第22話
「それじゃあ、改めて。八剣さん、自己紹介してもらえる?」
チャイムとともに桐刃たちのクラスの担任である女性教師が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
「はい」
先生に呼ばれた桐刃は気持ちの良い返事で黒板の前に立つ。凛としていながらもどこか浮き足立っているような雰囲気を纏って彼女は教卓の横へと進み出た。
教室内にはまだまだ興奮冷めやらぬといった空気が充満していた。
クラスメイトたちの視線はまるでドラマや漫画、アニメのヒロインでも見るかのように熱心で純粋な好奇心に満ちていた。
桐刃は一度黒板に向き合い、チョークを手に取ると迷いのないスピードで自身の名前を書き記していく。
八剣桐刃。黒板に大きく名前を書いた白く細い指先がチョークを置き、彼女はゆっくりとクラス全体を見渡した。
かつての桐刃は包帯に覆われ、俯きがちで視界はぼやけていたが、今はひとりひとりの顔がはっきりと見える。
「八剣桐刃です。これまでは体の事情でリモートで授業に参加してました。今日からこうしてみんなと一緒に授業を受けられることになりました。高校には初めての登校なので分からないことばかりで迷惑かけると思いますが、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします!」
自己紹介を終えた桐刃はぺこりと深く頭を下げる。
その瞬間、教室は割れんばかりの拍手に包まれた。
迎えられていると感じた桐刃は胸が熱くなっていた。
「じゃあ、八剣さんに色々聞いてもいいかな?」
「はい、もちろん!」
担任は桐刃がクラスに早く馴染めるように気を利かせて質問タイムを設けてくれる。
担任はまず定番の質問から始める。
「八剣さんの好きなものは?」
「甘いものなら何でも好きですけど、特にス◯バのドリンクがお気に入りです」
「好きな動物はいるの?」
「ハムスターが好きです」
質問に答えたタイミングでクラスメイトの数人の女子がうんうんと共感を示すように頷いていた。
良い兆候だと思った担任は質問を続ける。
「特技は何かある?」
「スケッチだと思います。入院中はよく窓の外の景色を描いてました」
「今やりたいこととかやってみたいことはある?」
「体を動かせるようになったので、早く体育の授業を受けてみたいです」
はにかみながら話す桐刃の姿にクラスメイトの男子たちは目を奪われていた。
「みんなに何か伝えたいことはある?」
「こう見えて緊張してるので、みんなから話しかけてくれたり仲良くしてくれたら嬉しいです」
「ふふっ、ありがとう、八剣さん。困ったことがあったら先生やみんなに遠慮なく相談してね」
「はい、これからよろしくお願いします」
桐刃が改めて深く頭を下げるとクラスメイトたちも一斉に大きな拍手で迎えてくれた。
「八剣さん、マジで可愛いな……」
「今の挨拶、すごくしっかりしてたよね」
「入院してた時と全然雰囲気違うじゃん!」
クラスメイトたちからは次々と賞賛の声が上がる。
その声は今まで桐刃を苦しめてきた呪いや過去の絶望を一気に押し流してしまうほど温かいものだった。
「そうでしょ、そうでしょ!」
彩はと言うと、まるで自分のことのように鼻を高くして周囲に自慢している。そんな親友の姿を見て、桐刃の胸の奥も再びじんわりと熱くなる。
自分を捨てた家族に醜いと罵った元番。そんな暗い過去とそれを受け入れていたかつての自分とは無縁のただの八剣桐刃としての日常が今この場所から動き出そうとしていた。
(おばあちゃん……私、ちゃんと笑えてるかな)
窓から差し込む日光に目を細めながら、桐刃は心の中で静かに言葉を綴っていた。
桐刃は自分の居場所が病室のベッドの上という小さく狭い世界からこの騒がしくも眩しい学校という大きく広い世界に移り変わったのだと確かな実感を得ていた。
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