第7話 返事をしてはいけない
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グレーの作業着に着替えたトウゴは、更衣室を出る。
同時に隣の女子更衣室から、イチも出てきた。
サラサラの黒髪を後ろで束ねて、作業用のキャップを被っている。
よく似合っていて、可愛い。
服装は、上はトウゴと同じグレーの作業着だが、下のズボンは何故か、生足剥き出しの短い仕様になっていた。
「……しんぴんの、におい……と、ホコリのにおい」
イチは自分の作業着をくんくんと嗅ぎ、無表情で言う。
「まあ、女性の職員は初めてだって、先輩の人が言ってたもんねえ」
ちなみにトウゴの作業着は先月辞めた人(『消えた』と説明された気もするが、きっと『辞めた』の聞き間違いだろう)のお古らしく、安い業務用洗剤の匂いがした。
2人揃って階段を下りると、1階の駐車場には、圧縮板式の大きなゴミ収集車が1台停まっていた。
「おうお前ら、着替えたか」
車の点検をしていた30代後半くらいの男性が、にかっと笑う。
「あ、ステアさん! すみません遅くなっちゃって」
「いいさいいさ。何せ久しぶりに、新人が2人も来てくれたんだからな。俺としちゃあ、それだけでも有難いぜ」
トウゴ達の先輩にあたるゴミ収集車の運転手、ステアは人の好さそうな笑みを浮かべた。
筋肉質な身体で背も高く、爽やかなスポーツマン……という印象の人だ。
「てかそれにしても、そっちの子……すまねえなぁ、そんな恰好で。ウチの所長がヘンタイでよ。『女性職員が来たら絶対この短いズボンを履かせるんだー』つって聞かなくてな。そのせいで今まで女の子は1人も来なかったんだから、本末転倒過ぎるよな」
「あー……それはまた……」
元居た世界ならば即、セクハラ会社として訴えられているだろう。
「……でも、ウゴきやすくて……よい」
当人のイチは全く気にしていない様子で、足首をぐりぐりと回していた。
ステアはその足元を見て、
「んっ!? お嬢ちゃん靴履いてねえじゃねえか! おいおい、そんなに金に困ってんのか……?」
イチが裸足であることに気づき、目を丸くして言った。
「ああ……いや、この子、ちょっと変わってまして。おれも靴買ってきて履かせようとしたんですけど、嫌がるんですよ」
「ほぉー……まあ、この都市は変人やら怪人やら【忌不様】だらけだけどさ……そんな子も居るんだなぁ」
【忌不様】とは、そのふざけた名前の割に本気で危険な怪異の総称なのだが、何故かこの都市には数えきれない程に住み着き過ぎて、もはやソレらとの遭遇は日常茶飯事扱いとなっている。
(イチさんは実はS級の【忌不様】です、って言ったら、腰抜かしちゃうだろうな……)
『右手が、凄くデカイ怪物に変形します!』とも言ってみたいが、どんな偏見を受けるか分かったものではないので、黙っておく。
「さてそれじゃあ早速、仕事に行くか! 一応、研修は受けたんだよな?」
「あ、はい。『とにかく巡回ルート上の収集所に置かれてるゴミ袋を、この車の後ろに放り込め』……って言われたくらいですけど」
「それだけ分かってりゃ十分だ。他の都市や会社は、もっとキッチリやってるんだろうけど……ウチはこんなデタラメな都市の、テキトーな民間業者だからな。仕事をこなして、発注者の都市から金が貰えりゃ、それで良いのさ」
「あ、はは……」
この会社、大丈夫だろうか?
