第18話
しばらく天真視点のエピソードになります。
「無事に契約を結んでいただけてよかったですね」
車窓から次々と流れる夜景を眺めている天真に夜暁はバックミラー越しに穏やかな声で語りかけた。車内での天真は視線を外に向けてはいたが、目の前の夜景よりも桐刃とのキスの瞬間のことを頭の中にずっと思い浮かべていた。
ついさっき、自分の手で顎を掬い上げ、唇を重ねた瞬間のこと。そして、その唇の感触が驚くほど柔らかく、熱かったことを何度も思い返していた。無意識の内に指先で自身の唇に触れそうになり、天真は慌てて腕を組む。
「ああ……おそらく、真冬や母上は俺が連れてきた相手ならすんなりと受け入れてくれるだろう。問題は分家の連中と親父だな。特に親父は普段は母上の尻に敷かれているなんちゃって亭主関白のくせに術者の事になると変なところで実力主義を引っ張り出してくるからな。面倒事を持ってくるかもしれない」
天真は腕を組み、母と二歳下の妹ーー真冬、現当主である父ーー厳斗の顔を思い浮かべて、わずかに眉間にしわを寄せた。麟堂家の当主ともなればその威厳は並大抵のものではない。特にどこの馬の骨とも知れない娘を嫁として連れてきたとなれば、一悶着あるのは火を見るより明らかだった。
「左様でございますか。確かに奥様や真冬様は桐刃様をそれはもう本当の家族のように可愛がられるでしょうが、当主様であれば難しい顔をされるかもしれませんね。桐刃様が心配ですか?」
夜暁は天真を揶揄うように尋ねる。しかし、天真は母や妹が桐刃を可愛がる光景が思い浮かんだのか鼻で笑いながら夜暁の問いには即座に否定という形で答える。
「いや、今回に関しては親父の方を心配している」
「おや?当主様の方をですか?」
「……桐刃の実力は底が知れない。下手すれば、親父であっても何もできずにボロ負けする可能性さえある。あいつに完膚なきまでに叩きのめされて親父に凹まれるのが後々面倒くさいんだ」
天真は公園で桐刃が見せた炎の剣を思い出していた。彼女は高位の災を一瞬で屠り去るほどの凄まじい力を持っていながら、あの時が全力という訳ではなく、天真を持ってしても底を未だに測りかねている。
もし父が嫁の試練などと称して彼女に挑みかかりでもすれば返り討ちに遭うのはどちらかは考えるまでもなかった。
「ふふ、それは楽しみ……おっと、失礼。確かに当主様のメンツを考えますと少々危ういかもしれませんね」
夜暁は口元を隠し、楽しげに肩を揺らした。
「全くだ……夜暁、明日の朝に母上と真冬には話を通しておく。お披露目会の開催日まであと少しだ。桐刃にはとりあえず麟堂の作法を最低限記憶してもらうように頼んでおかなければ」
「承知いたしました……面白いことになりそうですね、天真様」
「……フン、契約を交わしたからな。俺は俺の役目を果たすだけだ」
無表情を装いながらも天真の視線は夜の帳の向こう、桐刃の住む自宅があるの方角へと向けられていた。
これからひと荒れ嵐が起こるであろう予感をさせながら、麟堂家の本邸へと向かう黒塗りの車は静かに夜の闇の中を進んでいく。
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