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第15話

「夜暁、待て。やはり、俺の口から直接話す」


「ふふっ、かしこまりました。天真様がそう仰るのでしたら」


 天真の真剣な眼差しに夜暁は楽しげに目を細めて一歩下がった。

 天真は改めて姿勢を正し、桐刃の目を真っ直ぐに見据える。


「……改めて、この前のことだが、俺も言葉足らずだったと思っている。すまなかった。あれは正確には俺と契約結婚をしてほしいと言いたかったんだ」


「……契約結婚?」


 桐刃は思わず首を傾げる。ドラマや小説でしか聞いたことのない単語が麟堂家次期当主であり天才と謳われる術者の口から飛び出したことに困惑を隠せなかった。


「ああ。俺が麟堂家の次期当主だということは知っているな?」


「まぁ……テレビでもネットでも嫌でも目にしますから」


 桐刃の至極真っ当なしかし少し冷ややかな返答に横に控えていた夜暁が「ぶふっ」と吹き出しそうになり、慌てて顔を背けた。

 天下の麟堂天真を嫌でも目に入る存在扱いし冷たくあしらう女子高生は後にも先にも彼女一人だろう。

 天真はわずかに咳払いをして話を続ける。


「続けるぞ。俺の両親……というより麟堂家の意向で今度のお披露目会には各名家の当主だけでなく、令嬢たちも大勢招待している。その場で俺の隣に立つのに相応しい伴侶となる者を見つけるつもりでいるらしい。だが、俺もただ黙ってお披露目会まで待っているつもりはない。招待を送った家の令嬢たち素性や術者としての実力は事前に調べ上げている」


 天真の表情が少し曇り、その目は冷徹で鋭くなる。


「その結果だ。残念ながら、令嬢たちの中には現時点で俺に並ぶ実力を持つ者はいなかった。実力がない訳ではないが、一朝一夕で埋められるような差ではない。それでは俺の伴侶となることも五大名家としての重要な役割を担ってもらうことも夢のまた夢だ」


 天真は淡々と残酷なまでの事実を告げた。

 その言葉の裏には強者であるがゆえの孤独と家柄に縛られた青年としての窮屈さが滲んでいる。

「重要な役割って?」


 桐刃は天真がさらっと流したところが気になり、思わず尋ねてしまう。


「大門の封印に関わることだ」


「……はい?」


 天真の爆弾発言に桐刃は素っ頓狂な声を出してしまった。天真は最初から理解してもらうつもりはない様子で話を続ける。


「唐突だろうが、とりあえず聞け。五大名家は当主が交代する度に封印のために膨大な霊力を注ぎ、結界を維持している」


「そんなに難しいことなの?」


「やることとしてはヒビ割れの修繕と似たようなものだが、問題は大門を封印している大結界と楔に小結界の二つを張る必要があることだ。封印の術に霊力を注ぎ、結界を張るんだが、大小の結界を張るのは同時でなければならない。だからこそ、大結界を当主、小結界を伴侶とで分担するんだ」


「同じ麟堂家の人とか普通に実力のある術者の人に協力してもらうとかは?」


 桐刃はとんでもないことを聞いてしまったが自分は何も聞いてないし聞きたくないと言わんばかりの態度で尋ねる。


「おいそれと外部には漏らせないし、結界の維持自体、当主とその伴侶にしかできない。当主と伴侶の力が釣り合っていれば相乗効果でより強固な結界になる。だからこそ、お披露目会に呼ばれた令嬢たちには酷だが、彼女たちでは結界に必要最低限の霊力を注ぐことすら叶わない。仮に無理をして張れたとしてもそこに強度は一切期待できないんだ」


 伴侶の役割について説明を終えた天真の目には古くから国を守ってきた一族としての責任感が滲み出ていた。


「……だからあの日、あの公園でお前を見つけた時にこれだと思ったんだ」


 天真の視線はただ一点、目の前の桐刃へと注がれていた。

 あの日、天真が目撃した桐刃という少女は自分以上の圧倒的な力を持っていると彼は確信していた。

 桐刃は静かにかつ熱の籠った彼の言葉から伝わる本気さを前に断るタイミングを逃してしまっていた。


「でも、結婚相手なら私と契約結婚じゃなくても五大名家とかに相応しい人がいるんじゃないの?」


 桐刃はなんとか逃げ道がないか探すように負けじと至極真っ当な疑問を投げかけた。

 実力や家柄を重視するのであれば、麟堂家と歴史を同じくする術者界を支えてきた他の五大名家にもそれなりの実力者はいるはずだと桐刃は考えていた。


「それについてだが、五大名家同士の婚姻は平安の頃から御法度とされている。五大名家同士の間では暗黙の了解となっている」


 天真は腕を組み、桐刃の意見を真っ向から否定した。


「麟堂、蔭篠、斎凰、煌月、燈山。これらの家は対等に協力し合う関係であると同時に、互いを監視し、牽制し合う関係でもある。明治の大門封印以降に成り上がった家系同士ならともかく、五大名家のいずれかの結びつきが強くなれば力の均衡が崩れ、不要な混乱を招きかねないからな」


 その言葉には千年以上続く一族であるがゆえに背負い続けている重苦しい術者界の政治の気配があった。


「たとえ俺が望んだとしても、他の四家がそれを許さない」


 天真は一度言葉を切ると、少しだけ身を乗り出して桐刃を直視した。


「だからこそ、お前なんだ。俺の隣に立っても遜色のない……いや、俺を凌駕するほどの実力を持つであろうお前が俺の契約上の嫁として隣にいてくれれば、封印は強固なものに仕上げることができる上にうるさい周囲を黙らせることができる」


「それって……封印のための相方だけじゃなく麟堂様の盾にもなれってことですか?」


 桐刃は眉をひそめる。結局、自分を利用しようとしていることに変わりはないのではないかと彼女は警戒する。

 しかし、天真の表情から読み取れるのは利用しようとする狡猾さや悪辣さではなく、一種の賭けに出ているような焦りと必死さだった。


「俺だけではなくお前にもメリットはあるはずだ。最初にも言ったと思うが、麟堂家の庇護下に入れば上宮や薙川といった連中がお前に指一本触れることは不可能になる。お前が望む普通の生活を維持するための盾として俺という存在を利用しろと言っているんだ」


 かの麟堂天真が自分を利用しろと持ちかけている。その光景に桐刃は彼という人物を少し誤解していたのかもしれないと認識を改め始めていた。

 和室に流れる空気はもはや単なる話し合いの場ではなく、二人の今後を左右する交渉の場へと変わりつつあった。

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