第21話
桐刃がガラリと教室の引き戸を開けた瞬間、喧騒に包まれていたはずの室内はまるでそこだけ時間が止まったようにシーンと静まり返った。
(何あの子、すごく綺麗……)
(ヤバい、かわいい……)
(すっげぇ、芸能人とかか?)
教室内の窓から差し込む朝日に照らされて輝いて見える初めて目にする美少女にクラスメイト全員の視線は桐刃の一挙手一投足に釘付けになっていた。
クラスメイトの誰もが内心では桐刃を褒めちぎる言葉が止まらない状態になっていたが、実際には口から声を出すことさえ忘れた様子で固唾を呑んで見守る中、桐刃はよく知る親友の彩がいる席の近くまで歩き出す。そして、沈黙を切り裂くように親友であれば誰よりも聞き慣れている穏やかで凛とした声で朝の挨拶をする。
「おはよう、彩ちゃん」
桐刃の声は彩が見舞いに来てくれる時と何も変わらないいつもの調子だった。画面越しに、あるいは病室のベッドの上で幾度となく言葉を交わしたその声を聞いた瞬間、彩は目を大きく見開くと同時に肩が大きく跳ねた。
「その声……えっ、嘘!?もしかして……桐刃ちゃん……なの?」
「うん!」
彩は目の前の光景が信じられないと言わんばかりに驚愕して言葉にならない様子だったが、桐刃は自身を照らしている朝日に負けないくらいの明るい笑顔を浮かべ、短くも力いっぱい肯定した。
「……ええええええーーーーーー!!!!!」
次の瞬間、彩の絶叫とともに教室が爆発したようなどよめきと驚愕の声に包まれる。
無理もないことだった。クラスメイトたちの記憶にある八剣桐刃は常に包帯に身を包み、痛々しい姿でベッドに横になっていた弱々しい姿しか知らないからだ。
それが今、目の前に立っている彼女はどうか。
肩にかかるセミロング丈で朱色のメッシュの入った艶やかな黒髪、綺麗に切り揃えられた前髪。155センチという少々小柄な体躯にどこかあどけなさを残しながらも凛とした知性を感じさせる美しい瞳。そして、制服越しでありながらも年相応の成長が分かるしなやかでメリハリのある見事なプロポーション。
「ほんとのほんとに?……幻なんかじゃないよね?」
「うん!」
まだ状況を飲み込み切れていないといった様子の彩の目は桐刃のことを頭のてっぺんからつま先まで何度も往復し、それから顔を穴が開くほど見つめていた。
「彩ちゃん、大丈夫? おーい」
そんな彩が放心状態に見えたのか桐刃は親友の目の前でひらひらと自身の右手を振る。その桜のように健康的な血色の指先からは桐刃を痛々しく蝕んでいた呪いの痣が消え去っており、朝日に照らされた透き通るような肌だけが見えていた。
「っ!?…………桐刃ちゃぁぁぁーーん!! 良かった、本当に、本当に良かったよぉぉ!!」
我に返った彩が弾かれたように自分の席から飛び出した。
そして、周囲の目も気にせず、桐刃の細い体を力いっぱい抱きしめる。
「苦しかったよね、痛かったよね……っ!お帰り、お帰り桐刃ちゃん!」
「彩ちゃん、苦しいよ……ふふ、でも、ありがとう。それから、ただいま」
抱きしめてくれた彩の制服越しに彼女の体温と自分の身を心から案じてくれていたことが痛いほど伝わるドクドクと早い心臓の鼓動が桐刃に伝わってくる。
一人きりで病室にいた頃には決して味わえなかった親友の温かさと生きているという実感に桐刃の感情も昂り、目には熱いものがこみ上げていた。
呪いという枷から解き放たれた少女の高校生活が今、劇的に本当の意味での始まりを告げていた。
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