。
赤い瞳が、真っ直ぐ竜を捉える。
その瞬間。
ズンッ――!!
凄まじい地鳴りと共に、怪物が動いた。
「来るぞ!!」
レイナが叫ぶ。
魔法師たちが一斉に魔法陣を展開した。
「炎撃魔法、展開!!」
「撃てぇぇぇぇッ!!」
無数の火球が空を埋める。
轟音。
爆炎。
だが。
煙の中から現れた怪物は、無傷だった。
「そんな……!」
魔法師たちの顔が凍る。
山喰らいは低く唸ると、その巨大な腕を振り下ろした。
ゴォォォォォンッ!!
地面が吹き飛ぶ。
「ぎゃあああっ!!」
衝撃だけで人が弾き飛ばされる。
村人たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
レイナも歯を食いしばる。
「ありえない……上級魔法が効かないなんて……!」
その時だった。
一人の少女が転んだ。
「た、助けて……!」
山喰らいの巨大な足が迫る。
逃げられない。
誰もがそう思った。
だが。
ドンッ!!
竜が飛び出していた。
「竜!?」
止まれなかった。
怖かった。
勝てるわけがない。
それでも。
また誰かが死ぬのだけは嫌だった。
竜は地面を強く踏み込む。
その瞬間。
ドクン。
体の奥で、“何か”が脈打った。
同時に、大地が震える。
「うおおおおおおッ!!」
竜は拳を振り抜いた。
轟音。
衝撃波が一直線に走る。
巨大な山喰らいの体が、初めて揺れた。
「っ!?」
レイナが目を見開く。
災害級魔獣が、後ろへ下がったのだ。
だが次の瞬間。
バキッ。
嫌な音が響いた。
「……え?」
竜の右腕だった。
骨が耐え切れず、ひび割れていく。
皮膚が裂け、血が流れる。
「がぁぁぁぁぁッ!!」
激痛。
立っているだけで意識が飛びそうだった。
それでも。
山喰らいは初めて竜を警戒していた。
赤い瞳が細くなる。
まるで“理解した”ように。
その時だった。
黒狼が竜の前へ出る。
「グルル……!」
牙を剥き、山喰らいを睨みつける。
さらに。
森の奥から、次々と魔獣が現れ始めた。
「なっ!?」
村人たちが悲鳴を上げる。
だが魔獣たちは襲ってこない。
全てが竜の周囲へ集まっていた。
そして。
一斉に山喰らいへ牙を向ける。
レイナが震える声を漏らした。
「魔獣たちが……従ってる……?」
ありえない。
そんなこと、この世界では絶対に起きない。
だが現実に起きていた。
竜自身も理解できない。
ただ。
体の奥で響く“大地の鼓動”だけが、どんどん強くなっていく。
その時。
山喰らいが、初めて口を開いた。
『――見ツケタ』
低い声が、大地そのものを震わせた。
村全体が静まり返る。
そして怪物は、赤い瞳で竜を見下ろしながら呟いた。
『大地ノ器ヲ』