「でも……そうか、さすがに研修じゃ、あのことは言われなかったか」
「あのこと……?」
「ああいや。まあ俺も1回遭遇したくらいだからな。大丈夫だろう」
ステアは何か誤魔化すように笑ったが、嫌な予感しかしなかった。
それから何を聞いてもステアははぐらかしてばかりだったので、とりあえずゴミ収集車の助手席にトウゴとイチが2人で横並びに詰めるような形で座り、ステアの運転で巡回を開始する。
春の陽気は心地良く、開けた窓から入り込んでくる風が涼しい。
事務所の周りは森に囲まれているが、5分も車を走らせば住宅街へ出ることができた。
トウゴが住んでいる地区より、比較的綺麗な一軒家やマンションが建ち並び、割と普通そうな人が道を往来している。
「朝、出勤してきたときにも思ったけど……この都市にも、こんな普通っぽい住宅街があるんですねぇ」
「トウゴとイチは確か、北の方に住んでるんだったか? あの辺は、けっこう治安悪いからな」
「やっぱり……」
まああれだけの激安物件なのだから、仕方がない。
ゴミの回収に来たことを知らせる軽快な電子音をスピーカーで流しながら、ゴミ収集車は予定のルートを回る。
ゴミが集められている場所に到着すると、トウゴとイチが車から降りて、手当たり次第にゴミ袋を収集車後ろのゲート(テールゲートという名称らしい)に放り込む。
するとスイッチ操作によって圧縮板と呼ばれる板が動き出し、ゴミを袋ごと押し潰して圧縮し、車体奥へと自動で放り込んでく。
回収漏れが無いか素早く確認してから助手席に戻り、車が発進する。
そしてまた回収場所に着いたら、同じ作業を繰り返す。
そうして半日、トウゴ達はいそいそと働いた。
「ふわぁ……よーし。今日はあと1か所だけだな」
夕方になり、日が傾き始めた頃。ステアが欠伸混じりに言った。
「あれ? でもこの道って……事務所と、その隣のゴミ処理場に帰る方向ですよね?」
少し見覚えのある景色に、トウゴは首を傾げる。
「ああ……事務所から住宅街に出るまで、5分くらい森が続いてただろう? 最後の回収場所は、その途中にあるんだ」
「んん? ……でも、昼に出たときは何もありませんでしたよ?」
「最後の1か所だけは、夕方にゴミが出されるから、帰るときに回収する決まりなんだ。だからウチは昼過ぎに出発して、夕方に帰ってくるようなスケジュールなんだ」
「そ、そうですか……どうりで」
しかし何だか、変な制度だ。
よほどゴミ出しの時間でゴネたクレーマーでも居るのだろうか。
「それと、だな。一応、警告しておく」
ステアは緊張した顔で言った。
「もし、今から行く回収場所で、俺たち以外の誰かに話しかけられたら、絶対に無視するんだ」
「え?」
「頷いたり、首を横に振ったりするのもダメだ。いいか? 誰に何を言われても、返事をするなよ」
トウゴとイチは、顔を見合わせた。
「あの、それってもしかして【忌不様】なんじゃ」
「だろうな……ああ、思い出すだけでも嫌だ」
「確かステアさんは、1回遭遇してるんでしたっけ? 返事をしたら、どうなるんですか?」
「し、知らねえよ……ただ、アレに遭遇して、生きて戻って来た仲間はみんな口を揃えて『絶対に返事をしなかった』と言ったんだ。俺もその話を覚えていて、必死に無反応を貫き通したら帰ってこられた」
ステアは顔を歪めて、ハンドルを握る手を震わせていた。
「でもな……逆に調子の良い先輩が『今度俺が遭遇したら、景気よく返事してやる』とか息巻いて回収に出たときは……車ごと姿を消して、帰ってこなかった。あの森の回収場所までゴミ収集車のタイヤ痕が続いていたのに、そこからぱったりと、神隠しにでもあったかのように……消えていたんだ」
「な、なるほど……それなら確かに、返事をしないのが『正解』っぽいですね」
トウゴとステアが神妙に話している横で、イチはつまらなそうに足をぶらぶらと揺らしている。
「イチさん、今の聞いてた? この先、誰かに何か話しかけられても、絶対に返事しちゃダメだからね?」
「……へんじが、ダメ?」
「そうそう。返事、ダメ。ゼッタイ」
「……」
トウゴが顔の前で腕をクロスさせて『×』を表現すると、イチはこくりと頷く。
「……ダメゼッタイ……もむん」
そして何か耳に懐かしい響きでもあるのか、感慨深げに目を閉じて反芻していた。
ステアの運転するゴミ収集車が住宅街を抜け、事務所まで一本道の森へと入る。
ごくりと、運転席から唾を飲む音が聞こえる。
「ああ……慣れねえ。もう何年もこの会社で働いてるが、この最後の森に入ってから事務所に帰るまでの何分かが、いつまでたっても緊張しちまうんだ」
「まあ、無理もないですよ。【忌不様】って怖いですもんねあ痛っ?」
ぺち、と隣のイチから腿を叩かれる。
「あ、でも中にはイイ【忌不様】も」
「はあ? 何言ってんだよ。あんなの、みんなイカれたバケモンしか居ねえだろ」
「あー……ははは痛っい! 何でおれ叩くのイチさん!?」
と呑気にイチとじゃれあっている間に、車がだんだん減速する。
「……もうすぐだ」
ステアが、声を殺して言った。
「イチさん。しー、だよ。しー」
「……しー」
トウゴが唇の前で人差し指を立てると、イチもジト目でマネをした。
赤い夕日が、鬱蒼と生い茂る木々の間からにじり出て、アスファルト舗装の道路に光と影を落とす。
車から流れていたお決まりのメロディは、既にステアの操作によってオフにされている。
フロントガラス越しに見える、道の先。
路肩の少し広くなったスペースに、ゴミ袋が積み重なっていた。
しかも大量で、20袋もある。
(ほ、ホントにあった……事務所出たときには無かったのに)
トウゴは声を出さないように自分の口を腕で押さえながら、ステアの顔を窺った。
ゴミ収集車がついに、停車する。
こくり。とステアが真剣な顔で頷いた。
気を付けて行ってこい、ということだろう。
トウゴは口を押さえたまま頷き返して、イチと一緒に外へ出た。
ひやりと冷たい空気が、首筋を撫でる。
しかも、この臭い……
(何だ? 生ゴミに近いけど……変なニオイだな)
そして山になっているゴミ袋のうち1つを、手袋を嵌めた手で掴んで持ち上げると、
(重っ!?)
