第19話
引き続き天真視点です。
「桐刃との契約結婚を邪魔されないように俺も今後のためにやるべきことはやっておかないとな」
桐刃のことを考えていた天真の思考は現実に戻り、今度は車窓越しの夜景ではなく、車窓に反射する自分を見つめるように向き合い、低く呟いた。
「あいつの実家である薙川と元番の実家である上宮。この二つの家が桐刃に二度と干渉できないよう麟堂の名の下に徹底的に手を打っておく。あいつの、桐刃の望む自由で平穏な生活を与えてやるには一番の最善策だ」
契約の時もそうだったが、桐刃はかつての家族や元番への復讐など望んでいなかった。だが同時にそういった者たちとの関係を修復したいとも一言も口にはしなかった。
天真はそれを無自覚な彼女なりの拒絶だと解釈していた。
桐刃を壊れもの、あるいは汚物扱いして捨てた家族たちに裏切った番。彼らはもう彼女のこれからの人生には必要ない存在となっている。
それなら、桐刃が望む平穏な普通の人生を邪魔する可能性が少しでもある面倒事の芽はあらかじめ摘み取っておくのが契約とは言え彼女の旦那になる者としての責務だろうと天真はそう自分に言い聞かせていた。実際、桐刃と契約を結んでからその日の内にとった動きはとても迅速かつ徹底していた。それはまるで邪魔な羽虫を払い除けるかのように淡々としたものだった。
「随分と桐刃様に気を遣われますね」
再び夜暁が冷やかすような声でバックミラー越しに視線を天真へ向ける。
「……まさか、契約というのはあくまで第一段階で一度契約を結んでしまえばあとは天真様の人間的魅力で、あるいは麟堂家の権力と財力で少しずつ確実に外堀を埋めていく。そうして最終的に桐刃様を完全に囲い込んで手中に……などとお考えですか?」
「……」
夜暁の問いに対し、天真はただ窓の外を見つめたまま何も答えなかった。
その沈黙が図星を突かれたことによる肯定なのか、それとも夜暁の的外れな指摘に対する無言の心の中での嘲笑なのかは天真本人にしか分からない。
しかし、少年という歳の頃から天真に仕え、ともに成長してきた夜暁は天真の独占欲の強さと一度望んだり、決めたら満足するまでやめない諦めの悪さと執念深さを誰よりも知っていた。そのため、夜暁は内心では天真の考えていることに確信を持っていた。
(……天真様、やはりですか。あなた様は最初から桐刃様との関係をあのような契約だけで終わらせるつもりなど毛頭ないと……そういうことなのですね)
人に仇なす災をも戦慄させた圧倒的な力を持ち、天真を前にしてもその家柄に媚びない凛とした佇まいに確固たる自己を持つ少女ーー桐刃。
天真がずっと探し続けていた自分と対等な相手を見つけた以上、例え契約が完了しても彼が桐刃の手を離すという選択肢があることを許すはずがなかった。
「……夜暁、余計なことを考えている暇があるなら、俺と桐刃のために諸々の手配を済ませておけ」
「ふふ、承知いたしました……天真様の考えは分かりかねますが、あなた様の望まれる最善の結末のために粉骨砕身させていただきますよ」
夜暁は含みのある笑みをしながら白々しい言い方で天真に忠実な執事としての礼を示す。
何も知らない桐刃がキスをされたことに悶々としている裏側で天真による彼女を囲っておくために外堀を埋める策略が静かに確実に始まろうとしていた。
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