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第11話

「高位の災を一瞬で滅するとは。随分と面白い術だな。どういうものなんだ?」


 天真は自己紹介も状況の確認も忘れた様子で一歩、また一歩と目の前の少女――桐刃へと距離を詰めていく。その瞳には先程まで宿っていた警戒心は消え、変わりに桐刃を知りたいという好奇心一色となっていた。


「えっと、その……ごめんなさい! 急いで帰らないといけないので失礼しますっ!」


 正体がバレるわけにはいかない。ましてや、今の力が龍型と鬼型の災の呪いから生まれたものかもしれない以上、五大名家の術者に知られたら何をされるかわかったものではない。

 さらに、そこからかつての家族である薙川家や元運命の相手である上宮秀磨に伝わってしまえば、より一層面倒事になるのは目に見えていた。

 桐刃は早口で伝えると飛ぶように地面を蹴った。


「っ……!?」


 天真の目の前で少女の姿がブレたかと思うと次の瞬間には遥か遠くの夕闇へと消えていた。術による転移ではない、超人的な脚力による疾走だった。


「……どういうことだ!?さっきの回避や蹴りは霊力による身体強化ではなく、素の身体能力……なのか?」


 天真は少女が走り去っていった方向を呆然と見つめていた。

 極位である天真の霊力で強化していた動体視力を持ってしても今の桐刃の動きを捉えることができなかった。

 それほどまでに走り出すまでの動作に無駄がなく、あまりにも速すぎた。


 一方、脇目も振らず走り抜けた桐刃は驚くほど短時間で目的地の病院へと到着していた。


「はぁ、はぁ……まさか、有名人にエンカウントしちゃうなんて。心臓止まるかと思った……」


 荒い息を整えながら桐刃はパンパンッと両手で私服の埃を払い、ヨレを直す。

 これからようやく始まろうとしている、平穏で楽しい生活をめちゃくちゃにされる訳にはいかなかった。


「今度からはもっと注意して目立たないようにしないと……。やっと呪いが消えてこれから普通の生活ができるようになるんだから」


 桐刃は右手に刻まれた痣を愛おしむようにあるいは戒めるようにそっと触れる。

 桐刃は平穏を願いながら、夜の帳が下り始めている病院の自動ドアをくぐった。

 しかし、麟堂天真の目に留まった時点で桐刃の望む普通の生活がすでに嵐の前の静けさの中に置かれていることに彼女はまだ気付いていすらいなかった。



 桐刃が病院に戻った頃、屋敷に戻ろうとする天真が乗っている車の中では全く別の熱が渦巻いていた。


「どうされたのですか天真様? 突然どこかに行かれたかと思えば、突然戻ってこられて。それからは上の空というか、ずっと考え事でもなさっているようですが……」


 後部座席に座り、天真は窓際で頬杖をつき、外をぼんやり眺めていた。そんな天真に車を運転しながらバックミラー越しに話しかける男性は生家が先祖代々麟堂家に仕え、天真が最も信頼を置く執事――夜暁(やぎょう)だった。


「いや、夜暁。お前が気にするようなことはなにもない。お披露目会を前に少し気が張っているだけだ」


「そうなのですか? ……そうですね。天真様も次期当主になるとあっては色々考えることくらいはありますね。ですが、明日からは分家や他家のお客様が続々とお集まり頂く予定です。ずっとそのように難しい顔ばかりされていては皆さまにいらぬ気を遣わせてしまうことになりますよ」


 夜暁は天真の言葉を額面通りに受け取り、優しく微笑んで、今の天真の態度を注意しつつも従者として出しゃばり過ぎない言葉をかける。


「夜暁ひとつ頼まれてくれるか?」

「はい、天真様。私にできることでしたら何なりと」


 天真は申し訳なさそうな声で夜暁に話しかけるが、夜暁はいつものことだと言わんばかりに快く引き受けようとしていた。


「いつもすまないが、こんなことはお前にしか頼めない。○○付近にある高校に通う生徒で今から言う条件に該当する女子がいないか調べてくれ。身長は百五十から百六十センチの間。鎖骨の少し下辺りまでの長さで黒い髪。後ろ髪に朱色のメッシュが入っているようにも見えた。……顔立ちは高校生にしては若干子どもっぽさが残っていたが、目つきは凛として大人びていた」


 天真は脳裏に焼き付いて離れない、あの沈みかけの夕日に照らされていた少女の特徴をひとつひとつ丁寧に挙げていく。


「高校生の少女で身長は低め、セミロングの髪に朱色のメッシュと。……承知いたしました。しかし、天真様が特定の人物の調査を命じるとは珍しいですね。何か、気になることでも?」


「個人的なことだ。家に問題を起こすような事じゃない……今のところは」


「……かしこまりました。すぐにお調べいたします」


 今の天真の頭の中にはお披露目会や次期当主よりも高位の災をあっという間に葬って見せた名も知らぬ少女の姿がずっと浮かんでいた。

 以前、母が自分に言った隣に立つに相応しい相手などこの世に存在するはずがないと天真自身も心のどこかで諦めていた。

 だが、彼は見つけてしまった。そして、出会ってしまった。そうなった以上、確かめなければと逸る気持ちが抑えられなかった。


(今日、俺の見た光景が現実であの少女が真の強者なのだとしたら……)


「ふっ……」


 そんなことを考えている内に天真は口角を無意識に僅かながら上げていた。

 尊大で冷徹な天才と囁かれている青年の心に初めて湧き上がった他者への興味関心と底知れぬ好奇心、執着にも等しい感情がごちゃ混ぜになっていた。

いつもお読み頂きありがとうございます。

昨日は体調不良のため更新がストップしてしまいましたので、本日は2話分更新しました。

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