第17話
「お披露目会当日に迎えに来る。それまでは麟堂家の使用人を一人派遣するからその者と過ごしてくれ。信頼できる者だから安心しろ。もちろん、お前が麟堂家の屋敷で暮らすことになった後もこの家は責任を持って管理する」
天真はこうなることを見越して、すでに手配を済ませていたかのように迷いのない口調で告げる。桐刃が今暮らしている彼女にとっての平穏の象徴とも言えるこの家を決して無下にはしないという彼なりの配慮が伝わってきていた。
「分かった……あと、この家のことまで考えてくれて、ありがとう」
桐刃は気恥ずかしそうにしながらも天真の耳に届く声で感謝を伝える。
「大切な嫁のものだからな。愛想を尽かされないための努力とでも思ってくれ」
「ふふっ、なにそれ」
俺様系な態度で冗談っぽくも真面目そうに言う天真を見て、桐刃は自然と笑みを溢していた。
「んっ!」
突然、天真が桐刃の顎を掬うように持ち上げる。そして、彼は自身の整った顔を近付け、その唇を桐刃の唇に重ねていた。
「……ちょっと、いきなりなに!?」
一瞬、硬直した後、今起きていることを理解し、爆弾が爆発したかのように心臓を跳ねさせた桐刃は両腕で天真の両肩を押して彼を下がらせる。
桐刃は涙目になりながら恥ずかしさで顔を真っ赤にしており、対する天真はしてやったりといった顔をしていた。
「これから夫婦になるんだ。キスの一度や二度は覚悟しておけ」
「キスするなんて契約書にないじゃん!」
「何言ってる。明言してないだけで契約書には書いてあるだろう?『契約であることを悟られないように必要な場合に応じて両者は夫婦間で自然に行われる行動を取ることに同意する』とな」
「嘘!?」
桐刃は慌てて契約書の内容を改めて確認する。そして、そこには確かに天真の言う通りの文言が書かれていた。
「ほんとだ……だからって急にキスするなんて!」
「はははっ、そういう慌てた顔も似合ってるぞ」
天真は契約を結んだ途端に遠慮がなくなり、まるで大きな子どものようだった。
「もう!早く帰れ!」
「待て待て、靴を投げようとするな。お望み通り帰る。じゃあ、お披露目会ではよろしく頼む」
天真は愉快そうに外へ出ていった。一方の夜暁は先んじて桐刃を天真の伴侶となる麟堂家の若奥様として認めたかのように姓ではなく、もうひとりの主人であるかのように親愛を込めて名の方で呼び、別れ挨拶をした。
「八剣……いえ、桐刃様。天真様が少々粗相をいたしましたこと私からお詫び申し上げます。本日はこれでお暇させて頂きますが、これからはどうぞ天真様をよろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」
夜暁は最後まで礼儀正しく車に乗り込む前にも深くお辞儀をしてから乗車し、桐刃の家を後にするのだった。
「契約しちゃった……迷惑料も上乗せしてもらわないと割に合わない気がしてきた」
桐刃は玄関に立ち、天真の乗った車が見えなくなるまで見届けていたが、車が完全に視界から消えるとぷんすかという音が聞こえそうな様子で頬を膨らませながらひとり不満を溢していた。それは怒っているというよりは桐刃なりの照れ隠しだった。現に未だに桐刃の顔は赤く、彼女自身も感じるほど熱いままだった。
こうして、元落ちこぼれの最強少女ーー八剣桐刃と若き天才術者ーー麟堂天真の二人の人生は一枚の契約書により交わされた婚姻関係で結ばれることとなった。
お互いの目的のための契約結婚だったが、これから二人に訪れる激動の日々と甘い結婚生活が静かに確実に幕を開けようとしていたのだった。
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