第二話 魔法が使えない
村は騒ぎになっていた。
壊れた外壁。
地面に走る大きな亀裂。
そして、吹き飛ばされた魔獣の死体。
「なんだよ……あれ……」
「子供の力じゃないぞ……」
「魔法でもなかった……」
村人たちの視線は、一人の少年へ集まっていた。
竜 は、自分の拳を見つめていた。
腕が痛い。
骨が軋む。
熱を持ったように、体の奥がジリジリしていた。
「ぅ……」
次の瞬間、竜は膝から崩れ落ちた。
「竜!?」
誰かの声が遠く聞こえる。
そのまま、意識が暗闇へ沈んだ。
目を覚ました時、木の天井が見えた。
「起きたか」
低い声。
白髪の老人が椅子に座っていた。
村医者のガルドだ。
「……ここは?」
「診療所だ。三日も寝ておったぞ」
「三日!?」
竜は慌てて起き上がろうとして、顔をしかめた。
「痛っ……!」
右腕には大量の包帯が巻かれている。
全身も重い。
まるで体の中が壊れているみたいだった。
ガルドは難しい顔をする。
「骨が何本も折れておる。普通なら腕が潰れていた」
「……」
「お前、自分の体で何をした?」
竜は黙る。
本当に分からなかった。
ただ、助けなきゃと思った。
その瞬間、体の奥から何かが溢れただけだ。
ガルドは小さく息を吐く。
「昨日の力……あれは魔法じゃない」
竜は顔を上げた。
「魔法じゃない?」
「この世界の力は、全て魔力回路を通して使われる。だが、お前にはそれがない」
それは竜自身が一番よく知っていた。
魔法は一度も使えたことがない。
何度練習しても、何も起きなかった。
「じゃあ、俺の力って……」
「分からん」
ガルドは首を振る。
「儂も長く生きておるが、あんなものは初めて見た」
部屋が静かになる。
その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開く。
「いたぞ!」
武装した男たちが入ってきた。
村の自警団だ。
「村長が呼んでる。すぐ来い」
空気が妙に重い。
竜は嫌な予感がした。
村の広場には、多くの村人が集まっていた。
全員が竜を見ている。
その目は、不安と恐怖に満ちていた。
中央には村長が立っている。
「……竜」
低い声が響く。
「昨日の力について聞きたい」
竜は黙っていた。
「お前は何をした?」
「分からない」
「ふざけるな!」
怒声が飛ぶ。
「魔法でもない力なんてありえない!」
「魔導具も壊すし……!」
「やっぱり呪われてるんだ!」
周囲から責める声が飛んでくる。
竜は拳を握った。
言い返せなかった。
自分でも怖かったからだ。
あの瞬間。
地面の奥から、巨大な何かが流れ込んできた。
まるで、大地そのものが暴れたみたいだった。
その時、村長が重く口を開く。
「……明日、王都から魔法師が来る」
空気が変わった。
「正式に調査してもらう」
村人たちがざわつく。
竜だけが静かに目を伏せた。
調査。
つまり、自分は危険だと思われている。
この世界で“普通じゃない存在”は恐れられる。
それを竜は、もう嫌というほど知っていた。
その夜。
竜は一人で村の外へ出ていた。
静かな草原。
冷たい風が吹いている。
竜は地面へ座り込み、空を見上げた。
「……なんなんだよ、俺」
答える者はいない。
ただ夜だけが広がっている。
その時だった。
ドクン。
体の奥で鼓動が響く。
同時に、足元の地面が微かに震えた。
「またか……」
竜は眉をひそめる。
最近、この感覚が増えている。
まるで地面と体が繋がっていくような、不気味な感覚。
すると突然。
ザザッ――。
草が揺れた。
「!」
気配。
竜は反射的に立ち上がる。
暗闇の中から、一頭の黒い狼が現れた。
赤い瞳。
普通の獣じゃない。
魔獣だ。
竜は息を飲む。
だが狼は襲ってこなかった。
ただ静かに、竜を見つめている。
まるで確認するように。
そして――。
狼はゆっくり頭を下げた。
「……え?」
竜が固まる。
次の瞬間、狼は森の奥へ消えていった。
一人残された竜は、呆然と立ち尽くす。
夜風だけが静かに吹いていた。




