第10話-②
桐刃が街を散策していた同日、息抜きに同じ街を散策しているひとりの青年がいた。
「……っ!?この気配は災か?近いな」
その青年ーー麟堂天真は遠くに災の気配を感じていた。五大名家の一族に名を連ねる者として、また、極位に認定されたひとりの術者として人々の安全を守らなければならないという使命を胸に天真は気配のする方向へと駆け出す。
「……あれか。霊力的には高位相当だな。……くっ、まずい!すでに民間人が襲われているのか!?」
術者の下位から無位まである階級のように災にも強さと危険度を判断するための階級が設けられている。下から低位、半位、高位、暴位、氾位、壊位、滅位となっている。
これらの階級はそれぞれ術者の階級に相当する高位であれば、上位に相当する階級となっている。
極位の術者である天真にとっては高位を相手にすることはさほど難しいことではなかったが、一般人からすれば低位災でも猛獣を相手にしていることと同義だった。ましてや、高位ともなればその力には天と地ほどの差があった。
(急がなければ、災に立ちはだかっているあの少女が危ない)
しかし、助けに入ろうとした天真は直後に自身の目を疑う信じられない光景を目にすることになるのだった。
◇
「ギギッ、グギィッ……!」
桐刃の回し蹴りをモロに喰らい貌の横にヒビのような傷ができていた災は四つん這いの体勢で桐刃に顔を向けていた。目も鼻もない貌に唯一ある口だけが災の表情を表すかのように苛立ちで歪んでいた。
「グギィッ!グギィッ!ギイィッ!ギギイィッ!」
災は地面に八つ当たりをするように両手の鎌で地面を何度もガリガリと削っていた。
その姿はさながら自分の思い通りにならずに癇癪を起こす子どものようだった。
本来なら目の前の少女の後ろで震えている母親と幼女をズタズタに切り裂き、苦痛と恐怖、絶望を魂にまで刻みつけることを楽しんでいるはずだった。
そのはずが、現実は自分の攻撃が全て通用せず一方的に傷を負わされているという屈辱的な構図が出来上がっていた。
「グッ、ギイィッ!」
せめて母親か幼女のどちらかだけでも切り裂こうと桐刃を無視して後ろの二人に襲いかかる。
「やめて!」
桐刃は災の鎌を手のひらで受け止めるようにして二人を庇う。
災は愉悦の表情を浮かべずにはいられなかった。例え二人を切り裂けずとも、これで桐刃に傷を与えることができると内心で歓喜していたからだ。
しかし、その歓喜は一瞬で裏切られることになった。桐刃の手のひらに触れた瞬間、火で炙られたチーズのように災の鎌が溶けてしまったのだ。
「ギィヤァァァァッ!」
「ふんっ!」
桐刃は災の腹を蹴り、遠くに飛ばした。蹴り飛ばされた災は再び地面に転がり、鎌から伝わる熱にのたうち回っていた。
「大丈夫?」
桐刃は幼女の前に膝をついて尋ねるとその子は涙目で頷く。
「良かった。じゃあ、待ってて、すぐあのお化けさんをやっつけて来るから」
桐刃は今にも泣き出しそうな幼子に優しく微笑み、そっと頭を撫でてから災に向き直る。
「ギッ、ギギイィ!」
災は溶かされた鎌のある手を押さえながら、忌々しいと言わんばかりに口を歪め、桐刃に顔を向けていた。
「ヒッ!」
しかし、その顔は一瞬で恐怖に青ざめることになった。
桐刃の目はただ静かに業火のような怒りを宿しながら、鋭い眼光で災を睨んでいた。反対に放たれる殺気は凍りつきそうなほど冷たいものだった。
そして今、災は桐刃の痣から放たれる気配ではなく彼女自身に恐怖していた。ここに来て遂に、災は自分が触れてはならないものに触れてしまったのだと後悔していた。
「ヒギイィッ!」
堪らず本能に従うことにした災は震える足で逃げ出そうとする。
一方の桐刃は静かに手のひらを見せるように自らの右手を災に向けていた。
(さっきの熱い感触を手のひらに作るイメージ……)
イメージした瞬間、彼女の手のひらの上でパチパチと火の粉が舞い、あっという間に大きな炎が生み出される。 そこからさらに武器として一番扱いやすい、オーソドックスな剣の形を頭の中で形作る。イメージに従い、燃え盛っていた炎は一本の炎の剣へと形を成していく。
かつて呪いに破壊された固有術とは異なる、右手の痣とともに宿った底知れない強大な異能とも呼ぶべき力。
(……これは、私の新しい力、なの?でも、これなら!)
桐刃は逃げようとする災に向かって、一瞬で間合いを詰めると炎の剣で横一閃に振り抜いた。
気付いた災も無事な方の鎌で防ごうとするが、無駄だと分かった時には遅過ぎた。
「ギ――」
とてつもない熱量をもった炎の剣はまるで豆腐のように鎌を容易く斬り、通り抜けるように災の首を胴体から切り離した。
災の首は宙を舞い、ゴトッという音とともに地面に落ちた。
それからワンテンポ遅れて胴体はドサッという大きい音とともに背中から倒れる。
少し前まで母娘を恐怖させていた災はうんともすんとも言わないただの置物のようになった。
「……終わった、よね?」
桐刃は自分の右手の痣をじっと見つめた。
さっきの炎が普通でない力であることは一目瞭然だったが、桐刃の心の中では力への恐怖よりも母娘を守れたという達成感の方がずっと大きかった。
「おばあちゃん、私でも守れたよ」
桐刃は空を見て呟く。その瞳に宿る光はより一層、強い輝きを宿していた。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「おねーちゃん、ありがとー!」
母娘は何度も深々と頭を下げ、怯えながらも自分たちが生きている喜びを噛み締めるようにして公園から足早に去っていった。
「……よかった」
二人の後ろ姿を見送りながら桐刃は小さく安堵の息を吐いた。
かつての自分はずっと誰かに支えられ、守られる側でしかなかった。そんな自分が誰かを守ることができた。その事実と母娘からの温かい感謝の言葉が彼女の心を優しく包み込んでいた。
「さて、私も帰らなきゃ……」
余韻に浸りながら公園を後にしようとしたその時だった。
「――気配を感じて急ぎ駆けつけたんだが、俺は必要なかったみたいだな」
背後から掛けられた低く、落ち着いた声。
桐刃は心臓が跳ねるのを感じて、勢いよく振り返った。
「っ……!?」
そこに立っていたのは桐刃でも顔と名前を知っている術者界で有名な人物――五大名家出身にして極位の術者である麟堂天真その人だった。
夕暮れの中、天真の鋭い瞳が真っ直ぐに桐刃を射抜いている。
天真は興味深そうにあるいは見定めるかのように桐刃を見つめ、一歩、また一歩と距離を詰めていく。
「おい、お前。さっきの術、一体なんだ?」
その問いには未知の力に対する純粋な好奇心と警戒心が混じり合っていた。
つい数分前、高位の災を相手に圧勝してみせた謎の少女。
日本の術者界の頂点に近い位置にいる天真とかつて全てを失った薙川改め、八剣桐刃が予期せぬ形で出会いを果たした瞬間だった。
※体調不良により、更新お休みさせて頂きました。楽しみにして頂いていたところ、申し訳ありません。
本日は2話連続で更新しますので、たっぷりお楽しみ頂ければと思います。
引き続き応援よろしくお願いします。




