第12話
「へっくしゅっ! ……うぅ、病み上がりなのにはしゃぎ過ぎて風邪引いちゃったかな?」
私服から入院着に着替え、ベッドに入っていた桐刃は小さくくしゃみをした。
彼女はまさか今この瞬間にも麟堂家の天才術者――麟堂天真が執事に命じて自分のことを調査させているなど夢にも思っていなかった。
「あんな一瞬だったし、暗かったし。それに私、昨日までずっと病院から外に出られない体だったんだから、データなんてどこにもない……はず、だよね」
桐刃は窓に反射する自分の顔を見つめ、自分に言い聞かせる、あるいは安心させるようにどこか楽観的にそんなことを考えていた。
日が沈みかけていて、なおかつ数分程度の接触では自分の特徴をはっきりとは覚えられないはずだ。
さらに、今の桐刃はかつて家族や運命の相手から捨てられた頃に比べると成長に伴って外見は多少は変わっている。
(きっと、ただの通りすがりの術者だと思われたはず。今日のことは偶然。そうに決まってるよ)
強く自分に言い聞かせると桐刃は天真のことはさっさと忘れてしまおうと言わんばかりにベッドに潜り込んだ。
早く学校に行きたい。なにより、直接彩と会って自分の元気な姿を見せたい。
そんな当たり前で普通のことが今の桐刃にとっては何よりも大切だった。
次第に桐刃はスースーと穏やか寝息を立てながら、眠りに就いた。
◇
「視力も回復しているし、感覚系は良好。反射反応も正常だね。麻痺や痛みは残っていないかい?」
次の日、桐刃の主治医は手元のタブレットに検査結果を打ち込みながら、それぞれの項目を丁寧に確認していく。
「はい。むしろ、すごく調子がいいです!」
桐刃は満面の笑みを見せると入院着の袖を少し捲ってぐっと力こぶを作るポーズをしてみせた。
かつては包帯に巻かれていた細く弱々しい腕だったが、今はそこにしなやかな筋肉と年頃の少女らしい瑞々しい健康的な肌がある。
その活力に満ち溢れた姿は医学や現代の術では説明のつかない奇跡を目の当たりにして未だに驚愕を隠せない主治医の心を和ませていた。
「ははは、それは良かった。これならリハビリの必要もなさそうだ。……ただ、八剣くん。君の身に起きたことは医学と現代の術の常識を超えている。だから、もし少しでも異変を感じたらすぐに連絡するんだよ。約束だ」
「はい! ありがとうございます、先生」
主治医は検診を終え、部屋を出ていった。
ドアが閉まると途端に桐刃は浮かない顔をしてしまう。身体は元気だが、心はそうもいかなかった。学校に行けると期待に心を躍らせていたが、今日と明日が土日の休みであることを失念しており、肩を落としていた。
すると、そんな桐刃の様子を知ってから知らずか彩からチャットで連絡が来る。
【トークルーム:彩ちゃん】
彩:ごめんね。お見舞い行けてなくて。
桐刃:大丈夫だよ。彩ちゃんこそなんともない?
彩:家のことで色々と忙しくて。桐刃ちゃんはこのニュース見た?https://jutsusya.com/news20xx06ox/『次代の担い手、麟堂天真氏。次期当主お披露目会開催』
桐刃:ううん。見てない。
彩:今朝からずっとこの話題で持ちきりなんだ。天才術者で五大名家の次期当主でしかもこのイケメンっぷりだから、うちのクラスの女子たちもゴシップ的な意味で大盛り上がりだよ。
桐刃:イケメンならしょうがないよね。そのニュースがどうかしたの?
彩:実は私の家もこのお披露目会に招待されて色々慌ただしくて。
桐刃:そうだったんだ。でも、彩ちゃんのおめかしした姿見てみたいかも。
彩:!……それなら写真撮って桐刃ちゃんに送るね!
桐刃:ありがとう、楽しみにしてる。
彩:じゃあ、また連絡するね。
桐刃:うん。またね。
桐刃は試しに彩が送ってくれたURLをタップしてみる。画面の中央には、昨日会ったばかりの一人の青年の写真が掲載されていた。 整った顔立ちはどこか冷ややかで、若さに似合わぬ圧倒的な威厳を纏っている。言うまでもなく、昨日、公園で出会ってしまった麟堂天真その人だった。
このニュースを見て桐刃はなおさら関わらない方がいい相手だと一層警戒を強めていた。
しかし、いくら警戒していても桐刃が知る由もないところで天真の手はゆっくりと確実に桐刃の元まで伸びていたのだった。
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