意外な重量に肩が悲鳴を上げて、一旦地面に下ろした。
どぷん。と、水分をたっぷり含んだ音が、ゴミ袋から聞こえる。
(何だ何だ? ナニカの嫌がらせか……?)
しかし仕事なので、作業はしなければならない。
(この都市もテキトーだよな……『プラ』とか『燃えないゴミ』とか分別せずに、ゴミは全部『燃えるゴミ』の1択なんだからなぁ)
引っ越してきたばかりのときも、コンビニに備え付けられていた4つのゴミ箱が全部『ゴミ』としか表記されていなかったことにカルチャーショックを受けたのは記憶に新しい。
気合を入れて激重のゴミ袋を持ち上げて、テールゲートへ放り込む。
スイッチ操作により、圧縮板が作動してゴミ袋を潰すが、
ゴキゴキゴキゴキゴキ、と。
何か水分たっぷりな袋だった割に、硬いものが潰れる音がして、トウゴは顔をしかめた。
(ナニが入ってんだよ……嫌だなぁ……)
そうしているうちに、イチは何の苦もなく1往復で4袋運び、ぽんぽんと車に放り込んでいく。
(イチさん……パワフルだ)
惚れてしまいそうである。
トウゴがうっとりとその雄姿に見とれていると、
「ひっ」
と、息を呑む声が聞こえた。
それは、窓を開けていた運転席の方から。
嫌な予感がする。
トウゴは背中に寒気を感じながら、運転席を覗き込んだ。
(ステアさん……?)
ステアはハンドルを握ったまま、歯をガタガタと鳴らして震えていた。
その視線は、助手席側の窓から覗くトウゴ……ではなく、トウゴの背後に、向けられていた。
「ぁ……ぁ……」
ステアは必死に声を漏らさないようにしながら、震える指で、トウゴの背後を指す。
(ま、さか……)
トウゴは、なるべく音をたてないように、恐る恐る振り返った。
――――すると、
『 ゴ ミ ほ し ぃ ? 』
ソレは、1歩踏み出せばぶつかってしまう程近くに、居た。
人間のカタチをしていて、身長はイチと同じくらい。
そしてその頭には、黒いゴミ袋をすっぽりと被っていた。
顔の部分に空いた5つの穴から、5つの目が覗いている。
服は、ボロ布を縫い合わせたような黒とグレーのワンピースで、そこから異常にカサブタだらけの腕と脚が、人間と同じように生えていた。
この異様。
十中八九……【忌不様】である。
『 ゴ ミ ほ し ィ ? 』
あの謎のゴミと同じ臭気を放つゴミ袋の【忌不様】は、またトウゴに訊いてきた。
(ゴミ欲しい? だって? 要らない要らない……あああ、無視だ無視……まさかホントに出るとは……やっぱりおれの呪いのせいか?)
「…………?」
両手に大量のゴミ袋を持って運んでいたイチが、トウゴとゴミ袋の【忌不様】を見て、不思議そうに目を細める。
(イチさん、早いとこ、終わらせよう)
トウゴはジェスチャーで、急ぐように伝えた。
そしてさっきと同じく、人差し指を唇の前に立てる。
(しー、だよ。しー!)
「……しーしし」
イチは思い出したように、激重のゴミ袋を2袋持ったまま腕を持ち上げて、自身の薄い唇の前で人差し指を立てて、トウゴのマネをした。
(よし、分かってくれたみたいだ)
トウゴは少しほっとして、なるべくゴミ袋の【忌不様】を視界に入れないようにしながら、作業を再開する。
そうして、黙々と手と足を動かし続けて数分後。
(よしよし、残りあと2袋だ。おれとイチさんとで1袋ずつ運べば、ここを切り抜けられる!)
『 ゴ ミ ホ し ぃ ……? 』
(はーはは! どれだけおれに訊いたって、応えないぞぅ! この坊ちゃん【忌不様】も心なしか、元気がなくなってきてるな)
そしてイチが先に袋をテールゲートへ放り込んだところで、ゴミ袋の【忌不様】が初めて、トウゴの傍からテクテクと離れた。
(お、諦めたか……? いや)
作業が終わって、少し物足りなさそうな顔をして両手をニギニギしているイチの元へ、歩いていくようだ。
(無駄無駄! あの【忌不様】め。イチさんは、ちゃんとおれと約束したんだ)
トウゴが一応、イチにもう一度「しーっ」とジェスチャーすると、イチも「分かってるぞ」とばかりに同じ仕草をする。
(ほうらね。イチさんは賢いんだ。お前みたいな低級そうな【忌不様】なんか、相手にならないぞ!)
そして、
『 ゴ ミ ほ シ ぃ ? 』
ゴミ袋の【忌不様】が、縋るようにイチに訊いた。
そしてイチは、
「おう」
普通に返事をした。




